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戦士の宴  作者: 高橋 連
四章 前編 「王城の守護者」
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ジョルジュ

【ジョルジュ】


 ジョルジュがヴィンセント直属の近衛兵となってから幾年もの月日が流れた。ジョルジュはヴィンセントの期待を裏切らず、立派な近衛士官へと成長していた。

 ヴィンセントに至急参るように言われたジョルジュは、ヴィンセントの執務室の扉を叩き、扉越しに参上した旨を伝えた。

「殿下。ジョルジュ小尉、お召しにより参上致しました」

「うむ、入れ」

 ジョルジュがヴィンセントの執務室に入室すると、新たに開発された兵器の事を尋ねられた。

「ジョルジュよ。この前兵器開発局が開発した〈魔導筒〉をどう思う?」

「先日立ち合わせて頂いた射撃実験には驚きました。弓や弩を凌駕する射程や威力にも感嘆いたしましたが、何よりもあの操作の簡略さが兵器として素晴らしいと思いました。それと、伏せた体勢からの射撃が出来る事にも、今後の戦闘に大きな変化をもたらすのではないかと感じました」

 ヴィンセントはジョルジュの言葉に、満足げな様子であった。

「そうか。あの兵器は我が軍の戦力を大幅に向上させるであろうな。まずは近衛全軍に装備させ、いずれは王国軍全てに装備させる予定だ」

 ジョルジュはヴィンセントの言葉に胸が高鳴った。

「では遂に、国内にくすぶる不平貴族共の一掃を!?」

 ヴィンセントは、ジョルジュの言葉に首を振りながら、なだめる様に言葉を発した。

「まだだ。〈魔導筒〉だけでは、あの薄汚い利己主義者共が周辺諸国と結んだ時に、鎮圧が長引く恐れがある……。お主、兵器開発局の局長であるレオナールは知っておるな?」

「はい。確か兵器開発の為にイディオタ伯の所から参った方ですね。何度かお会いした事はあります」

「そのレオナールが、〈魔導筒〉開発で創りだした〈魔導機関〉を応用し、さらに強力な兵器の開発進めておる」

(あの〈魔導筒〉よりも更に強力な兵器を!? それが完成すればやっとあの貴族共を……)

 ジョルジュはさらに胸が高鳴るのを感じた。

「〈魔導筒〉よりも強力な……。では、それが完成すれば念願の……」

「そうだ。その兵器が完成すれば、圧倒的な戦力をもって奴らを一掃できるのだ」

「もしや、今日お呼びになったのは、その兵器開発に何か関わりが……?」

 何かを察したジョルジュに、ヴィンセントは頷きながら答え、新たな辞令を発した。

「うむ。今その兵器開発が佳境にはいっておってな。お前には本日より兵器開発局に出向してもらい、レオナールに協力してその兵器の開発を進めてもらう。これはお前もわかっておるように、我が国の将来を左右する重要な案件だ。お前の健闘に期待しておるぞ」

 ジョルジュは兵器開発と聞いて何をすればよいか分からなかったが、貴族達を一掃する為とあれば、何事であろうと成し遂げようと思った。そして、自分を引き立て期待してくれるヴィンセントに応えようと、気迫ある敬礼で答えた。

「ははっ!」

 その姿は、不格好な敬礼姿で笑いを誘った少年の姿ではなかった。

 ヴィンセントの軍制改革によって兵や指揮官の中にも事細かに階級が整備された。それは任務遂行を至上目的とし、絶対的な階級制度によって指揮系統を明確にすると共に、乱戦による指揮官の戦死及び不在時においても可及的速やかに指揮権の移乗が完了する組織を作り上げる為の改革であった。

 ジョルジュはその新たな軍組織の中で、兵達を指揮する士官の中では最下位とはいえ、小尉という指揮官階級に任命されていた。

 士官とは、軍制改革によって消えた騎士の称号の名残であり、指揮官階級である尉官以上は騎士と見なされ、士官と呼ばれていた。

 ジョルジュの敬礼姿は、ヴィンセントの期待に恥じぬ鍛え抜かれた近衛士官の姿であった。

「レオナールの元に赴けば仕事の内容は奴が指示するであろう。これより兵器開発局のレオナールの元に出頭するように。以上だ、退がって良いぞ」

「はっ!」

 ジョルジュは敬礼してヴィンセントの執務室を退室し、その足で郊外に新たに創られた兵器開発局のレオナールの元に出頭した。


「本日より兵器開発局に出向を命じられたジョルジュ小尉であります! なにとぞ宜しくお願い申しあげます!」

 兵器開発局長の執務室で、ジョルジュはレオナールに着任の挨拶をした。

 そのジョルジュに対し、技術大佐扱いで兵器開発局の長に抜擢され、〈魔導筒〉という強力な新兵器を開発した天才科学者は、明るい笑顔で応えた。

「そんなに堅くならないで結構ですよ。ジョルジュ殿とは知らぬ仲ではないのですし、王国の為に共に頑張りましょう」

(あれ程の兵器を創りだした人なのに、気さくな方だな。ヴィンセント殿下といい、俺は上官に恵まれているな……)

 ヴィンセントの制定した軍制改革で創られた指揮官階級は、小尉から始まり、中尉、大尉と上位から順に大中小の称号が官名に付けられる制度になっていた。官名は下から尉官、佐官、将官の三つに分類されていた。

 ジョルジュは小尉であり、レオナールは軍人としてではなく技術者として任命された技術大佐であったが、その階級差は五階級もあり、レオナールの態度は気さくを通りこし、軍の階級制度を混乱させるほどの態度であった。

 ジョルジュは無邪気な笑顔で気さくに接してくれるレオナールにそんな思いを抱いたが、後にそれが大間違いだったと気づく事となった。

「では外の広場に試作機があるので、早速実験を開始しましょう。ジョルジュ殿には、新兵器を動かして頂きます」

 レオナールはそう言うと、開発に携わる局員を呼び、ジョルジュを案内しながら広場に向かった。

 兵器開発局の敷地内に造られた実験用の広場に着くと、そこには白銀に輝く巨人の様な物がうずくまっていた。その白銀の巨人は酷く不格好な姿をしていた。

 卵の様なずんぐりとした胴体を、短いが大地を踏み砕く程太く堅牢な脚が支えていた。そして、その短いが巨大な脚の膝に当たる部位に届くほど長い、卵の様な胴体に不釣り合いな腕が垂れ下がっていた。

「これが現在開発中の兵器です。我々は〈騎操兵〉と呼んでいます。操縦方法を説明いたしますので、まずは中に乗り込んでください」

 レオナールはそう言うと、局員に命じて白銀の巨人の胴体前面部分を上げるように開けさせた。乗り込み口の扉が開くと胴体の中が露わになり、そこには椅子の様な物が設置されていた。

(あそこに座って動かすのか……? と言うか、これを俺に動かせるのか?)

 ジョルジュの不安を察したのか、レオナールが明るく声を掛けてきた。

「大丈夫です。危険はありませんし、ジョルジュ殿であれば簡単に動かせる筈です。だからこそ、ヴィンセント殿下にお願いしてジョルジュ殿を派遣していただいたのですから」

(俺なら動かせるってなんで分かるんだ? 適当に励ましてくれているのかな……)

「ささ、急いで乗ってください」

 ジョルジュはレオナールに急かされ、その巨人の内部に乗り込み、設置されている椅子に座った。

「これで……良いのですか?」

「はい。では乗り込み口の扉を閉めますので、閉めましたら天井からぶら下がっている兜を被ってください」

 レオナールはそうジョルジュに説明すると、局員に命じて巨人胴体部の乗り込み口の扉を下げて閉めさせた。

 胴体内部は、扉が閉められると真っ暗になるかと思われたが、何か内部に細工が施されているようで、周囲の壁の何カ所かが淡く光っており、周囲を視る事は出来る程度の明るさは保たれていた。

(たしか、天井部から下がっている兜を被れと言っていたな……)

 ジョルジュがさして高くもなく、立てば頭を打つであろう高さの天井を見ると、何か光が見えた。

 よく見ると、天井より細い紐の様な物で顔当の無い簡素な兜が吊り下げられていた。その兜の周りには、魔術の術式であろうか、複雑な紋様がびっしりと刻み込まれ、中央には不思議な光を発する宝石の様な物が嵌め込まれていた。

(さっきの光はこの宝石かな。紐が短いけど、頭まで届くかな?)

 ジョルジュがその兜を引っ張ると、紐は自然と伸び、ジョルジュの頭に被るのに不自由のない長さになった。

 ジョルジュが兜を被ると、意識が一瞬体から抜け出る様に感じた後、今度は頭の中に別の意識というか知覚というか、何かが入り重なる様な感覚に襲われた。そして気がつくと、巨人の頭の中に自分の意識が入り、巨人の視線で物を見ている事に気がついた。

「うおっ!」

 ジョルジュは思わず声を出して驚いた。その声は外にも伝達される仕組みのようで、レオナール達が喜び歓声を上げているのが聞こえた。

「ジョルジュ殿、どうやら成功の様ですね! 今貴方の意識がその巨人の体と繋がったのです。では意識を集中して、歩いて見てください。精神を集中し、自分の体で歩くのを想像してください」

(歩けって言われても……。どうやって……)

 ジョルジュがそう思いながらも立ち上がるのを意識すると、白銀の巨人の体が、ゆっくりと立ち上がった。

(うお! 動いたのか? まさか、歩くのか!?)

 ジョルジュが半信半疑ながら、歩く動きを考えると、巨人の足は動き出した。大きな音を響かせながらゆっくりとだが、大地を踏みしめて歩きだしたのだ。

「次は手を振りながら歩いてください」

 レオナールの指示通り、ジョルジュは手にも意識を集中し、手を振りながら巨人を歩かせた。そして、広場の中を延々と歩かされ、ようやく制止の声がかけられたのは、天頂に登った陽が傾きかけた時刻であった。

 開発局の局員が胴体の出入り口の扉を開けてくれたのでジョルジュが降りようとすると、局員に座席に座らされて、果物と干し肉の入った袋と小さな水筒を渡された。

「これは?」

 不思議そうな顔で聞き返すジョルジュに、レオナールが当たり前のような口調で答えた。

「お昼の食事です。中で食べてください。では同じ動作を繰り返します」

 周囲の局員がその声に反応し、巨人の胴体部の出入り口の扉を閉めた。

(中でって言われても……。俺だけ休憩なしかよ)

 ジョルジュがそう思いながらも兜を被って、またも意識を巨人と繋げると、レオナールを含めた周囲の局員達も果物や干し肉をかじりながら、実験の記録を取ったりその他の作業を行っていた。

 その後、日が落ちるまで実験は続けられた。

「ジョルジュ殿、停止してください!」

 レオナールの声に、ジョルジュは巨人の歩みを止めた。

(やっと終わりか……。実験成功が嬉しくて皆張り切ったんだな……)

 局員が扉を開けてくれ、ジョルジュが巨人から降りていると、レオナールが笑顔で声を掛けてきた。

「やはりジョルジュ殿の才能は素晴らしい! おかげで実験は大成功です! 今日は成功を祝して、早めに実験を切り上げる事にしましょう」

「はい……」

 ジョルジュは巨人より降りて地面に立った途端、凄まじい疲労に襲われておもわず地に膝をついた。

「ジョルジュ殿、大丈夫ですか? 立てますか?」

 駆け寄るレオナールの言葉に、立つどころか、実際は意識を保っているのでさえやっとだったが、ジョルジュは近衛士官の意地で答えた。

「だ、大丈夫です。少し疲れただけです」

 そのジョルジュの言葉に、レオナールは驚く言葉で答えた。

「そうですか。立てない程の疲労であれば、疲労時の実験情報も欲しいのでもう一度〈騎操兵〉の操縦をお願いしようかと思ったのですが、それほど疲労がないのであれば、明日にしましょうか」

(…………)

 ジョルジュには返す言葉がなかった。周囲の局員達も連日の研究の疲れか、疲労している者が目立った。しかし、レオナールだけは疲労の様子もなく、一人研究室に戻って更に研究を続けるようであった。

(優しい笑顔に騙された……、化け物め……)

 翌日よりは、初日よりもさらに激しい実験が繰り返され、ジョルジュの心の中でのレオナールの呼び名は、化け物から悪魔へと変化していた。


今しばらく、新兵器開発の物語をお楽しみください^-^

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