ユィン
【ユィン】
(おい、お前の策ってこれか!?)
(あぁ)
ユィンの頭の中で、〈オメガ〉は呻きとも吐息ともつかぬ、小さく擦れた声で呟いた。
(だめだこりゃ……)
その〈オメガ〉の言葉に、ユィンは納得いかぬ様子で食って掛かった。
(おい! 駄目だとはどういう事だ!)
しかし、〈オメガ〉はその言葉がまるで聞えぬかの様に無視し、溜息混じりに愚痴るばかりであった。
(はあ……、お前に期待した俺が馬鹿だった……)
だが、〈銀の槍〉の様子を見たユィンの顔には笑みが浮かんでいた。そして、それに気付かぬ〈オメガ〉に、ユィンは自身に満ちた声で呼びかけた。
(いや、そうでもないさ。見てみろよ)
ユィンが言ったとおり、圧倒的優位に立ち、後一歩でユィンを仕留められる所まで追い込んでいたはずの〈銀の槍〉が、ユィンの発動させた光り輝く魔法陣を警戒し、距離をあけて様子をみていた。
だが、それでもまだ〈オメガ〉は納得しなかった。
(こんなもの、魔力感知されたらすぐばれるだろ!)
(そう思って、読めない文字で魔法陣を描いているだろ。〈銀の槍〉はまだしも、奴の中の〈ゼータ〉ってのは、きっとこの見た事がない文字に気を取られるはずだ。俺の中に〈オメガ〉、お前がいるのを知っているからな)
そのユィンの言葉に、〈オメガ〉も思案を巡らせ始めた。
(ユィン、この文字はどこの文字だ? イディオタの経験情報を受け継いでいる俺でさえ見た事がないぞ)
(当たり前だ。いま適当に考えたのだからな)
(これで生き延びられたら、お前を見直すよ……)
負けを認めた様な〈オメガ〉の言葉にも、ユィンは浮かぬ顔で答えた。
(魔力を補充できても、生き残れるかは分からないがな……)
(魔力を補充できただけでも十分見直してやるよ。まさか、照明に使う魔術で描いただけのこけおどしの魔法陣で、あの〈銀の槍〉と〈ゼータ〉を騙くらかして足止めするなんて、イディオタでも思いつかないだろうさ)
ユィンは魔力を補充しながら、照明魔術で描いた魔法陣が消える度に新たな魔法陣を描き足した。
これは洞窟など明かりの無い所で照明代わりに使う灯りの魔術で、初心者でも使える簡単な魔術であった。その証拠に、慣れた者であれば詠唱せずとも使用する事もできた。最近は、大道芸人がこの灯りの魔術を応用し、空間に光りで絵を描く見せ物が人気を博していた。ユィンはその芸を真似ただけにすぎなかったのだ。
(ユィン、そろそろ向こうもおかしいと思って気づく頃だぞ。魔力はどうだ?)
〈オメガ〉の問いに、ユィンは笑顔で答えた。
(ああ、完全とは言わぬが、十分に補充できた)
(ではもう一勝負といくか!)
威勢よく答える〈オメガ〉に、ユィンの冷ややかな声が突き刺さった。
(おい、その前に、なにかあるだろ)
ユィンの言葉に〈オメガ〉はため息を吐くと、やれやれといった感じで言葉を返した。
(お前は馬鹿じゃないよ、大した奴だ)
(やっと分かったみたいだな)
ユィンは〈オメガ〉の言葉に思わず笑いだした。その時、〈銀の槍〉を包む闘気が一段と輝きを増した。
(ユィン、気づかれたようだ。くるぞ!)
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