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戦士の宴  作者: 高橋 連
四章 前編 「王城の守護者」
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レオナール

【レオナール】


 レオナールが馬車を降りると、ヴィンセント直属の近衛士官が出迎えた。背丈は高くはないがしなやかで鍛え抜かれた体に、白の衣服に青赤を基調にした上着の近衛軍服を纏った年若い青年だった。

「レオナール様で御座いますね。ヴィンセント殿下からお迎えする様に申し付かっております。お荷物は私がお持ちいたします」

「いえ、荷物は自分で運びます。案内をお願いします」

 レオナールはそう答え、若い仕官に有無を言わせずヴィンセントの執務室に案内させると、自分の荷物を担ぎながら後ろからついて歩いた。

 レオナールは小柄で細く、知的な研究者というよりも、うだつの上がらぬ教師の様な風貌であった。しかし、その瞳には溢れんばかりの叡智の輝きが満ち溢れており、その瞳で見つめられながら言葉を発せられると、どこか言い返せぬ雰囲気があった。その為、案内の青年仕官も恐らく荷物に関してそれ以上は何も言えなかったのであろう。

普通なら、如何に本人が断ろうと出迎えた青年士官の立場上、荷物を持たせて歩かせる訳にはいかなかった。だが、自分で荷物を持つといったレオナールにもそれなりの理由があった。

 レオナールは先日実験に成功した兵器開発の試作品の説明の為、その試作品を持参していたのだった。

 その開発は極秘であり、尚且つその試作品はレオナールの技術の粋を集めた大事な品である為、他人にそれを任せる気にはなれなかったのである。レオナールはその試作品の入った木箱を大事に抱きかかえる様にして持って歩いた。

「殿下、失礼いたします。レオナール様をお連れいたしました」

「うむ、入れ」

 近衛軍の青年士官はヴィンセントの執務室の扉を開けると、脇に下がってレオナールが入る道をあけた。

「ジョルジュよ。ご苦労であった。退がってよいぞ」

「ははっ」

 ジョルジュと呼ばれた若い近衛士官は、レオナールが室内に入ったのを確認すると、一礼して扉を閉めた。レオナールは思わずその若い近衛士官に頭を下げた。そして、己が王弟殿下に対して礼を忘れていたのを思い出し、今度は執務室の椅子に腰掛けるヴィンセントに向かって慌てて頭を下げた。

 ヴィンセントはそのレオナールの姿を見て笑い声を上げると、気にせずとも良いと手振りで答えて口を開いた。

「レオナールよ、実験が成功したとの報告を聞いたぞ。研究を初めて一年余りで試作品を完成させるとは、イディオタ伯が推しただけの事はある」

「いえそんな……。私は殿下とイディオタ様のご期待に応えようと努めただけでございます」

 ヴィンセントはレオナールの返事に軽く手を振った。

「そのような謙遜をせずともよい。それよりも実物を見せてもらおうか。お主からの報告書は読んだが、専門用語が多すぎてよくわからないのでな」

 レオナールはヴィンセントの言葉に、読み上げようと袖から出して手に持っていた報告書を思わず握りつぶした。先日提出した報告書を読み上げればよいと思っていたレオナールは、急に別の説明を求められて、大いに戸惑い、頭の中が混乱した。

(レオナール殿、ヴィンセント殿下が説明を待っておりますよ)

 レオナールの頭の中で、その身に融合している〈賢者の石〉の〈ガンマ〉の声が響いた。

(説明は報告書に十分書いたつもりだったのだが。あれで分からないと言われたらどう説明すれば良いか分からなくて……)

 沈黙を続けるレオナールに対し、苛立つ事無く、笑顔で待つヴィンセントの態度がレオナールを余計に追いつめた。

(で、殿下は怒っておられるのか!? 一体どうすれば……)

 世話の焼ける甥っ子を相手にする様に、〈ガンマ〉がレオナールに救いの手を差し伸べた。

(レオナール殿、落ち着くのです。まずは操作方法から説明したらどうですか?)

 〈ガンマ〉の助言に大きく何度も頷いたレオナールは、早口で試作品の操作方法を説明し始めた。

(レオナール殿。落ち着いて、ゆっくりと。それと、専門用語はできるだけ使わないように。分かりましたね)

 レオナールは返事をせずにまたも何度も大きく頷くと、ヴィンセントにも聞こえるくらい大きな音をさせて唾を飲み込み、今度はゆっくりと試作品の操作方法を説明した。

「殿下、失礼いたしました。まずは操作方法よりご説明させていただきます」

 レオナールの言葉に、ヴィンセントはゆっくりと頷いた。

「うむ、頼む」

「まずは試作品をお手にお取り下さい。試作品ですので殺傷能力はございません。ご安心下さい」

 レオナールはそう言うと、持参した試作品をヴィンセントに差し出した。

「これが……、試作品か……。思ったより軽いな」

 レオナールの差し出した試作品を手に取ったヴィンセントは、それを何度も握りながら呟いた。

 レオナールが持参した試作品は、長さも太さも、少し短めの杖の様な形状をし、材質は金属で出来ていた。

 棒状の片方の端には水晶の様な物が付いており、もう片方の端には棒状の試作品本体よりも少し太めの金属の筒が差し込まれていた。その棒状の本体の中程には握り部があり、その握り部の横に小さな突起物が付いていた。

「殿下、中央の握り部を握り、その横に付いている突起物を押してみて下さい」

 ヴィンセントがレオナールの説明通りに試作品を手に持ち、握り部横の突起物を押すと、試作品の先に嵌め込まれた水晶より、天に輝く陽の様に目映い光が溢れだした。

 その光と共に、ヴィンセントの口から驚きの声が漏れた。

「おお!」

「殿下、まもう一度その突起物をお押し下さい」

 ヴィンセントが突起物をもう一度押すと、水晶より溢れていた光は掻き消える様に無くなった。

「これはどの様に使うのだ? この光を敵に向けて浴びせるのか?」

「いえ、これは洞窟等の明かりのない所を照らす為に使用いたします。言うなれば魔力を使った松明の様なものでございます。しかし、松明と違い、風にも水にも消える事は御座いませぬ上に、松明の何倍も明るくより遠くまで照らし出します」

 レオナールの言葉に、ヴィンセントの顔が何か考え込む様な表情になった。

「殿下、何か説明で解らぬ所が御座いましたでしょうか?」

「いや、そうではないのだが……」

(レオナール殿。殿下はレオナール殿が兵器ではなく松明の研究をしていたのかとお考えなのですよ。試作品の意味のご説明をせねば)

(そ、そうか)

 レオナールはまた唾を大きく飲み込んで自分を落ち着かせると、試作品についての説明を始めた。

「殿下、これは研究中の兵器の仕組みの実験をする為の試作品で御座います」

 ヴィンセントは黙ったまま、頷いて先を促した。

「研究中の兵器に必要な技術は四つございました。まずは、動力となる魔力を精製して物質化し、携帯保存出来るようにする技術。次にその物質化した魔力を取り出し使用する技術。三つ目はその取り出した魔力を使って魔術を作動させる技術。そして、最後はそれらを制御し、簡単な操作で発動及び停止させる技術で御座います」

 レオナールはヴィンセントより試作品を受け取り、試作品の各部位を指さしながら、さらに説明を続けた。

「まずはこの部分をご覧下さい」

 レオナールはそう言うと、試作品の片方の端に付いている短い太めの金属の筒を、数度回して取り外し、その中から半透明の赤い楕円形の石を取り出して見せた。

「これが魔力を精錬して保存した結晶体で御座います。魔力石と呼んでおります。その魔力の結晶体より魔力を取り出して使用する装置が、この筒で御座います」

 レオナールはそう言って、試作品の端に付いていた太く短い金属の筒を指さした。

「なるほどな。ならばその魔力を使用して魔術を発動させる仕掛けが、その杖の様な試作品の中にあるのだな?」

 ヴィンセントの言葉に、レオナールは頷きながら答えた。

「左様で御座います。殿下」

「うむ。なるほどな。続けてくれ」

 レオナールは説明を続けた。

「そして、最後の技術の仕掛けが、その握り部の横にある突起物で御座います。その突起物を押すことにより、魔力を使用して魔術を発動させ、水晶より光を発しさせたのです。さらに、もう一度押すことにより、魔力を遮断して魔術の発動を停止させました。これを私は〈魔導機関〉と名付けました」

 レオナールの説明で、ヴィンセントはすでに察しているようであった。

「なるほど! 試作品は照明魔術を用いての各技術の実験だが、実際の兵器となれば、その発動する魔術を殺傷力のある物に変えれば良いと言うわけだな。さらにこの技術は、試作品のように兵器以外の物にも転用できる技術だな」

「はい。古代王国はこの〈魔導機関〉を用い、様々な物を創り動かしたと思われます。現在はその殆どが失われておりますが」

 ヴィンセントはレオナールの開発した技術の素晴らしさを、そしてレオナールの優れた才能を誉め称えた。

(レオナール殿、兵器転用は未だ技術の研究が必要だと言わねばなりませんぞ)

(わかっているよ。でも、殿下にこんなに誉められては言いにくいな……)

 レオナールは恐る恐る、ヴィンセントに意見を述べた。

「殿下、恐れながら、これはあくまで実験用の試作品で御座います。灯りの様な物であればこの程度の技術で使えますが、殺傷力をもった魔術の使用ともなれば、魔力の結晶体の精錬度や、魔術発動の術式などの研究もまだまだ必要となります……」

 申し訳なさそうなレオナールに、ヴィンセントは明るく笑って応えた。

「わかっておる。これほどの技術だ。そう簡単に行くとは余も思ってはおらぬ。資金と物資は必要なだけ用意するゆえ、お主の思うように研究を進めてくれ」

(さすがは殿下ですな。広い度量に卓越した見識。レオナール殿も研究のし甲斐がありますな)

(ああ! かならず殿下とイディオタ様のご期待に応えてみせるよ)

「しかし、この兵器が完成すれば我が軍は圧倒的な戦力を持つ事になるであろうが、それでも戦争ともなれば戦死者が無しと言うわけにはいかぬであろうな……」

 ヴィンセントはため息を吐きながら、苦虫を噛み潰した様な顔で呟いた。

「なんと言ったかな、魔力で巨大な人型の物を動かす術は? あの術などで戦えば我が軍の戦死者も減るのであろうが……」

 レオナールはヴィンセントの言葉に答えた。

「〈操兵〉の事で御座いますね」

「ああ、それだ。だが操兵術士の育成には時間も金もかかるし、戦場で操兵術士が狙われれば同じ事であろうな……。国王陛下のお使いになる宝剣の様にその身に纏い護る様な物があれば良いが……」

 ヴィンセントの言葉に、レオナールは己の技術の未熟さを詫びた。

「殿下、私の技術が至らぬ為に申し訳御座いませぬ……」

 ヴィンセントは思わず口から出た己の言葉に対して詫びるレオナールに、すまなさそうに応えた。

「すまぬ。今のは只の愚痴じゃ。気にせずとも良い」

 ヴィンセントはレオナールを気遣うように、さらに言葉を続けた。

「何より、国王陛下の宝剣はイディオタ伯が言うには神代の遺物と言うではないか」

(神代の遺物なんて物が本当にあるのか!?)

 ヴィンセントの言葉を聞いて驚くレオナールに、〈ガンマ〉が答えた。

(ありますとも。現存する物は極めて少ないですが。アルベール国王陛下の宝剣も、たしか神代の遺物だったとイディオタ様より聞いております)

「古代王国の物を研究するだけでも難しいものを、神代の遺物などとなれば……。それに、仮に神代の遺物の宝剣を大量に造る事が出来ても、それを使える人間がおらぬでは意味がないしな。それ故、誰にでも使用できる魔導の兵器を開発してくれと頼んだのだ。お主は私の依頼に期待以上に応えてくれている。頼んだぞ!」

 ヴィンセントは満面の笑みを浮かべて頷きながら、レオナールに労いの言葉を掛けた。しかし、レオナールの頭の中では、ヴィンセントの言葉が別の思考を紡ぎださせていた。

(レオナール殿、レオナール殿!)

(あ、ああ! 〈ガンマ〉どうしたんだい?)

 やれやれといった感じで、〈ガンマ〉はレオナールに言った。

(殿下が頼んだぞと仰っておりますよ)

(そ、そうか!)

 レオナールは我に返ると、ヴィンセントに頭を下げて執務室から退室した。

(レオナール殿、どうなされました? ヴィンセント殿下のお言葉なら、それほど気になさらずとも……)

(いや……。そうじゃないんだ。殿下の仰ってた〈操兵〉と、国王陛下の宝剣の話が頭の中で……こう……何というか……)

(それはまた今度考えるとして、まずは研究所に戻り、急ぎ試作品の技術を実用段階へと進めましょう)

 レオナールは〈ガンマ〉の言葉に従い頭の中を切り替えると、試作品を抱えながら馬車に乗り込み研究所へと急いだ。

(まずはこの〈魔導機関〉を完成させねばな)

(そうですとも!)

 レオナールと〈ガンマ〉は、馬車に揺られながら〈魔導機関〉の試案について議論を重ねていた。

 これが、後の世の戦いの在り方を一変させる事になる兵器が、歴史にその産声をあげた瞬間であった。


ブックマークして下さった方、有難うございます!

励みになります^^


今後とも宜しくお願いします!


イディオタの弟子について少し書きますね。

イディオタには直弟子の中でも、特に武勇に優れた三高弟と呼ばれる物たちが居ります。

読んで下さってる方はご存知の、刀鍛冶、銀の槍、竜殺しの三名です。


それ以外にも弟子は少しおりますが、そのうちの一人がレオナールです。


ただ、レオナールは魔術の弟子ではありますが、どちらかというと技術研究方面の弟子であります。


四章前編はこのレオナールの研究のお話です^^




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