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戦士の宴  作者: 高橋 連
三章 前編 「白銀の闘気士」
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ジュリアン

【ジュリアン】


 ジュリアンは獣しか通れぬ様な山道を必死に駆けていた。

 追手から逃れる為でもなく、自分を待つ幼い妹の元に急ぐ為でもなかった。

 己の犯した罪と、その手に残る感触から逃れたいが為に、ジュリアンは深く険しい山道を必死に駆けていた。

 ジュリアンは体躯が大きく、十七、八歳に見えるが、まだ今年で十三になったばかりの子供であった。下には歳の離れた四つになる妹がおり、兄妹二人で暮らしていた。

兄妹共に母親譲りの金色の美しい髪と碧眼で、子供ながらも大人に負けぬ体躯を持った猛々しいジュリアンはまだしも、幼い妹は人形の様に可愛らしく、ジュリアンはそんな妹を溺愛していた。

 ジュリアンの両親は、重い租税が払えぬ為に出来た借金で田畑を取られ、幼い子供二人を養う為に安い賃金で馬車馬の様に働き続けていたが、ついに去年、極度の過労で衰弱していた所に流行病にかかり、幼い二人の子供の行く末を憂いながらこの世を去った。

 両親が死んだ後は、ジュリアンは自分が妹を守ると誓い、毎日山に入って木の実を採ったり、獲物を狩って、何とか飢えをしのいで妹を養っていた。

しかし、冬になると、木の実も獲物も殆ど取れなくなり、毎日飢える日々が続いた。やがて、体力のない幼い妹は飢えて衰弱し、両親と同じく熱病に倒れ、死の淵を彷徨っていた。

 飢えと熱にうなされる妹を見て、ジュリアンの心はもがき苦しんだ。たった一握りの麦で良い。たった一口、病に苦しむ幼い妹に何か食べさせてやりたかった。その思いがジュリアンを領主の城塞に忍び込ませた。

 幼い頃より力が強く、山野を駆け巡って鍛えられていたジュリアンは、十三の子供と思えぬ身のこなしで塀を軽々と乗り越え、領主の城塞内に忍び込んだ。そして、穀物庫を見つけ、扉の錠前を石で叩き壊して中に入った。

(落ち着け! ここまでは上手くいったんだ。あとは麦を持って帰るだけだ)

 ジュリアンは自分にそう言い聞かせ、麦の小袋を一つ取ると左手に握り、穀物庫から辺りを伺いながらそっと出た。

 その時、錠前を叩く音を聞きつけたのか、元々巡回の時間だったのかは分からないが、穀物庫にやってきた守備兵にその姿を見咎められた。

「貴様、そこで何をしているっ!」

 誰何する守備兵の怒鳴り声により、さらに見張り台に登っていた監視兵にも見つかってしまった。

「しまった!」

 ジュリアンは驚きの声をあげた。その声を合図の様に、城塞内に木板を打ち鳴らす音が響きわたった。

 十三歳とは思えぬほど体躯が大きく、大人と力比べしても負けぬ程に強いジュリアンだったが、その体とは裏腹に、中身はまだ十三の子供でしかなかった。

駆け寄ってきた守備兵を殴り倒してその剣を奪ったまでは良かったが、木板を打ち鳴らす音が鳴り響き、城塞中の守備兵が鎖帷子の擦れる金属音をさせて殺到する様に、ジュリアンはすっかり動転した。

(どうすりゃいいんだ!)

 ジュリアンは、盗んだ麦の小袋を左手にしっかり握りしめ、右手に奪った剣を持って、走り逃げまどった。そして、無我夢中で逃げるジュリアンの目の前に角から人影が躍り出た。

 恐怖と混乱に支配されたジュリアンは、とっさに右腕に持っていた剣を薙ぎ払う様にその人影に斬り掛かった。

守備兵の着る鎖帷子にぶつかる衝撃ではなく、柔らかい肉を裂く生々しい感触が手に伝わった。それと同時に、声もなく小さな音を立てて人影が倒れた。

 敵を倒した高揚感と恐怖心が収まり、倒れる人影を見たジュリアンに、先程の生々しい感触が蘇り、驚愕と後悔の念が体中を駆け巡った。

(な、なんてことを……)

 倒れている人影は、ジュリアンどころか、己の妹程に幼く小さい男の子だった。

苦痛に歪んだその幼い顔の両目は、見開かれたまま虚空を見つめ、仕立ての良い絹服を着込んだその体はもはや僅かも動かなかった。その小さな体からは想像もできぬ程大量の血を流し、己でつくった血溜まりにその身を浸していた。

 おそらく城塞内の混乱の隙に、侍女達の目を盗んで部屋から抜け出した領主の息子なのだろう。ジュリアンは守備兵ではなく、己の妹と同じ年頃の子供を斬り殺したのだった。

 いつも村人達を虫けらの様に扱う貴族やその配下の兵達であれば、殺したところで罪の意識は沸かなかったかも知れない。だが、自分が殺したのは何の罪もない幼子であった。その血溜りに沈む死体が、ジュリアンの頭の中で、熱で寝込む妹の姿と重なった。

 ジュリアンは獣の様な咆哮をあげ、狂った様に塀を乗り越え、山にわけ入って無我夢中で駆けた。

 己の犯した罪と、その手に残る感触から逃れたいが為に……。

 山道を駆けに駆け、やっと家のある村が見えた時、ジュリアンは胸騒ぎを感じた。村のあちこちから煙が立ち上っていたからである。

今のこの時期、どの家も食うに困り、炊事をする蓄えはどの家も無いはずであった。

 右手に幼子の血で汚れた剣を持ち、左手には領主の城塞から必死で盗んだ麦の入った小さな袋を握りしめ、ジュリアンは妹の無事を祈って村に向かってさらに駆けた。

そして、村に着いたジュリアンが目にしたものは、まさに地獄であった。


三章前篇のスタートです!!


宜しくお願いします!



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