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戦士の宴  作者: 高橋 連
四章 前編 「王城の守護者」
135/211

イディオタ

【イディオタ】


「おい、じじぃ! 何もこんな街外れまでこなくとも、城に出入りしている鍛冶職人がいるだろうが」

 〈銀の槍〉は面倒くさそうに歩きながら、イディオタに悪態をついていた。

「阿呆が! お前が粗末に扱うから修繕が必要になったんじゃろうが! それにな、その槍は古代王国で造られた魔導武具じゃぞ。その辺の鍛冶屋に扱える様な代物ではないわい。お前は黙っとれ!」

「へいへい」

 〈銀の槍〉は適当に返事をすると、言われた通りに口を閉じた。

 イディオタはやれやれといった風で溜息をつきながら、街外れの一画にある鍛冶屋を探し歩いた。

 幾つか角を曲がると、鉄を叩く金槌の音が響いてきた。

「あそこの様じゃな」

 イディオタは音がする方に歩いていくと、看板は出ていなかったが、中から熱気と金槌の音が溢れだしている石造りの建物を見つけた。

 イディオタが中を覗くと、大男とその弟子であるらしい男の子が炉の前で鍛造の作業をしていた。

「仕事中すまぬが、テオドール親方の鍛冶場はここかのう?」

 イディオタが声をかけると、大男は手を止め笑顔で返事をした。

「はい、左様でございます。何かご注文でございますか?」

「いや、テオドール親方は魔導鍛造の武具にも造形が深いと聞いてな。すこし覗かせてもらいにきたんじゃが、お邪魔じゃったかの?」

(イディオタ、〈銀の槍〉の槍を修繕してもらうのではないのか?)

 〈アルファ〉の言葉にイディオタは答えた。

(あの槍は古代王国の物でも中期の逸物じゃ。まずは腕を見てからでないと頼めぬでなあ)

(なるほど)

 「いえいえ、どうぞごゆっくり見ていって下さい。鍛冶場を都に移して間もない為、今はまだあまり品数はございませんが」

 テオドール親方は、イディオタの言葉に笑顔で答えながら、鍛冶場の武具を飾っている一画に案内してくれた。そして、親方は案内しながら、弟子の男児に声をかけた。

「レオナール、お前は作業を続けていろ」

「はい!」

 弟子の男児はそう答えると、また金槌の音を響かせ始めた。

「少々うるさいですが、ご容赦下さい」

「儂等はかまわんよ」

 イディオタはそう言いながら、壁に掛けている剣の類を眺めた。

「親方、ここに置いてある剣は古代王国の物とは少し違うようだが」

 親方はイディオタの言葉に驚きながらも、喜んでいるようであった。

「お客様は目利きの様ですな。お恥ずかしいですが、それはうちで造った品物です。古代王国の物には及ばぬながらも、他の鍛冶屋の物に見劣りはせぬとおもいます」

(イディオタ、親方の腕前は噂以上のようだな。ここに頼んで間違いないのではないか?)

(ああ、こいつは驚いた。魔術式を鍛冶に応用できる職人が王都にいたとはな)

「親方の腕前は噂以上じゃのう」

 イディオタの言葉に、親方は満足げに微笑むと、いま先ほど魔銀と鉄の合成に成功した話の説明を始めた。

「まだ研究中ですが、完成すれば古代王国の物と同じとまではいかねども、それに近い物が造れると思います」

「なるほどのう」

「ふぁーああぁ」

 イディオタの横で、〈銀の槍〉は眠たそうに欠伸を繰り返していた。

 イディオタと〈銀の槍〉に話をしながらも、親方は弟子の叩く金槌の音が気になる様子だった。

「お客様、少し失礼します」

 親方はそう言うと、弟子に向かって大声で指示を出した。

「融合の具合が良くないな! もう少し火を上げて見ろ!」

 男児は黙って頷くと炉に向きなおり、腰袋から何かを取り出しながら呪文の詠唱を始めた。

 男児の周囲に魔力が集まり出す。

(この呪文は炎の槍の詠唱じゃないか? あの小僧、刺客か!?)

 呪文の詠唱とその魔力の流れを掴んだイディオタは、落ち着きながら〈アルファ〉に答えた。

(あれは炎の槍の術式を利用した火炎制御術かなにかじゃろうて)

 その時、呪文の詠唱と魔力の高まりに、〈銀の槍〉が反応していた。

(あの馬鹿! 炎の槍の呪文と勘違いしてやがるな。刺客と勘違いしてあの男児を……)

 〈アルファ〉がそう言いかけた時、〈銀の槍〉は一気に闘気を高めると、剣の柄程の長さに縮めて腰に吊した魔法武具の槍に闘気を注ぎ込んだ。そして、その槍を構えて、金槌を振る男児めがけて一気に跳躍した。

 〈銀の槍〉の巨大な殺気が男児を刺し貫いた。常人を遙かに超越した〈銀の槍〉の動きに、親方も、ましてや男児が反応できるはずもなかった。

 〈銀の槍〉の繰り出す槍が男児を刺し貫くと思われた瞬間、後方にいたイディオタは〈銀の槍〉の前に立ち塞がり、闘気を爆発させてその全身を槍と化した〈銀の槍〉の必殺の突きを、まるでその辺に転がる木の枝でも掴むかの様に無造作に片手で掴んで止めた。

「阿呆が!」

 イディオタは右手で槍を掴みながら、左手で〈銀の槍〉の頭を殴りとばした。

(間にあったか。〈銀の槍〉はお前に似て本当に馬鹿だな)

(うるさいわい!)

 〈銀の槍〉の殺気に当てられて怯える男児が振り向いた。全身から汗が流れ、震えが止まらぬ様子であった。しかし、それでも炉の中の炎の制御には一切乱れが生じてはいなかった。

「済まぬが、これを修繕してくれぬかのう」

 イディオタは優しい笑顔でそう言うと、〈銀の槍〉から槍をもぎ取り、男児に差し出した。

 男児はイディオタの笑顔を見て少し落ち着きを取り戻した様だった。

 親方も男児も、〈銀の槍〉の動きが余りに速く、イディオタの動きはそれさえも凌ぐ速さであった為、何が起こったか分からぬ様子であった。

(槍の修繕の話でうまくごまかせたようだな)

(こやつの馬鹿さ加減にはまいったわい……)

(師が馬鹿だから、仕方ないだろうな)

(……)

〈アルファ〉の言葉に、イディオタは言い返すのを諦めた。

「これは……闘気を魔力変換する術式と……それで……なるほど、伸縮するのか……」

 男児は差し出された槍を両手で受け取ると、槍の柄の表面に刻まれた術式を一目見て、その発動を読みとった。

 親方も槍を手に取り、状態を確認してイディオタに答えた。

「刃と柄の痛みが激しい様なので、研磨して修繕しておきます」

「おお、それはありがたい。ではお願い申そう。それより、その男児は親方の弟子かのう?」

 イディオタの急な言葉に、親方は戸惑った様子で答えた。

「これは私の倅で、幼少より私の技術を仕込んでございます。なにか失礼がありましたでしょうか?」

(息子か……。ぬう)

(イディオタ、どうした?)

(この子を弟子にしとうなってな)

 イディオタの言葉に、〈アルファ〉は驚かなかった。

(火炎制御の術式や、槍の術式を読んだ様子から、かなりの資質がありそうだとは俺も思ったよ)

「いやいや。これは儂の言葉がたりなんだようじゃ。申し訳ない」

(〈銀の槍〉の殺気に当てられた時も、あの小僧、術式に乱れがなかったのじゃ。それに……)

(それに?)

 イディオタは〈アルファ〉の問いに答えず、親方へ言葉を続けた。

「儂は宮廷魔導師のイディオタと申す者じゃ。ご子息には魔術の優れた資質があるようじゃで、儂の弟子にならぬかとおもうてな……。しかし、跡継ぎなればそうもいかぬか」

 イディオタの言葉に、親方は驚いた様子であった。

「こ、これは知らぬ事とは申せ失礼いたしました。ではそちらの若い方も魔術のお弟子の方ですか?」

 〈銀の槍〉は親方の言葉に、鋭い視線を返した。

「阿呆! もっと愛想よくせんか!」

 イディオタは〈銀の槍〉の頭をまたも殴ると、親方に詫びた。

「こいつは武術の弟子でしてな。人見知りしよるので、失礼は許して頂きたい。それより、やはりご子息に跡を……?」

 イディオタの言葉に、親方は頷いたが、その後に出た言葉はイディオタを驚かせた。

「こいつには私の跡を継がせますが、それはこの店などではありません。古代王国期の物に劣らぬ武具を造るのが私の夢でして……。息子にはその志を継いでもらうつもりです」

 親方は息子の頭を撫でながら、さらに続けた。

「この子が幼い頃に母親を病でなくしてから、良い父親ではありませんでした。だが、良い師ではあるつもりです。強力な武具の製作に魔術の知識は必須です。この子が望むなら是非とも弟子にしていただきたく思います」

 親方はそう言うと、息子に視線を向けた。

「僕、魔術の勉強をして、必ず父さんの夢を継ぐよ! でも、イディオタ様の弟子になったら、父さんとは逢えなくなるの?」

 男児の言葉に、イディオタは優しく微笑みながら答えた。

「儂の城は王都の近くじゃし、宮廷魔導師として王都に居る事も多い。いつでも逢えるわい」

 男児がイディオタの言葉に喜びかけたとき、親方が口を開いた。

「レオナールよ。儂は旅にでるつもりだ。儂とて未だ魔術も鍛冶さえも未熟なのだ。お前がイディオタ様の元で学ぶように、儂も旅に出て技術を磨くつもりだ」

 親方のその言葉に、レオナールは驚き口を開いた。

「父さん、そんな! じゃあ、もう逢えなくなるの?」

 親方はレオナールの頭を撫でながら、優しく諭した。

「魔術を学べる機会はそうあるものではない。この機会を無駄にしてはならん。それにな、お前と儂は同じ道を歩むのだ。なれば必ずまた逢える!」

 レオナールは目に涙を溜ながら、黙って頷いた。

「親方、良いのか?」

「イディオタ様、よろしくお願い致します。槍は明日には仕上げておきます故、明日またこの時間にお越し願えますか」

 イディオタは頷き、〈銀の槍〉を伴って店を出ようとした。

「では明日参るゆえ、ご子息はその時に迎えに参る事にしよう。今日はゆっくり過ごすが良かろう」

 イディオタの言葉に、親方は首を振った。

「レオナールは今日よりイディオタ様の弟子にしていただきました。なれば今よりお連れ下さい。レオナール、しっかりと修行に励むのだぞ。良いな!」

 レオナールは黙って頷いた。そして、イディオタと〈銀の槍〉に向い、改めて挨拶をした。

「テオドールの息子、レオナールと申します。不躾者ですが、よろしくお願い致します」

(厳しい親父だな)

 〈アルファ〉の言葉に、イディオタは何かを思い出す様に言った。

(あれが父親の愛情なのじゃ……)

「〈銀の槍〉よ、レオナールは今よりお前の弟じゃ。よく面倒をみてやるのじゃぞ。よいな!」

「あいよ!」

(〈銀の槍〉の奴、何か嬉しそうだな)

(あ奴は〈竜殺し〉やアルベールとか、いつも兄貴分しかおらなんだからな。弟分ができて嬉しいんじゃろう)

(そんなものか)

 〈アルファ〉はよく分からぬといった様子で答えた。

「では親方、これで失礼する。〈銀の槍〉、レオナール、行くぞ!」

 その後、テオドール親方は更なる技術を求め旅に出、レオナールはイディオタの弟子として魔術のみならず、医術、錬金術、冶金術にその豊かな才能を発揮した。

 そして、幾年もの月日が流れ、レオナールはイディオタの研究を手伝う迄に成長した。


(イディオタよ、ヴィンセントの話に協力するのか?)

(致し方あるまい。ヴィンセントの言う事ももっともだ。貴族共も今は従っておるが、何かあればどう転ぶかわからぬ)

 そう言いながらも、イディオタ自身も己の考えが正しいとは思っていなかった。

(アルベールに対し、心服している貴族も少なくはあるまい。あえて事を構える必要は無いと思うがな……)

 イディオタは自分自身に言い聞かせるように、〈アルファ〉に話し始めた。

(だからこそなのだ。アルベールの大器に接すれば、多くの者はその為人の大きさに心服するであろう。奴にはそれだけの度量がある。しかしな、そんな人間は滅多に居るものではない。そんな個人の資質に頼る統治では駄目なのだ。それに……)

 〈アルファ〉はイディオタの言葉を遮ぎった。

(もういい。それ以上は言うな。それで、お前が出向くのか?)

(いや。儂は〈オメガ〉の研究で手一杯じゃ。ヴィンセントの元にはレオナールに行ってもらおうと思っておるのじゃが、どうじゃろうな?)

 〈アルファ〉は溜息混じりに答えた。

(お前が行かぬならレオナールしか適任はおらぬだろうな……。奴は世間を知らぬから心配だが……、〈ガンマ〉も付いている事だし、大丈夫だろう)

 イディオタは〈アルファ〉の言葉で心を決めた。

「誰ぞおるか?」

 イディオタの部屋の前で控えていた配下の者が入ってきた。

「イディオタ様、お呼びでございますか」

「うむ、すまぬがレオナールに来るように伝えてくれ。急ぐ様にと申しつけてな」

「ははっ!」

 配下の者はイディオタの部屋を退室すると、急ぎレオナールの研究室へと駆けた。

 急用と聞いて駆けつけたレオナールに、イディオタはまずは椅子に座らせ、茶を振る舞った。

「どうじゃ。先ほどヴィンセント殿下が参られてな。その時に頂いたイングレス王国産の茶じゃ。良い香りであろう」

 レオナールは茶には手を着けず、イディオタに質問した。

「急ぎのご用と伺いましたが……。イングレス王国に何か動きがあったのですか?」

(レオナールは頭が切れる。単刀直入に言った方が早いぞ。それに、ヴィンセントの話は、レオナールの長年の研究を実現するには良い機会だ)

(そうじゃな)

 イディオタは机の上の茶を啜りながら、口を開いた。

「お主も知っての通り、ヴィンセントの進める改革によって既得権益を奪われた貴族達には不満が溢れておる。そういった貴族の中には、イングレス王国と繋がっておる者も少なくない」

「はい」

「だからといって今、貴族共を処断しようとすれば奴らは周辺諸国と結んで兵を起こすであろう。そうなってはまた世が乱れ、民が塗炭の苦しみを味わう事となる」

 民が苦しむというイディオタの言葉を聞いたとき、レオナールの手は強く握りしめられた。幼い頃に戦乱に巻き込まれて母を失っただけに、戦で一番苦しめられるのは民だと言うことを肌で知っているのであろう。

「そこでじゃ。敵を圧倒する戦力があれば相手も戦を仕掛けてはこぬであろうし、仕掛けてきたとしても、民に害を及ぼす事無く終わらせることができる。わかるな?」

 レオナールは頷き、口を開いた。

「その為に、私に古代王国に匹敵する様な、魔導による兵器を開発せよと仰るのですね」

「そうじゃ。お主が研究を進めておる魔術作動式を応用した兵器を完成させるのじゃ。研究資金と設備は全て王家が負担する。どうじゃ、やってくれるか?」

 レオナールはイディオタに深く頭を下げた。

「〈ガンマ〉を授けて下さっただけでなく、私の様な若輩者にその様な大任を任せて下さるとは、なんとお礼を言って良いか分かりません。イディオタ様のご恩には、必ずや兵器を完成させて報いようと思います」

「〈ガンマ〉がお主を気に入ったのじゃ。〈賢者の石〉は適正がなければ儂が授けようと融合できるものではない。ましてや、適正があっても完全融合は簡単にはできぬ。〈ガンマ〉との融合はお主自身の才能じゃ。礼などいらぬぞ」

(それに兵器開発もお前が〈オメガ〉の開発に専念したいからレオナールに押しつけているのだしな)

 イディオタは〈アルファ〉に怒鳴り返した。

(うるさいわい! 才能ある可愛い弟子に機会を与えてやりたいだけじゃ!) 

「レオナールよ、では頼んだぞ。何かあればいつでも訪ねてくるが良い」

「はは、では急ぎ支度をしてヴィンセント殿下の元へ出発致します」

「うむ。〈ガンマ〉、レオナールを頼んだぞ」

 レオナールは膨大な研究資料と貴重な書物を馬車に積み込むと、その日のうちに王都へと出発した。


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