ガストン
【ガストン】
ガストンは久々に体に滾る熱いものに浸っていた。
(こいつは……)
獣人である自分と正面から戦える人間は多くはない。しかし、今眼前で己の配下を紙細工の様に引き千切る男は、きっと自分を満足させるであろうと思われた。
怯え逃げながら殺されていく部下の姿をしばし眺め楽しんでいたガストンだったが、狂った獣の様に戦い殺す男の姿を見るうちに、高ぶる野性を押さえきれなくなった。
「貴様等、どいていろ」
ガストンは部下にそう言うと、体内の闘気を一気に爆発させた。
その闘気に呼応し、ガストンの体が異様に膨らんだ。酒を注ぎ込まれた革袋の様に膨れたその体は元の数倍の厚みに達し、その逞しい全身を暗い灰色をした体毛が覆った。
しかし、予め仕込みを施した鎧は弾ける事なく継ぎ目の糸が伸び、その巨体の要所を固めていた。
手足の爪は太く伸び、鉄板さえも引き裂くように見えた。顔面も変形し、鼻孔付近が盛り上がり、口が裂け、巨大な牙を覗かせた。まるで狼と人が合い混ざった様な異様な姿であった。
姿を変えたガストンは、その心を己と同じく獣と化した男に向かって駆けた。
人の動きを越えた速度で駆け回る男の動きを捉え、ガストンは手に持つ長槍を突き出した。
その切っ先が男の胸板に突き刺さったかに見えたが、闘気を巡らせ鋼と化した肉体を貫けずに、その鋼の肉体とガストンの膂力に挟まれた長槍は、くの字に曲がってヘし折れた。
「楽しめそうじゃないか」
ガストンはそう呟くと、更に闘気を凝縮させて体内を駆け巡らせた。獣人の強靱な肉体と並外れた運動能力を闘気で高めたガストンの動きは、残像を残す程の速度と化した。
その驚異的な速度による残像分身から繰り出される拳は岩をも砕き、その爪は鋼を裂く程の威力をもっていた。如何に闘気を漲らせた肉体と言えど、闘いの素人が怒りで発現させた程度の力では太刀打ちできるものではなかった。
ガストンは久々に玩具を買い与えられた子供の様に、妹を殺され逆上し、正気を失って獣と化した男をなぶり遊んだ。
致命傷を与えぬように爪を浅く食い込ませながらその全身を幾度も斬り裂いた。しかし、全身血塗れになりながらも、男はその闘志を衰えさせる事なく襲い掛かってきた。
だが、勝敗は既に決していた。所詮、虎と猫の戦いであった。
(そろそろ飽いたな……所詮はこの程度か)
多くの命を奪い、闘いにも血にも飽いたガストンは、飽きた玩具を手放す事にした。男はすでに敵手ではなく、ガストンにとって獲物でしかなかった。
「妹と同じ様に腹をぶち抜いてやるよ」
ガストンの言葉を理解したのかは分からなかったが、男の白銀の闘気が先ほどよりも更に燃え上がり、呻きの様な咆哮を発しながら襲い掛かって来た。
「グウオォウオォォーーー!」
(腹から臓腑をぶちまけさえてやるぜ!)
男はガストンの動きを捉えられず、ガストンが作り出した残像に襲い掛かった。そして、その男の背後からガストンは右腕の巨大な爪に闘気を漲らせて、腹部の肉を根こそぎ抉るように繰り出した。
ガストンの右腕に熱い感触が伝わった。ガストンは獲物の臓腑が巻き散る光景を期待したが、その期待は裏切られた。
ガストンの右腕の爪は男の腹部を深く裂いたが、男が最後の瞬間に身を捻り、腹の肉を抉り臓腑をまき散らす一撃を避けたのだ。
(まぐれか……? しかし、もう終わりだな)
男の腹部に受けた傷は、ガストンが狙った一撃程では無くとも、十分に致命傷足り得る深手であった。
「ちょろちょろせずに、さっさとくたばりやがれ!」
ガストンがそう言いながら男に向かって一歩踏み出した瞬間、薄汚れた乞食の様な小男が目の前に飛び込んできた。
「手前! どこから……」
そう言いかけたガストンの頭を、小男は宙に漂う様に浮かびながら掴むと、まるで熟した果実のようにガストンの頭を無造作に握り潰した。
今年もお世話になりました!
来年もどうか宜しくお願いします^^