レオナール
【レオナール】
レオナールが〈魔導筒〉という名称に定められた新兵器の試作品実験を成功させてから数年の歳月が流れ、〈魔導筒〉に使用される魔導術式や、魔力石の精錬技術なども向上し、その性能は実用試験にも合格した。
さらには、歩兵の携帯武器として開発した〈魔導筒〉だったが、それを大型化させて攻城兵器等への応用まで実用段階に達していた。
後は、それらを量産する技術や体制を整える為に、各部位の細かい見直しや生産する工房の整備だけであった。
レオナールはそれらを部下の研究者と技術者に任せ、自身は新たな兵器開発に着手する事とし、その協力を仰ぐ為に師であるイディオタの元に向かっていた。
レオナールがイディオタの居城に戻るのは久しぶりの事であった。父親の元を離れてから、イディオタは父親にかわってレオナールを我が子の様に育て導いてくれたし、城のイディオタの部下達も、家族のようにレオナールを迎え接してくれた。イディオタの居城はレオナールにとっては我が家でもあった。
(レオナール殿、以前より構想しておられたあの兵器の開発に取り掛かるのですか?)
(うん。数年前、ヴィンセント殿下の仰った事がどうにも頭から離れなくてね……。あれから少しずつ考えをまとめてみたんだ。そして、あれにたどり着いたのだよ)
レオナールは、自分の頭の中の新たな構想を具現化する為の研究に専念出来る事に興奮した様子で、その兵器の事を〈ガンマ〉に語った。
(この兵器の形が具体的にまとまったのは、〈ガンマ〉が私に話してくれた、〈賢者の石〉の本質と限界の話のおかげだよ)
レオナールの頭の中で、〈ガンマ〉は照れくさそうに答えた。
(何を仰います。レオナール殿の発想の転換には私の方が驚かされました。イディオタ様も喜んでご協力くださる事でございましょう)
レオナールと〈ガンマ〉は、レオナールを乗せた馬車がイディオタの居城につくまで、新たな兵器の事を語り合った。
そして、馬車が城に着くと、連絡を受けたイディオタが城門までわざわざ出迎えに着てくれていた。
「イディオタ様、お出迎え下さるとは恐れ入ります」
跪き頭を下げるレオナールに、イディオタは笑いながら恐縮する弟子を立たせた。
「はっはっはっは。早ようお前の顔が見とうてな。さあ、広間にて宴の用意をしておる。〈銀の槍〉も待ちかねておるぞ」
「はい!」
久方ぶりに戻ったレオナールを囲み、賑やかな宴が始まった。その宴が終わると、イディオタはレオナールを自室に呼び、暖かい茶を勧めながらレオナールの用件を聞いた。
「なるほどのう……。ヴィンセント殿下の話した〈操兵〉とアルベール王の宝剣がその構想の元となっておるのだな」
レオナールはイディオタに、自分の構想する新たな魔導兵器の事を話した。
「はい。それぞれの利点と欠点を考えているうちに思いつきました。まず〈操兵〉の利点は生命を持たぬが故に、犠牲者が出ない事です。しかし、〈操兵〉を使用する為には高度な魔術の知識と魔力が必要ですし、操兵術師自身は無防備となり、戦場の様な混乱した場所では危険です」
「うむ。操兵術師の戦力化は昔から各国も取り入れておるが、その養成の難点から数が揃わず、主力としては用いられてはおらぬな……」
レオナールは頷きながら、言葉を続けた。
「アルベール王様の宝剣の利点は、驚異的な力に加え、使用者の防御においても機能性が高い点です。しかし、利点が大きな分、難点も大きくなります。神代の遺物ともなれば、複製どころか研究する事さえ困難でありますから。また、たとえ複製できたとしても使用できる者が限られる点です。現在のところ、使える者が居ないといっても良いでしょう」
「あれは人知を越えた物じゃからのう……」
イディオタは何かを思い出すかの様に呟きながら、茶を啜った。
「それは〈賢者の石〉にも言える事とおもいます。〈賢者の石〉は融合者の資質を極限まで引き出すという能力において、優れた汎用性と能力を有していますが、その高い性能が故に、それを使用できる人間が限られています。この三点を私は頭の中でとりとめもなく思案していたのですが、師の〈オメガ〉の研究を思い出した時、その三点が一つの新たな構想として結びついたのです」
イディオタは〈オメガ〉の研究で新たな構想が生まれたと聞いても、いまだレオナールの新たな構想が分からぬ様子であった。
「〈オメガ〉の研究がのう?」
「そうです。イディオタ様の〈オメガ〉の研究は、古代文明の創り出した〈賢者の石〉の更なる高性能化でした。難点はその性能故に、適応者となる条件が通常の〈賢者の石〉よりも更に跳ね上がった点です。イディオタ様がご使用になる分には問題はないでしょうが……、それを後世に託すと考えた時、適応者が居るのかと考えると、お分かりになると思います」
レオナールの言葉に、イディオタは笑って答えた。
「そんな事を言うと、〈竜殺し〉はまだしも、〈銀の槍〉などは俺を無能呼ばわりするのかと目くじらたておるぞ」
だが、レオナールは真面目な顔で答えた。
「ですが、研究のお手伝いをさせていただいた立場で言わせていただきますと、〈銀の槍〉の兄さんでは難しいと思われます。適応はできるかもしれませんが、〈オメガ〉の優れた能力を全て引き出せるかは疑問です……」
「はははは。お主は正直じゃわい」
(レオナール殿、少し言葉が過ぎますよ。〈オメガ〉の適応者の事は、イディオタ様ご自身が一番気にしていらっしゃるのをご存知でしょう……)
(そうであった……。つい……)
イディオタの渋顔に、レオナールは頭を下げた。
「出すぎた事を申しました。申し訳ございません」
「よいよい。それより話が少しそれたのう。それで、なぜ〈オメガ〉の研究から新たな構想が生まれたのじゃ?」
レオナールはイディオタの言葉に思考を戻すと、言葉を選びながら答えた。
「常軌を越えた能力の達成が、使用者の制限に繋がるのであれば、あえて逆の発想で、能力の範囲を極めて限定し、更には低能力化する事により、使用条件の低下が、つまりは一般人での使用ができる〈賢者の石〉が造れるのではないかと考えたのです。正確には、いくら低性能といっても、多少の適応条件はあるでしょうが……」
イディオタは納得するように頷きながら、レオナールに問うた。
「なるほど。それは確かにあり得る事じゃのう。強化する能力を限定し、更にはその上昇値を押さえる事で、適応条件はかなり下がるであろうな。しかし、その低能力の〈賢者の石〉が、先ほどの話を新たにまとめた構想とどう繋がる?」
レオナールはイディオタの言葉に、持参した鞄より大きめの紙に描いた図面を取り出し、それを机に広げて説明した。
「これはまだ私の頭の中の物を記しただけですが……。〈操兵〉に〈魔導筒〉の開発で研究した〈魔導機関〉を融合させ、術者に魔術の知識や魔力がなくとも動く様に造り、更にこの図面の様に、その〈操兵〉の中に術者を乗り込ませる事によって敵の攻撃からの安全性も確保します」
「ふむ。なるほど……なるほどな……。やっと儂にも分かってきたわい。術者に魔術の知識や魔力がなくとも〈操兵〉を動かせるように〈魔導機関〉を応用し、それを自在に操る為に必要な感能力や精神力は、強化する能力を感応力と精神力に限定した上にその強化能力をも低化させた〈賢者の石〉を造りだし、一般人でも適応が出来る様にして補うと言う事だな」
イディオタの言葉に、レオナールは目を輝かせながら答えた。
「そうです! それならば、誰でも適応とはいかずとも、十人中四人は適応できるのではないかと試算しております。製造費の面ではかなりの高額にはなるかと思いますが、資金さえあれば数を揃える事も可能となり、王国軍の新たな主力となる事は間違いないかと!」
イディオタはレオナールの優れた着眼点と構想力を誉め称えながらも、一言だけレオナールに忠告した。
「〈魔導筒〉もそうじゃが、この新たな兵器は強力な力を発揮するであろう……。武器や兵器とは人の命を奪う物じゃが、使い方によっては平和をもたらしもする。だからこそ、その使い方に注意せねばならんぞ。幾多の戦いの中で生きてきた儂が言う事でもないがの……」
レオナールは師の言葉に、深く頭を下げた。
「わかった。その研究の為に〈賢者の石〉が必要で、今日は参ったのじゃろう?」
レオナールの目的を察したイディオタは、笑いながら掌を差し出した。レオナールがその掌を見つめていると、そこに輝く石が現れた。
その石を見て、〈ガンマ〉が唸る様に言った。
(やはり〈シグマ〉か……。感応力、精神力となれば致し方ないか……)
(〈シグマ〉? あの〈賢者の石〉は〈シグマ〉と言うのかい?)
〈ガンマ〉の反応を不思議そうにしているレオナールに、〈ガンマ〉は説明した。
(〈賢者の石〉はそれぞれ得意とする能力があります。いうなれば、その得意な能力に秀でた者を適合者として選んだりもします。私は演算や記憶能力に適しており、その才能豊かなレオナール殿に適応し融合したのです)
(うん。〈シグマ〉は感応力や精神力の能力に適しているから、イディオタ様は研究の為に貸与してくださる〈賢者の石〉を〈シグマ〉にしたのだね)
〈ガンマ〉はレオナールに答えた。
(そうなのです。ただ、〈シグマ〉は品が無いと申しますか……。粗暴で私とは気が合いません)
レオナールと〈ガンマ〉が話している中に、別の声が割って入った。
(おい! 〈ガンマ〉の大馬鹿野郎が! 全部聞こえてんだよ! 手前みたいな気障野郎と気が合う奴の方が少ねぇんだ!)
(〈シグマ〉殿、その下品な言葉遣いはやめていただきたい)
〈シグマ〉は〈ガンマ〉の言葉を無視し、レオナールに挨拶した。
(おい小僧、イディオタが頼むから協力してやる。ありがたく思えよ!)
レオナールは礼儀正しい〈ガンマ〉しか〈賢者の石〉を知らなかった為、しばし戸惑ったが、〈シグマ〉に礼儀ただしく返答した。
(〈シグマ〉殿、レオナールと申します。宜しくお願い致します)
(おう! 小僧、宜しくな! 〈ガンマ〉と違って礼儀ってのを少しは分かってるじゃねぇか)
〈シグマ〉の言葉に、〈ガンマ〉が怒鳴り散らした。
(小僧とは失礼であろう! レオナール殿と呼ばぬか!)
(別に俺の適合者でもねぇし、たかだか数十年しか生きてない人間の小僧を、小僧と呼んで何が悪い)
興奮する〈ガンマ〉に、レオナールは笑いながら言った。
(〈シグマ〉殿から見れば私は小僧なのだから、別に良いのだ。〈ガンマ〉ありがとう。それより、融合しても居ないのに、なぜ〈シグマ〉殿の念話が聞こえるのですか?)
レオナールの問いに、イディオタが答えた。
「〈シグマ〉も〈ガンマ〉も大概にせい! 全部儂にも聞こえとるわい。〈シグマ〉もせめて小僧ではなくレオナールと呼ばぬか。〈賢者の石〉の念話は通常融合者にしか聞こえぬが、〈シグマ〉は感応力が高い故、己の念話を融合していない者にも聞こえさせる事もできるのじゃ」
レオナールはイディオタの説明に納得しながらも、問い返した。
「〈シグマ〉殿の能力の高さは分かりましたが、イディオタ様はなぜ〈ガンマ〉の念話までも聞こえるのですか?」
レオナールの言葉に、イディオタは胸を反らしながら答えた。
「儂の能力も非常に優れておるからじゃ!」
しかし、そう言ったあと、イディオタはうなだれた表情になった。
(イディオタ様はどうしたのだろう?)
レオナールの疑問に、〈シグマ〉が答えた。
(どうせ、〈アルファ〉に偉そうにするなとか絞られたんだろうよ)
「うるさいわい!」
〈シグマ〉の念話が聞こえたのか、イディオタが怒鳴った。
「レオナールよ。〈シグマ〉をしばし預けよう。分かったと思うが、口が悪い奴じゃが、悪気は無いゆえ許してやってくれ」
「ありがとうございます!」
レオナールはそう言うと、イディオタの手より〈シグマ〉を受け取り、懐の中に大切に仕舞い込んだ。
そして、その日はイディオタの城で休むと、次の日の朝早くに、馬車に揺られながら兵器開発の研究所へと帰っていった。
後に起こる事となる大戦で、大陸各国の怨嗟と恐怖の象徴となった〈騎操兵〉は、この〈シグマ〉とレオナールの出会いにより、レオナールの頭の中の世界から、現実世界へと飛翔する事となった。
読んで下さって有難うございます!
明日からは新兵器開発のお話です^-^
ロボ好きなんで^^