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戦士の宴  作者: 高橋 連
二章 後編 「シャンピニオン山の戦い 其之弐」
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ユィン

【ユィン】


 ユィンは師の体より噴き出た血を浴びながら、己の愚かさを呪い憎んだ。

 愚かしい自分を庇い、深手を受けた師の姿を見て、ユィンの心の中は後悔と自責の念で一杯となった。

 イディオタの体から噴き出る大量の血から、その傷が致命傷である事が伺い知れた。だが、イディオタはその致命傷を受けた身で少年の様な笑みを浮かべると、王国軍の兵士の中に駆けだしていった。

 ユィンはその鬼神の様な闘いぶりを、一生忘れられないだろうと思った。

 王国軍兵士は、最初にユィンの右腕を撃ち抜いた兵士の後から後続部隊が続々と現れ、その数は数百名近くは居たであろう。

 イディオタはその中に真っ直ぐに駆けていくと、致命傷を負った老人とは思えぬ動きで、王国軍兵士を次々と屠っていった。

(なんだあの動きは!?)

 その動きは、ユィンと闘っていた時よりも格段に速い動きであった。

 しかし、周囲を数百人に囲まれ、更にはその数百人が怪しげで強力なあの魔力の塊を連射する筒を持っていては、如何に鬼神と言えど無傷とはいかなかった。

 数十人を倒す度にその体に幾つかの魔力の塊を受けながらイディオタは闘い続け、その身を王国軍兵士と己双方の血で真っ赤に染め上げた時、イディオタの周囲に立っている王国軍兵士は一人も居なかった。

 そして、ゆっくりと歩きながらユィンの所までやってくると、遂に力尽きたのか、音を立てて地に倒れた。

「老師! 老師!!」

 ユィンは必死に叫びながら、イディオタを抱き起こした。

「ユィンよ、ちと疲れたわい……。済まぬが頼みを聞いてくれぬか……」

 ユィンはイディオタに頭を下げ答えた。

「なんなりと! なんなりとお申し付けください!」

 イディオタは少し笑った様に見えた。

「この山を登ると……、儂の弟子が……おる。お前の兄弟子じゃな……」

「はい……」

「一人は……〈竜殺し〉、もう一人は〈銀の槍〉と言う。どちらかに伝言を頼む……」

 イディオタは言葉を続けるのが苦しそうであった。

「なんと伝えれば……」

「無益な……戦いは……やめ、軍を解散し……どこかで新たな……暮らしを……するように……と……」

 イディオタはさらに言葉を続けた。

「それと、カミーユと……言う……名の者がおる。大事な……友人から……預かった……子でな。その子の……事をお主……に……頼んでも……良いか……?」

 ユィンは深く深く頭を下げると、イディオタに答えた。

「弟子ユィン、老師のお言葉、しかと……、しかとお受け致しました! この身命に代えても、必ずや老師のお言葉を兄弟子に伝え、そのお子の身をお守り致します! ご安心ください!」

 イディオタはその言葉を聞くと安心したのか、一つ大きな溜息をつくと笑顔になった。そして、ユィンに命じた。

「儂の……胸に手を……当てるのじゃ……」

 ユィンが言われた通りにすると、ユィンの手はイディオタの胸の中に吸い込まれた。

「老師、これは!?」

 驚くユィンに、イディオタは静かだが毅然とした口調でさらに命じた。

「儂の……中に……力の波動を放出する……物がある……じゃろう……。それを……掴め……」

 ユィンが命じられた通りにすると、ユィンの中に力の塊とも言うべき何かが入り込んできた。それはユィンの中でユィンの魂と一つになると、突然ユィンの頭の中に語りかけてきた。

(俺の名は〈オメガ〉だ。イディオタの頼みでこれからお前の相棒になってやる。よろしくな)

「オ、オメガ!?」

 ユィンは思わず声に出してその名を言った。

「ど、どうやら……融合した……ようじゃな……」

(頭の中で考えるだけでいいんだよ! 俺とお前は融合して一つになったのだから)

(融合!? お前は一体!?)

 ユィンが〈オメガ〉と名乗る者にそう尋ねた瞬間、ユィンの頭の中に〈賢者の石〉の事、王国軍の事、イディオタの研究や弟子達の事、そして、イディオタの事といった、〈オメガ〉の情報が知識の奔流となって流れ込んできた。

 だが、その知識はあまりに膨大な為、ユィンはその全てを知覚する事は出来ず、記憶出来たのはごく僅かな一部だけであった。

(イディオタの息が止まる前に、最後の作業といくぞ)

 〈オメガ〉はそう言うと、イディオタの体の中に入っているユィンの腕を使い、イディオタの体内の生命力、魔力、闘気、僅かに残っている力をすべて吸い取りだした。

(おい! やめろ! そんな事をしたら老師が死んでしまうじゃないか!!)

 怒鳴るユィンに、〈オメガ〉は冷静に答えた。

(これはイディオタの命でやっているんだ。イディオタは間抜けな弟子の尻拭いであの様だ。最後にお前に力を分け与えて、お前だけでも助けたいのだろう)

(しかし……、老師の命を吸い取ってまで俺が生き残るなんて……)

 己の愚かさを十分に分かっていたユィンにとって、〈オメガ〉の言葉は心を抉った。なによりも、愚かな自分だけが生き残る事を恥じた。

 それを察した〈オメガ〉はユィンに詫びた。

(すまなかった。俺が言い過ぎた。しかし、お前もイディオタとの約束を果たさねばならぬのだろう。その為には何としてでも生き残らねばならないのじゃないのか?)

 師との約束を果たさねばならぬのは分かっていたが、それでもユィンが迷っていると、イディオタの中に吸い込まれていたユィンの手からイディオタの体に残る力が送り込まれてきた。それはほんの僅かな力であったが……。

「老師!!」

「ユィンよ、これは……師の……命じゃ……」

 イディオタの言葉を聞いたユィンは、両の目を閉じて歯を食いしばり、己の心の中の何かを苦しみもがきながら飲み込むと、口を開いた。

「わかりました。弟子ユィン、師の命しかと……」

 ユィンはそう言うと、イディオタの中に入った腕から、イディオタの最後の力を受け取った。

 全ての力をユィンに与えてくれたイディオタは、最後にユィンに言い聞かせる様に話し出した。

「〈オメガ〉と……融合したと……言う事は、儂の……事も……、長年の研究も……知ったのであろう……」

「はい、老師……」

「ユィンよ……、ならば分かるであろう……。我らは……化け物ではない……。全ての生き物は……同じなのじゃ……。人も獣も……魔物もな……。同じ命から……創られた……同胞じゃ……。決して忘れるな……良いな……」

「はい!」

 イディオタはそう言うと、最後にユィンを抱きしめた。そして、ユィンの右腕がイディオタの胸を貫いた。

「さら……ば……じゃ……」

 イディオタはそう言うと、静かにうなだれ、その体から力が消え失せた。 

 ユィンが横たわるイディオタの胸を貫いていた腕を引き抜くと、イディオタの体は灰となって崩れ落ち、風に舞い飛び、散っていった。

 あたかも、イディオタの魂が天に昇っていくかの様に…………。

 ユィンは立ち上がり、イディオタの魂が天に昇る様を、畏敬の念と悲しみに満ちた瞳で見つめ続けた。


12月22日まで、毎日21時更新を致します。

23~26日まではお休みして、27日より三章がスタートします!!

宜しくお願い致します^-^

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