ユィン
【ユィン】
目の前の出来事が信じられぬユィンは、頭の中の〈オメガ〉に向かって叫んでいた。
（ば、馬鹿な！ 発動前の呪文潰しならまだしも、発動した魔術をかき消すだと！）
（やられた……。まさか魔力の流れを見極め、更にそれを物理的に断ち切るとは……）
（〈オメガ〉、どういう事だ！）
（あの術が必要な魔力の流れを物理的に断ち切られたのだ。それによって、術そのものが止まったのさ……）
（だから、どういう事なのだ！？）
動揺し落ち着きをなくしたユィンに、〈オメガ〉は落ち着いた様子で答えた。
（術は発動してからもその術を維持する為の魔力が必要となるのは分かるな？ 通常は術式に組み込んだ魔力でそれを賄うが、〈銀の槍〉はその術式からの魔力の流れや、術自体を斬り砕いたのだろう）
（そ、そんな！ 理屈は分かるが、術式に組み込んだ魔力は術と一体化していて、断ち切るなんて出来ないだろう！ 魔術を極めた老師ならともかく、あの闘気馬鹿にどうやって発動した術の魔力の流れを断ち切ったり、ましてや術自体を破壊したり出来るって言うんだ！？）
そこまで言って、ユィンは何事かに気付いたようだった。
（ああ、そうだ。あの槍だ。あの闘気の槍は純粋な闘気によって形成されているからな。しかし、先程の一撃は魔力の流れを断ち切ったって言うよりも、術を空間ごと切り裂いた様だが……）
（空間ごとって……そんな馬鹿……な……）
驚きの余り、言葉を失っているユィンに〈オメガ〉の警告が突き刺さった。
（ユィン！ 来るぞ！）
呆然となっているユィンめがけて、〈銀の槍〉が猛撃を繰り出してきた。空間をも切り裂く闘気の槍を防ぐ術は、ユィンにはもう無かった。
まるで熱したナイフがチーズを切り裂く様に、ユィンの纏う骨の鎧は易々と削ぎ落とされていった。両腕の手の甲から肘と一体化している黒い骨の刃も、小枝の如く簡単に砕け折れた。全ての術を破られ、武器も防具も砕かれたユィンに為す術は何もなかった。
その後の戦いは、最早戦いと呼べるような物ではなかった。だが、如何に為す術がなかろうと屈せぬユィンの揺るがぬ闘志が、それを辛うじて戦いと言う物の範疇に留めていた。しかし、それもそう長くは続かないであろう。
（ユィン、如何にお前でも、このままじゃ死ぬぞ）
（ああ、死ぬだろうな……）
（分かっているなら、もう良いだろう）
〈オメガ〉の言葉に、ユィンは激した声で叫んだ。
（俺は人間だ！）
（誰もお前を人間じゃないとは言ってはいない！ イディオタも言っていただろう……。忘れたのか！？）
（いや、胸に刻んでいるよ……）
先程の激した声とは違い、その悲しみを滲ませたユィンの声音に、〈オメガ〉は諭すように優しい口調で説いた。
（お前は負けた。それは仕方がない。しかし、死ぬ訳にはいかないだろう……。お前には探し物があるのだろう？ それに、老師との約束もあるだろうが）
（ああ……。そうだ……）
（ならば、己の成すべき事を成せ）
〈オメガ〉のその言葉に、ユィンはただ頷いて答えた。
ユィンは足をもつれさせながらも、〈銀の槍〉の繰り出す槍を必死に避けてもがき足掻いていたが、突然にその動きを止めた。
「おい、やっと諦めたのか。てめぇは良くやったよ。だが俺様の方が少し上だっただけさ」
「そうだな……。俺の負けだ。〈銀の槍〉、お前は強いよ」
足を止め、負けを認めたユィンの言葉にも、〈銀の槍〉は警戒を緩める事無く答えた。
「じゃあ、みっともなく足掻くのはやめろ。お前程の男が無様すぎるぜ……。一撃で終わらせてやるから、楽にしてろ」
「俺は今ここで死ぬわけにはいかないんだ」
「命乞いか！？ お前の口からそんなもの聞きたくなかったぜ！」
（〈オメガ〉、同調切換はいけるか？）
（ああ、大丈夫だ。）
「〈銀の槍〉、戦いはお前の勝ちだ。だが俺は死ぬわけにはいかない。すまぬ……」
そう言うと、ユィンの体を黒い闘気が覆い始めた。いや、闘気と呼ぶには凶々し過ぎた。闇よりも暗く、深淵の奥底から流れ出た魔王の吐息の様なものが、凄まじい勢いでユィンを包み込んだ。
そして、その暗黒の帳の中から、異形の者が現れた。
視る者に嫌悪と恐怖を抱かせ、心の闇の、更にその奥底の闇を掴まれる様な衝撃を与える異形の姿。だが、その瞳にはどこか悲しげで、己を侮蔑する感情の欠片が浮かんでいた。
異形の姿の戦士はその瞳に浮かぶ様々な感情の欠片を消し去ると、口を開いた。
「〈銀の槍〉よ、行くぞ……」
それは、ユィンの声だった。
読んで下さって有難うございます＾＾
ユィンと銀の槍の戦いも、遂に終盤を迎えました！！
宴を生き残るのは、果たして……
