ガストン
【ガストン】
泥を巻き上げながら大地を抉る馬蹄の轟きが街道を疾風の如く駆け抜けて行く。領主の城塞に侵入し、幼い息子を殺害した反逆者の追手だった。
城塞に忍び込んだ者を見知った守備兵がいた為、追手は山に逃げ込んだ反逆者を追わず、その者の住む村へと向かった。数にして六十騎程であった。
その先頭には、追手の指揮官であるガストンが残忍な笑みを浮かべながら、巨大な体躯に似合わぬ手綱捌きで、配下の者達を数馬身ほど引き離して駆けていた。
「貴様等、俺の楽しみの邪魔をするなよ!」
指揮官の言葉に、返事をする者は誰一人としていなかった。恐怖と服従を体現した沈黙に、ガストンは満足げに笑った。
ガストン達は、日が沈む前に目標の村へと到着した。山に逃げた反逆者は、今だ村には戻っていない様子であった。
「第一隊は村の南側から火を駆けながら襲え。第二隊は村の周囲に展開し、村外に逃げる者を始末しろ。残りは俺と共に、南から追われ逃げまどう獲物を北から狩るぞ!」
ガストンの指揮に従い、配下の兵達は襲撃の準備を整えた。
「やれ」
ガストンの静かな号令と共に、第一隊の十数騎の騎兵が、火矢を放ちながら村の中へと殺到した。
第一隊の放った火矢で燃え上がる家々から、驚き悲鳴を上げながら出てきた村人達は、外にいる兵達に容赦なく殺されていった。ある者は背後から長槍で頭を砕かれ、またある者は火矢を射られて燃え上がりながら絶命した。
最初こそ、ガストンへの恐怖による服従の為に村人を襲っていた兵士達も、村人達が襲われ逃げまどいながら死んでいく様を見るうちに、血に酔って狂い、殺戮を楽しむ様になった。
殺戮に魅入られた狂兵に追われた村人達は、猟犬に追い立てられる獲物の様に、ガストン達が待ち受ける方へと必死に逃げた。自分達を追い立てる殺戮者よりも下劣で残虐な狂人に率いられた獣達がいるとも知らずに……。
「ハァッ!」
ガストンが馬を駆けさせるのを合図に、配下の騎兵が一斉に突進した。
ただ殺戮を楽しむ為に、弓矢を用いず、長槍のみを構えての突撃であった。
軍馬に跨った兵達が長槍を構えながら揃って突進する様は、鍛え抜かれた戦士であっても目の当たりすると恐怖が体を駆け巡る程の圧力と迫力である。それを戦さにも行った事がない農民達が受けた時の恐怖は尋常ではなかった。泣き叫び、逃げまどい、そして踏み潰されて死んでいった。
屋外に逃げ出した村人をほぼ殺し終えた獣達は、馬を下り、火のついた家の中まで入念に探し、隠れている者がいると驚喜の叫びをあげて手に持つ長槍で刺し貫いた。狂った獣達は、幼い子供を幾人も長槍で貫き、その数を競い合った。
血の様に真っ赤な夕日の陽光と、燃え上がる紅蓮の炎に照らされ、全身に村人達の返り血を浴びた獣達が吠え喚き驚喜する様は、まさに地獄の様であった。
「奴の家族はいたのか?」
存分に殺戮を味わい楽しんだ後、主君に命じられた目的を思い出したのか、ガストンは配下の者に確認させた。
「げへへっ」
下品な笑い浮かべた兵が前に進み出た。その手にもつ長槍には、一人の小さな女の子が貫かれて死んでいた。
「運の良い奴め」
ガストンはそう言って、その兵に金貨を投げ与えた。
「うへへ……ぅぺっ?」
金貨を拾い上げ、薄汚い笑みを浮かべていた兵士が、奇妙な声を上げながら倒れた。突如として現れた別の獣に頭を砕かれたのだ。
全身から怒りと憎悪、そして、凄まじい銀色に輝く闘気を漲らせた一匹の獣は、己の愛する者を貫いた兵士の頭部を叩き潰すと、聞く者の魂を凍りつかせる様な咆哮をあげて周囲の兵士達に次々と襲い掛かっていった。
先ほどまで無抵抗の者を狩る立場だった兵士達は、今度は自分達が狩られる立場になった途端、村人達よりも無様に逃げ惑った。
切り刻まれ、砕かれ、辺りに散乱する死体。それらが発する血と肉の焼ける煙と異臭。夕日と炎で異様な赤色に染まった世界。その世界で自分達を追い砕き殺す獣。
兵士達は逃げ惑いながら、それら全てを見た時に今更ながらに気がついた。ここは地獄なのだと……。
ガストン登場です!!