アルベール (あとがき追加)
【アルベール】
アルベールはとても暖かく優しい光に包まれていた。
その光はとても安らかな温もりを与えてくれ、ずっと前から知っているかの様な安堵感さえ感じた。やがてその光が〈イプシロン〉だとアルベールが気づいた時、今度は別の力に包まれ引っ張られた。
〈イプシロン〉から引き剥がされる事に抵抗していたアルベールだが、自分を引っ張る力を感じるうちに、自分が引っ張られているのか、自分が引っ張っているのか、その区別さえつかなくなり、やがて気がついた時には〈イプシロン〉から離れていた。
(アルベール、ありがとう)
〈イプシロン〉の声が聞こえ目覚めると、先ほどとまったく変わった様子はなく自分の寝台に伏したままの状態であった。
ただ、体から全ての力が抜けたかの様であり、思うように動けなかった。なにより、己の内にいた友の存在が感じ取れなくなっていた。〈イプシロン〉の存在が己の内から消えて狼狽していると、横からイディオタの声が聞えた。
「アルベール、気がついたか……」
「イディオタ、終わったのか? 俺はまだ生きているのか?」
「ああ、すべて終わった」
「ではなぜ俺は生きているんだ?」
アルベールの問いに、イディオタは顔を曇らせながら答えた。
「魔導師の魂を滅する為には、お主の魂も体から抜かなくてはならなかったのじゃ。抜いた後、体にお主の魂を戻したが……」
言葉に詰まる友の様子からアルベールは全てを悟った。そして、友を気遣い、端的に尋ねた。
「あとどれくらいだ?」
「もって半日ほどじゃ」
「そうか、最後に弟や息子と話せるな。ありがとう、イディオタ。ところで、〈イプシロン〉を感じないのだが、まさか……」
もう一人の友を気遣うアルベールに、イディオタは笑顔で答えた。
「大丈夫じゃ、〈イプシロン〉は儂の中におる」
「よかった」
笑顔でアルベールはそう言うと、寝台横の机の上に置いてある呼び鈴を鳴らし、侍従長を呼んだ。
「ヴィンセントとカミーユを呼んでくれ。それと、飲み物と何か軽い食事の用意を頼む。場所はここで良い」
侍従長は静かに頭を下げると、準備の為に退がっていった。
「イディオタ、一緒にどうだ?」
アルベールの誘いに、イディオタは首を振った。
「いや、儂は遠慮しておこう……」
「そうか。お前も俺の家族なのだぞ」
「ああ。わかっとるよ」
そう言うと、イディオタは呪文の詠唱を始めた。
「イディオタ、頼んだぞ」
アルベールの言葉に、イディオタは小さく頷いた。
「これも頼む」
そう言って、アルベールは寝台横に立て掛けていた大きな剣を掴むと、イディオタに向かって投げ渡した。
「承知した。お前以外に使える奴がいるとは思えんがな。まあ、この大剣も今や王家の宝剣となっておるからな。カミーユの即位の際には必要となるじゃろう。それまで、預かって置こう」
剣を受け取ったイディオタはそう言って笑いながら、窓から闇夜に身を躍らせると、大きな一羽の黒烏となって羽ばたき去って行った。。
その夜、偉大な英雄であり、建国の王でもある英雄王、アルベール一世はこの世を去った。
偉大な王の死は周囲の人間の運命を大きく変えていった。
この後、王位継承者であったカミーユが暗殺され、その首謀者である――王国宰相であるヴィンセントの発表によればだが――イディオタは、領地のシャンピニオン山に立て篭もり兵を起こした。
ヴィンセントは即座に追討令を発し、近衛軍をイディオタ伯討伐の為にシャンピニオン山に進軍させた。後の世に言う「シャンピニオン山の戦い」である。
この後、この戦いが当事者達の思惑を超え、彼らの人生を激しく変えていき、それは大きなうねりとなってフランカ王国を飲み込んでいった。
フランカ王国を飲み込んだその大きなうねりはそれだけにとどまらず、やがて時代の奔流となって荒れ狂い、多くの人々を戦いに掻き立て、様々な国々をかつて無い大戦へと導いていく事となるのである。
「戦士の宴」を読んで下さり、本当にありがとうございます!
この序章後編では、戦乱を治めて平和を築いたアルベールの死が描かれています。
偉大な建国の英雄王の死は、未だ戦乱の傷跡や不平貴族を抱えるフランカ王国に、大きな衝撃を与えます。
それがこの後に続く本編(一章~五章の後編部分)へと繋がっていくのですが、まずは一章前篇では、本編主要登場人物の「刀鍛冶」の前半性が描かれております。
彼は後編で激しい宴を繰り広げますので、ぜひとも読んでやって下さい!
宜しくお願いします!