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戦士の宴  作者: 高橋 連
三章 後編 「シャンピニオン山の戦い 其之参」
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銀の槍

【銀の槍】


 〈銀の槍〉は、己の全生命力を燃焼させて手に入れた白銀に輝く闘気をその身に纏い、全身を銀の槍と化して突進した。

(奴は最後の足掻きに何か大きな魔術を用意しとるようだ。そいつが完成する前に叩け!)

(ああ、任せろ!)

 〈銀の槍〉の疾風怒濤の攻撃が始まった。

 生命力を爆発させて身体能力を飛躍的に高めた〈銀の槍〉の突進はまさに疾風であり、その突進に強烈な回転を加えて闘気の槍を振るった。

(〈銀の槍〉よ、奴がまた小細工を始めよったぞ)

(ああ、見りゃわかる。同じ手はくわねえぜ!)

 〈銀の槍〉の猛烈な攻めをかい潜りながら、ユィンは地面に魔法陣を幾つも描き始めた。

「同じ手は喰わねぇぞ! 俺様をなめやがって、馬鹿野郎がっ!」

 〈銀の槍〉は先程の戦いの最中に魔法陣を描かれた屈辱を思い出し、ユィンに怒声を浴びせながら、ユィンが描く魔法陣を片端から潰していった。しかし、ユィンはそれでもなお魔法陣を描き続けた。

(すげぇな……)

(なにがじゃ?)

 〈銀の槍〉の感嘆の言葉を訝しく思った〈ゼータ〉の問いに、〈銀の槍〉は答える代わりに問い返した。

(〈ゼータ〉、俺は闘気士としてどれ程のもんだ? そこそこ程度か?)

 突然の〈銀の槍〉の問いに、〈ゼータ〉は己の融合者を誇りに思う気持ちを熱く語り答えた。

(何を言う。お主ほどの闘気の使い手は、今の時代には他におるまいて)

(そうだよな。俺は強えよな?)

(ああ、自信を持て! お主ほどの闘気士は、儂の長い記憶の中においても幾人もおらん)

(奴はその俺の攻撃をかわしながら、魔法陣を描いてやがる。凄えよ!)

 〈銀の槍〉のその言葉に、〈ゼータ〉は初めて〈銀の槍〉のあげた感嘆の言葉の意味が分かった。眼前の強敵の力を認めるまでに器の大きくなった己の融合者を褒めてやりたい親心が、〈ゼータ〉の内から溢れ出した。

(うむ、奴もイディオタ様が認めただけの事はある。なまなかの使い手ではない。しかし、お主に勝てはせん! お主の攻撃で奴は既に瀕死ではないか)

 〈銀の槍〉の猛撃によりユィンは幾つもの傷を負い、全身血塗れになっていた。しかし、それでもなおその動きは止まらず、精神を集中させて呪文を唱えながら、何度潰されようと必死に魔法陣を描き続けていた。

 それはまさに、死を覚悟した殉教者のみがなせる奇跡の様にも感じられた。そして奇跡とは、幾度も、長くも続かないからこそ奇跡と呼ばれるのであった。

 目の前の奇跡は、終わろうとしていた。

 〈銀の槍〉の闘気の槍は、伸縮自在に加え、〈銀の槍〉の意志に従って自由に曲がりしなり、まるで生きる蛇の様にユィンに襲い掛かった。

 その毒牙からかろうじて致命傷を避けていたユィンも、いつしか深手を負うようになっていた。

(不可解じゃな……解せぬ……)

 突然の〈ゼータ〉の言葉に、〈銀の槍〉は問い返した。

(〈ゼータ〉、どうした?)

(奴はお主が言った様に並大抵の使い手では無い。しかもあの〈オメガ〉もついておる。その奴が無駄と解りながらも魔法陣を描き続けて消耗するとは思えなくてな……)

(じゃあ、なんだってんだ。これも奴の策だってのか? 俺の槍で血みどろになるのがか?)

(まさか……、魔法陣は既に出来上がっているのか……?)

(馬鹿な! 奴が描く魔法陣は、どんなものでも見逃さずに全部潰したぞ!)

 その時、〈銀の槍〉の攻撃から逃れたユィンの右手に、まるで生きているかの様な炎が現れ、大きな固まりとなっていった。ユィンはその炎を、遠く離れた地面に放り投げ、左手で描いていた呪印を発動させた。

 大気が震える程の凄まじい爆発と共に、炎の固まりが放たれた場所に大きな炎の火柱が立ち、それはやがて巨大な人の形を取り始めた。

(抜かった、またしてもやられたわ!)

(ありゃなんだ! 炎の巨人でも造り出しやがったのか?)

(馬鹿な! 炎の巨人を造り出すのに奴ほどの魔術の使い手が魔法陣など必要とせぬわ。あれは火焔の巨人じゃ)

 〈ゼータ〉の言葉にも、〈銀の槍〉はユィンの創り出したものが今ひとつ分からぬ様子で問うた。

(火焔の巨人ってのは強えのか?)

(原始の巨人とも呼ばれ、この世のあらゆる物を原始の混沌に戻すと言われとる)

(戻すって?)

 まだ緊張感の漂わぬ〈銀の槍〉の言葉に、〈ゼータ〉の怒号が飛んだ。

(原始の混沌さながらに、全ての物をその凄まじい超高熱で溶かすのじゃ! 馬鹿者が!)

(そんなもんを、奴は魔法陣無しで造り出したってのか?)

(まだ分からぬのか、この馬鹿め! 奴は既に魔法陣を用意しておったのよ。きっと転移魔法陣を描いた時に、この術の魔法陣も描いておったんじゃろうよ)

(じゃあ、さっきまで描いていたのは……)

(お主の目を足下に描いた魔法陣に向けさせて、火焔の巨人の術の魔法陣からお前の注意を逸らし、術を発動する時間を稼いでいたのじゃ!)

(………………)

 〈ゼータ〉の言葉に、〈銀の槍〉は暫し言葉を失ったかの様に黙り込んだ。その体は微かにだが震えているようであった。

(〈銀の槍〉よ、どうした?)

(俺はまた虚仮にされたってわけだ……。ぶっ殺してやる!!)

「うおおぉぉぉぉぉぉーーー!」

 怒りの咆哮を轟かせながら、〈銀の槍〉は襲いか掛かって来た火焔の巨人に向かっていった。

 〈銀の槍〉の闘気の槍が縦横に走り、火焔の巨人の白熱に輝きながら燃え盛る体を貫き分断した。しかし、周りの大地をも溶かす炎が形どったその体は、崩れたかと思うとすぐに人の形に戻り、また〈銀の槍〉に襲い掛かって来た。

 その時、猛烈な爆発音と共にまたもや巨大な燃えさかる炎の柱がそそり立ち、人の形を取り始めた。

(ちっ、もう一体増えやがった)

 苛立つ〈銀の槍〉に、〈ゼータ〉は答えた。

(いや、もうニ体のようじゃぞ)

(なに!?)

 〈銀の槍〉が答えると同時に、さらに爆発音が響き、巨大な火柱がそそり立たった。そして、こちらの火柱もゆっくりと人の形へと変化していった。

 一体目の火焔の巨人と〈銀の槍〉が戦っている間に、呪文詠唱と両の手の呪印や詠唱補助の魔法陣を駆使して、ユィンは凄まじい速度でさらに火焔の巨人をニ体も造り出したのだった。

(やってくれるぜ!)

 火焔の巨人は、ただ単に超高熱の炎の塊ではなかった。その身と同じ性質の炎の高等魔術を操る上、その燃え盛る巨体から繰り出す一撃は全ての物を砕き燃やし溶かした。

 一体目の火焔の巨人が〈銀の槍〉に襲い掛かっている間に、残りのニ体の火焔の巨人は人の言葉ならぬ人外の言葉で何かを詠唱したかとおもうと、無数の小さな火球を〈銀の槍〉に向けて降り注いだ。

(あのでかいの、魔法まで唱えるのかよ!)

(ああ、火焔の巨人はそこらの魔導師よりも強力な術を操るぞ。しかも魔力も無尽蔵ときておる。隙を与えるとわらわらと厄介な物も造り出すしな)

(厄介なものを造り出すって?)

 〈銀の槍〉の問いに、〈ゼータ〉がやれやれといった感じで答えた。

(ほれ、後ろのニ体がいまやっとるわい)

 先ほど火球を降り注がせた火焔の巨人達が、何かを唱えたかとおもうと、人間ほどの大きさの赤い鰐の様なものが幾体か現れた。

(なんだありゃ?)

(火蜥蜴じゃ)

 〈ゼータ〉が答えると同時に、火蜥蜴は空を舞いながら、〈銀の槍〉に向かってきた。

 闘気の槍で串刺しにすると、火蜥蜴はかき消えた。しかし、その数は徐々に増え、〈銀の槍〉の周りを無数の火蜥蜴が舞飛んだ。そして、火焔の巨人達も魔法やその灼熱の腕を伸ばして、〈銀の槍〉に襲い掛かってきた。

 その間、ユィンは地面に座して瞑想し、何か呪文を詠唱している様だった。だが、今はユィンの詠唱を阻止する余裕は〈銀の槍〉にはなかった。火焔の巨人の攻撃を避けながら、火蜥蜴を始末するのに手一杯だった。

(〈ゼータ〉、埒があかねぇ! どうすりゃいい!?)

(火焔の巨人が三体とはかなり厄介じゃが、お主の槍で滅せられぬ物はない)

(さっき何度もあの巨体を貫き刻んだが、すぐに元に戻りやがるぜ。炎の巨人と違って核も見あたらねぇ!)

(心を静めよ。怒りの荒波に心を委ねるな。体を闘気の炎と化すと同時に、心を静寂の水の様にするのじゃ)

 〈ゼータ〉の言葉に、〈銀の槍〉は師であるイディオタの言葉を思い出していた。

(前にじじぃが言ってたやつか……)

(今のお主ならできるはずじゃ。炎と水を合わせ以て心眼を開けば、自ずと全てが見えるはずじゃ)

(だが、こいつらの攻撃を受けながらそんな落ち着いた気持ちになぞなれねぇぜ!)

 珍しく弱音を吐く〈銀の槍〉に、〈ゼータ〉は落ち着いた声音で答えた。

(出来なければ、お主が死ぬだけの事よ。あのユィンとか言う若造は、お主と戦いながらイディオタ様から学んだ術を実践しよったぞ。あやつに出来てお主には出来ぬのか?)

 その〈ゼータ〉の言葉に、〈銀の槍〉の子供の様な負けん気が首をもたげだした。

(へへへ、舐めるんじゃねぇよ!)

 〈銀の槍〉は目を閉じ、生命力を燃え上がらせて闘気を爆発させながら、その心の内を穏やかな静寂の水で満たした。相反する物を一つに。昔イディオタより教えられた通りに……。

 〈銀の槍〉の心の中を、炎と水という相反する物が埋め尽くし混ざり合う毎に、火焔の巨人達は〈銀の槍〉の動きが捉えられなくなっていた。決して〈銀の槍〉の速度が増したわけではなかった。だが確実に、〈銀の槍〉の動きは火焔の巨人達の動きを凌駕し始めていた。そしていつしか、〈銀の槍〉は火焔の巨人の魔術や攻撃を潜り抜けながら、全ての火蜥蜴を始末していた。

(〈ゼータ〉、どうよ!)

(さすがは〈銀の槍〉。お主の身に入れて、儂は果報者じゃ)

(へへへへへ、照れるじゃねぇか。次はあのでかいのだな。どうすりゃいい?)

(今のお主になら見えるじゃろう、奴らの核が)

 〈銀の槍〉は精神を集中して研ぎ澄ました。〈銀の槍〉の心眼に、白熱に輝き燃え盛る火焔の巨人の体の中で更に燃え猛る何かが見えた。

(そうじゃ、それが奴らの心臓、核じゃ。あれを貫けば如何に火焔の巨人とて、崩れる他はない)

 〈銀の槍〉は、生命力を更に爆発させると、空高く飛び上がり、ありったけの闘気を漲らせて無数の闘気の槍を火焔の巨人達に向かって投げつけた。それは天空の神が、大地に稲妻を降り注ぐかの様であった。

 〈銀の槍〉の無数の闘気の槍に核を貫かれた三体の火焔の巨人は、膨らんだ風船が破裂する様な弾ける音を発し、熱した飴細工のように溶けだし崩れ落ちて消滅した。

 火焔の巨人を全て始末した〈銀の槍〉に、〈ゼータ〉の更なる怒号が飛んだ。

(〈銀の槍〉よ、奴の呪文を発動させてはならん! 急げ!)

 崩れ落ちた火焔の巨人によって灼熱の溶岩の様になった大地を蹴り、人の形をした白銀の光がユィンに向かって突進した。


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