銀の槍
【銀の槍】
己の攻撃を突然現れたユィンの分身に防がれた〈銀の槍〉からは余裕の表情が消え、野生の獣が危険を察知した時に見せる独特の緊張感が漂っていた。
〈銀の槍〉は、ユィンが分身を創り出した事にはさほど驚いてなかった。分身魔術は〈銀の槍〉の師であるイディオタの得意な術であり、ユィンは何度もイディオタの得意とする魔術を使ってきたからだ。それよりも、〈銀の槍〉はその魔術の発動までの時間に驚くと同時に脅威を感じた。
(〈ゼータ〉よ、あのじじぃの分身のやつ、あれは確か莫大な魔力に長い呪文の詠唱と魔法陣が必要だったよな……)
(ああ……)
(あの小僧、どうやってあの時間で分身を創り出しやがった……)
その問いに、〈ゼータ〉が答えた。
(どうやら奴は、イディオタ様の魔術を真似るだけでなく、己の術と融合し進化させているようだな。恐らくあの両手の動きで詠唱と魔法陣を補っているのだろう……)
(ちっ!)
〈銀の槍〉は即座にユィンの危険度認識を引き上げた。
その体術や魔術には驚嘆するべきものがあるが、しょせん、近接戦で己を上回る術はないと判断していた。しかし、魔術の詠唱時間がここまで短縮されるとなると、近接戦での魔法戦闘はイディオタと同等かそれ以上と判断するしかなかった。
さらには、ユィンの尋常ならざる体力や回復力にも気をつけなければならなかった。通常なら、先ほどの致命傷で終わっているはずであったからだ。
(いくら分身をだそうが、一匹ずつ始末するまでよ!)
〈銀の槍〉は〈ゼータ〉にそう言うと、闘気の槍を今まで以上に輝かせながら、己の攻撃を防ぎ体制の崩れたユィンを狙って新たな一撃を放った。
「まずは片方からだ!」
〈銀の槍〉の怒号と共に、その鋭い槍の一撃が態勢を崩したユィンの分身の頭部を貫こうとした時、呪文を唱えていた本体のユィンが詠唱を終えて〈銀の槍〉の一撃を受け止めた。更には、それと同時に新たな二体目の分身が現れ、〈銀の槍〉の後方に周り込んで強烈な一撃をその背に浴びせてきた。
(また出しやがった!)
(一旦下がれ!)
〈銀の槍〉は〈ゼータ〉の言葉に従い、後方からの一撃をかわしながら飛び退がって、ユィン達との距離をとった。
ユィンと二体の分身はそれぞれ片手を複雑に動かして呪文を詠唱しながら、〈銀の槍〉の正面に並んだ。そして、数瞬後、正面と左右の三方向から〈銀の槍〉を包囲するかの如く取り囲んだ。
(〈銀の槍〉よ、相手の準備が整ったようだぞ)
(見りゃわかるぜ!)
〈銀の槍〉がそう答えると同時に、三人のユィンは、正面と左右から同時に襲い掛かってきた。
正面から襲い掛かってきた本体と思われるユィンは、両手に燃え盛る火炎の球を持ち、それを〈銀の槍〉に向かって投げ放ってきた。轟音と大爆発が起こる中、〈銀の槍〉は上空に飛んで逃げた。
すると、それを見た右から襲い掛かってきていたユィンの分身は、腕から黒く細長いものを取り出し、それに黒い闘気を注ぎ込んで槍に変化させると、その槍を唸らせて空中の〈銀の槍〉に襲い掛かってきた。それと同じく、左から襲い掛かってきた分身も、右から襲い掛かってきた分身と同様に腕から黒く細長いものを取り出し、それに闘気を注ぎ込んで今度は弓に変化させると、空中の〈銀の槍〉を狙い撃ってきた。
〈銀の槍〉は分身の槍を受け止めながら寸での所で身を捻って矢を避けると、槍を持つ分身を蹴り飛ばし、その反動で地面に逃れ様とした。
(おい!)
(なんだよ〈ゼータ〉。これ位どうって事ねぇぜ?)
(お主は本当に馬鹿か! 魔力感知をきちんとやれというのがまだ分からんのか!)
そう叫ぶ〈ゼータ〉の言葉に、〈銀の槍〉ははっと気づいた。
本体のユィンの掌の先に巨大な魔力が集まり、白熱に燃え盛る大きな塊を出現させていた。それはあたかも、小さな太陽の様であった。
(地面が溶けておるぞ!)
(分かってる! 喚くな!)
(お主が地面に着地すると同時にくるぞ、あれが……)
〈ゼータ〉がそう言う間もなく、〈銀の槍〉が地面に着地したと同時に、燃え盛る太陽がユィンの怒号と共に、〈銀の槍〉めがけて放たれた。
「うおぉぉおぉぉぉーーーーー!」
獣の咆哮の様な雄叫びあげながら、〈銀の槍〉は己の生命力を一気に燃焼させた。
手に持つ闘気の槍が輝きを増すと言うよりもそれ自体が煌きと化し、迫りくる灼熱の太陽と同じかそれ以上に、白く燃える様な輝きを放った。そしてその輝きは〈銀の槍〉自体をも包み込んだ。
〈銀の槍〉の雄叫びが消えた時、その雄叫びによって打ち消されたのか如く、ユィンから放たれた輝く太陽も消え失せていた。
残されたのは、小さな太陽の余波で溶けた大地に立つ光輝く〈銀の槍〉と、真っ青なユィンだった。
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