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戦士の宴  作者: 高橋 連
三章 後編 「シャンピニオン山の戦い 其之参」
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ユィン

【ユィン】


 圧倒的な力で、人の領域を越えた〈銀の槍〉を打ち倒したユィンだったが、その心は何故か晴れなかった。

 人外のこの醜い姿にすがって得た勝利など、ユィンにとっては何の価値もなく、ただ生にしがみついた己を恥じた。

(ユィン、その姿も人間だ。イディオタの言葉を忘れてはいまい。何を恥じる事がある)

(しかし、この姿を人間とは決して思えない……)

(だが、まだお前は死にたくはないのだろう? 死ぬわけにはいかないのであろう?)

(あぁ……)

 ユィンが自責の念にかられていた時、力尽きて倒れ、ただ死を待つだけだった〈銀の槍〉がゆっくりと立ち上がった。

(まだ立ち上がる力が残っていたのか)

(ユィン、油断するな!)

(もう動く事もままならぬ相手を無駄に殺す事も無いだろう。〈銀の槍〉に構わず先を急ごう)

(お前は馬鹿か! 目の前の男をよく見ろ! くるぞ!)

 〈オメガ〉の警告よりも早く、〈銀の槍〉は向かってきた。その手にあった煌く闘気の槍は既になく、全身を覆っていた白く輝く闘気も纏ってはいなかった。ユィンには、そう見えた。

 かつての速度も勢いもない動きに、ユィンは問題なく反応し、〈銀の槍〉の素手での攻撃を右手で受け止めようとした。

(受けるな! 避けろ!)

 ユィンの頭の中で〈オメガ〉の怒号が鳴り響いたが、ユィンがその警告に気づいて避ける間もなく〈銀の槍〉は迫った。そして、ユィンはその〈銀の槍〉の拳を受け止めた。受け止めたはずだった。

「ぐおぉぉぉぉぉーっ!」

 ユィンの絶叫が木霊する。

 〈銀の槍〉の拳を受け止めたはずの右手は、跡形もなく砕け散っていた。

(ユィン、次がくるぞ! 逃げろ!!)

 ユィンは〈オメガ〉の警告を聞く余裕もなかった。〈銀の槍〉の動きが捉えられないのだ。目では捉えられているはずなのに、それに体が反応できなかった。

 〈銀の槍〉は更に追ってくる。次も闘気を纏ったわけでもない、ただの蹴りだった。しかし、獣の本能の様なものがその攻撃を受け止める事を拒否した。

 ユィンは図らずも、〈オメガ〉の警告通りに行動した。無様に逃げまどったのだ。しかし、〈銀の槍〉の動きについていけないユィンは、その蹴りを完全には避けられず、軽く脇腹を掠めた。

 その瞬間、熟した果物が握りつぶされる様な音と、焚き火の中の薪がはぜる様な音が混ざり合った不快な響きと共に、ユィンは真っ黒な血を大量に吐き出した。内蔵が潰れ、肋骨が砕けたのだ。

(ユィン! 逃げろ!)

(だ、だめだ。回復が追いつかぬ……)

(這ってでも逃げるんだ! あれには勝てん!)

 ユィンは這いつくばって〈銀の槍〉から逃げた。なぜか〈銀の槍〉は虚空を見つめ、その動きは緩慢だった。

(奴は余裕を見せているのか知らないが、今のうちに逃げるんだ!)

(〈銀の槍〉に一体何が起こったんだ? 闘気を纏わぬただの拳や蹴りに、なぜあれほどの威力が)

 ユィンの疑問に、〈オメガ〉が答えた。

(奴は全身が闘気と化しているのだ。奴の体内では闘気が駆け巡り、奴自身が闘気の塊となっているのさ)

(そ、そんな事が……)

(お前もこの大陸を旅していたのなら聞いた事があるだろう。伝説の奴隷王の話を)

 〈オメガ〉の言葉に、ユィンは暫し思案するように記憶を辿りながら答えた。

(たしか、西の海を渡った島国の伝説だったか……。国を襲った竜を素手で退治して、奴隷から王になった男のおとぎ話だろ……)

(あれは本当の話だ。俺はあいつが戦う姿を、イディオタの記憶で見たことがある。今の〈銀の槍〉とまったく同じ姿だったぞ!)

(老師の記憶で見ただと? 一体……イディオタ様は……)

(そんな事はどうでも良い! いくらか回復したなら逃げろ! 素手で竜を倒す様な奴と戦えるか?)

 ユィンはその問いに答えずに、ふらつく足でなんとか立ち上がり、必死に逃げようとした。

 その時、虚空を見つめて呆けていた〈銀の槍〉が口を開いた。

「〈ゼータ〉、やっと掴めたぜ……。霧が晴れたんだ……。掴めたんだ……」

 そう呟くと、緩慢に見えた動きが徐々に速度を増し、遂には引き絞られた弓から放たれた矢のように、ユィンに迫り突進した。

(だめだ、〈銀の槍〉の才能があれ程とは……。ユィン、諦めろ……)

(老師、申し訳御座いません……)

 闇よりも暗い暗黒を纏った異形の者の肉体を、紙屑の様に引き千切り叩き潰す無敵の戦士の拳が、ユィンの心の臓めがけて繰り出された。

 如何に膨大な魔力と〈オメガ〉の補助によって凄まじい再生能力を誇ろうと、一撃で心の臓を潰されて生きてはおれまい。

 様々な思いが脳裏を過ぎりながら、死を覚悟したユィンは瞳を閉じ、ただ心の平安を求めた。神と言うものがいるのならば、せめて己の生まれた理由を、創られた意味を教えて欲しかったと思いながら……。

 長い長い時が流れた様にも感じたし、ただの一瞬だった様にも思えたが、いくど待てども覚悟した瞬間が訪れぬのを不思議に思ったユィンは、堅く閉じた瞳を開けた。

 そこでユィンが見たものは、己の胸の寸前に拳を繰り出した姿のまま絶命している〈銀の槍〉の姿だった。

(凄まじい闘気の流れに、〈銀の槍〉の体が耐えられなかったのだろう)

 〈オメガ〉の言葉に、ユィンは納得がいかなかった。

(そんな馬鹿な! 俺はまた奴に負けたのに生き残ったのか!)

(最後に立っている者こそが勝者だ)

(そんな事は聞いてない! 俺は醜く、卑怯で非力だ!)

(醜く卑怯で非力で何が悪い! お前には目的も、イディオタとの約束もあるはずだ。泣き言をいうなら、全てを果たしてからにしろ!)

 〈オメガ〉の言葉に、ユィンは少し落ち着きを取り戻した。

(そうだな、せめて老師との約束を果たさねば、俺が生き残った意味が無くなってしまう……)

(そうだ。イディオタの死も、〈銀の槍〉の死も無駄にするな)

(しかし、老師の意志を継ぐのは、〈銀の槍〉がふさわしかったんじゃないか……)

 ユィンの言葉を、〈オメガ〉は違うと否定した。

(ユィン、それは違うぞ。確かに〈銀の槍〉の才能は優れていた。しかし、結果はお前が生き残った。それに、イディオタがお前を見込んだのは、強さだけじゃないさ)

(強さだけじゃないって、一体何を見込んでくれたんだ……?)

(それはいずれ分かる。自分でいつか見つけられるだろう)

(しかし、〈銀の槍〉は俺と戦い命を落とさなければ、いずれは伝説の奴隷王の様な戦士になったのにな……)

 ユィンの言葉を、またしても〈オメガ〉は否定した。

(それはどうだろうな……。闘気をあの領域まで高めたのは確かに素晴らしい才能だが、その闘気を使いこなせなければ意味が無い。己の闘気だけに頼らず、全てを極められる者にしか、奴隷王の高見には上れないのさ。〈銀の槍〉は〈ゼータ〉がついていた事が、逆に災いしたのかもしれんな……)

(俺も〈オメガ〉に頼ってばかりではいけないという事だな)

(あたりまえだ! 少しくらいは助けてやるけどな。回復はどうだ? もう歩けるか?)

(ああ、もう歩けるよ)

(では変化を解いて、中腹の砦を目指すか。〈銀の槍〉との戦いでかなり時間をとられた。早くイディオタの言葉を伝えなければ、取り返しのつかない事になるぞ)

(分かった。〈銀の槍〉よ、墓を建ててやれなくてすまない……)

 〈オメガ〉が、済まなさそうにしているユィンを慰めるように言った。

(〈銀の槍〉の骸は、獣達が始末するさ。それが命の連鎖だ。さあ、急ぐぞ)

 最後に立っている者こそが勝者。命を懸けて戦う戦士だからこそ、ユィンにもそんな事は分かってはいた。だが、二度も力及ばなかった己が生き残り、己より高みに達した〈銀の槍〉が倒れた事に、ユィンは素直に喜ぶ事が出来なかった。

 しかし、己の命に意味を与えてくれた老師との約束を果たす為に、ユィンは山道を登っていった。運命の輪の巡りによっては友とも呼べたかもしれない強敵の骸を踏み越えて……。


これにて三章後編、「シャンピニオン山の戦い 其之参」は終了です!


読んで下さり、本当に有難うございます!!


銀の槍は最後死んじゃいました……

気に入っていたキャラなんですが、死んじゃった。


もともとは、このユィンと銀の槍の戦いの場面から想像して、

このお話が出来上がりました。


このお話も三章が終わり、折り返し地点に来た感じです。

どうぞ今後も宜しくお願い致します!



明日からは第四章がスタートします^^


四章は新兵器である魔導兵器や、王国軍側の人物などが登場します。


魔導兵器は魔導筒という魔法の銃のような物が登場しましたが、

今回はそれを上回る兵器の開発のお話です!!


是非読んでやって下さい^p^




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