第2.5章焔の追憶、誓いの鎖part4
将軍の地位にあるとはいえ入ってはならない場所はある。
その一つが夜間の女王陛下の私室。
体面的にも問題は当然あり、上下関係からも入ることを本来許されない場所だった。
だが、、、、そんなこともうどうでもよかった。
扉を押し開くと黒髪のエルフィリアの女性が窓辺に腰掛け空を見上げていた。
疲れ疲弊したのか・・・・それでも眠れないからか何の変わりようもない夜空をずっと眺めていた。
彼女は泣き腫らした赤い目を一瞬だけこちらに向け・・・・再び空を見た。
「お前の仕業か」
「・・・・・・・・・・・」
「お前の仕業かと聞いているんだ!」
私に気付かせずに遠方から馬上に怪我一つなく転送させるなんてヒナねえにしか出来ない。
シノンを抱えて王城に戻り・・・彼女を預け真っ先に問いただしに来た。
ヒナねえは・・・・・セシルの選択を知っていたのかと。
部屋に響くほどの声を出したつもりだったのに掠れた声しか出なかった。
でもそんな声でも伝わったらしい。
彼女はようやく同じく掠れた声で返事を返してきた。
「セシルに頼まれた・・・・・だからやった。」
「・・・・見殺しにしたような・・・ものだぞ・・・・」
「そうだな・・・・・」
・・・・・・もし前にいる人がヒナねえじゃなかったらお前が殺したのだと責めることが出来た。
・・・・・・もし前にいる人がヒナねえじゃなかったらセシルに死ぬよう命令したんじゃないかと疑うことが出来た。
・・・・・・もし前にいる人がヒナねえじゃなかったらこの辛さを誰かに押し付けられたのに。
「・・・・・・・・ごめん」
「・・・・・・・・ああ」
彼女だって自分と同じだ。
自分の力で王国を救い、セシルを死なせたくなかったはずだ。
私も・・・・彼女も。
それを分かってて・・・・自分が死ねばいいと勘違いして
一番愚かだったのは自分だった。
そんな自分をセシルが引き留めたのだろう。
ばかと・・・・・
「セシルに言われた・・・私にガルを救わせてくれって」
彼女は心底疲れたという顔で空を眺め続ける。
覇気のない蒼白な表情で空を眺め続ける。
そして結局何も見ていなかった。
「駄目だって言ったら・・・言われてしまった。もしヒナが私だったらどうしたって・・・」
「ヒナねえ・・・・・」
「でき・・・なか・・・っだ・・止めら・・なかっ・・私も・・・・ガル・・・大事だ・・・ら」
そして限界を迎えていた。
嗚咽を上げいつもは冷静な彼女が泣きじゃくる。
その姿に・・・自分も彼女を泣かせることをしてしまったのだと自覚した。
流す涙も湧き上がる感情も全てセシルの墓に置いてきたはずなのに・・・心が締め付けられた。
気づけばまた泣いていた。
感情が再びよみがえって残された私たちはただただ泣くしかなかった。
ロイさん夫妻のこと
セシルのこと
多くの兵達のこと
忘れてしまうにはあまりに大切な人達がたった一回の戦で消え去った。
「身籠ったそうだ。」
「・・・・・そうですか。」
眠れない夜を越えるための結果だった。
明日を生きる為に
王国を守るために
明日も王国民を守るために
力を蓄え精神を休めなければならなかった。
眠らなければならなかった。
その為にお互いにお互いを必要とした。
「この子は・・・・父親の公表をしない。」
「・・・何故?」
「託宣が出た・・・この子が次代の聖女だと。お前に再び身内を失わせる咎は負わせない。」
心は不思議と落ち着いていた。
すべて引き受けるのではなく二人で引き受けあうことにしたから、一人で背負うなと怒ることは寧ろ彼女に失礼だ。
そして何より二人とも知ってしまっていたから・・・聖女の犠牲がなければ王国を守れないことを。
「セシルが生きていれば得られたはずの幸せを私はもらっているから・・・『得たかったはずの幸せ』を私はもらっているから・・・・私は・・・この子を『聖女』として全うさせる。」
「強制だけは・・・・しないでください。」
「・・・・・・・」
「セシルは・・・・強制されて・・・・選んだわけじゃありませんから」
「・・・・・・・・・・・・ああ」
「父親としては力を貸せませんが・・・・私の全てを貴女に預けます、女王陛下。」
「信用している『獄炎将軍』」
彼女は少し膨れたお腹に手を触れながら、ゆっくりと頷いた。
教暦867年≪12年前≫
第二次『パンデミックアウト』
『病の種』の魔術師が現れ、各地で死亡率100%の伝染病『黒紅病』を振り蒔いた。
各地で大きな被害が出たが、意外なことに最も大きな被害が出たのは大国の帝国だった。
帝国は36代目皇帝『首狩りコルネリア』を病により失ったことで雷の勇者の協力を得られなくなる。
更に崩御により再び後継者争いの発展。
そしてその後は内部争いによる国力の低下と新しく着いた皇帝が減戦派だったことにより急に各国に対し戦を振りまくのを止めた。
王国は公国と連合してこれに対処した。
公国の中で話が分かる実力者がいたために実現できたことだった。
王国の魔道具技術と彼による適切な感染病対策。
もし彼が失脚しなければ・・・義に厚かった彼なら今回の戦も手助けしてくれたかもしれない。
六代目ミルがいつの間にか行方不明。
光の勇者の副官『歴史家ロン』は私たちのやり方に耐えられないと政治から身を離した。
コリンさんは光の勇者を失った戦で深い傷を負い退役。
そして戦に伝染病と大きな災いの度に多くの人が失われた。
王国の在り方に納得いかないと帝国の支持を受けた人間たちが『人間同盟』なるものを立ち上げ・・・セシルの理想を分かってもらえなかったことまで・・・・気づかされた。
偽りの平和が来た頃には失ったものは数え切れないことになっていた。
次々と失っていったとしてもそれでも手から本当に大事なものだけは零れないように戦った。
残った『家族』を失わないように、そして家族と見てもらえなくても『彼女達』が幸せであるように。
でも限界は、、、いくら誤魔化したとしてもすぐ側に迫ってきていた。
教暦879年≪現代≫
退役したとしてもコリンさんは自分の本質能力を活かして自営として私立の密偵として私の眼となって働いてくれている。
そんな彼女によってもたらされた情報は・・・王国に再び災いアリとの情報だった。
「帝国の物価が跳ね上がってます・・・それも信じられない額に。そして臨時の徴兵と軍部の大きな人事異動が同時に行われたそうです。」
「・・・・帝国がまた攻めてくると」
「ええ、、、おそらく」
帝国はまたしても代替わり、、、『首狩りコルネリア』の血縁が再び皇帝の座に着いた。
かつてロイさんが使っていた将軍用の執務室をそのまま引き継いでいるが、時が経つにつれそこにいる者達は一変した。
コリンさんは形はどうあれ民間人。
副官も先代と比べると少しか細い印象を与えるネイルに変わった。
そして将軍の私はロイさんと違うから凶報を聞いても笑っていられることは出来ない。
その結果重苦しい空気が広がった。
「・・・三方向からか。」
ネイルが既に持ち込んできた資料には黒エルフィリアと赤エルフィリアが主を占めるエルフの国『英雄連邦』内でエルフは再び一つになるべきというくだらない与太話が広がっているらしい。
彼らは帝国の王国への侵略を好機とし嬉々として介入してくるだろう。
帝国が侵略行為をする以上、帝国の属国である『人間同盟』も当然戦に協力するだろう。
・・・本当に何もかも嫌になる。
「このことを女王陛下は?」
「すでにお伝えました・・・・すると今すぐせねばならない用事があるから獄炎将軍にも必ず伝えておけと」
「・・・・・・そうですか。ネイル」
「はい」
頼りなさげな風貌だが文官としての能力は宰相殿やロンさんと並ぶ。
青ざめた顔をしながらも、彼はしっかりとした声を出した。
心の中で彼が副官で良かったと思いつつ今後の指示を出す。
「女王陛下にはかかりきりの案件が出来たようだから先に私が命令を出す。宰相殿と連携して戦に備え物資の蓄えを・・・そして勇者選定の儀を行うからその準備を頼む。」
「勇者を?」
「未曽有の事態だ、、、、新しい勇者が必要だ。」
「分かりました。」
ネイルは何も知らないが故、簡単に納得した表情を見せた。
そして一刻もと言いたげな振る舞いで宰相殿の下へと駆けていった。
セシルや女王陛下とそれなりに交友があったために大体の『聖女の事情』を知っている彼女は眉をひそめていた。
歳を経て表情が少し豊かになった彼女がそういった表情を見せると、、、何故か昔の無表情っぷりを思い出させた。
連鎖して過去の想いでも敗北も絶望も思い出しそうになるのを振り払う。
「・・・・・・女王陛下にとってお辛い選択ですね。」
「王国民にとっては祝い事とされています。他言はないよう・・・」
「もちろんです。」
「ありがとう、、、それで今後についてですが
「父様!」
コリンさんと今後の仕事の方針を定めようとしたら扉が強い勢いで押し開かれた。
入って来た一人の少女はとてもセシルにそっくりで髪の色だけが私の遺伝だった。
コリンさんは彼女を確認しあらと笑顔になる。
「シノンじゃない。元気にしてた?」
「コリンさん!?来られていたんですか?」
「仕事の関係でね。」
「言ってくだされば色々と用意したのに・・・・・」
「急なことだったから」
セシルがいなくなってから、退役した彼女にゼノンと共にシノンを預ける機会が多くなった。
そのせいかシノンはコリンさんと仲が非常にいい。
コリンさんもセシルを思い出させるのかシノンを実の娘のように可愛がっている。
いつもならこのまま終わらない女同士の話に入っていくのだろう。
だが、、、、シノンは先程までの勢いのまま、、、コリンさんと私を交互に見るだけだった。
・・・・・・・・そうか『知った』か。
「コリンさんは知っている。」
「!?」
「・・・・・・・それで」
コリンさんはシノンが訪れた理由を知りなるほどと頷く。
シノンは再び私と彼女の顔を確認し逡巡するが、覚悟を決めたのか私の眼を見ることなく私と相対した。
信じたくないが、、、、聞かなければならないことを知るために。
「父様が、、、母上の命を犠牲にして『獄炎の勇者』になったとは本当ですか?」
「・・・・・・・・・それは
「コリンさん」
「・・・・・っ!」
コリンさんが言おうとしたことを手と目と言葉で制した。
・・・・・シノンが顔を歪めて違うと否定して欲しいという顔をしているのが俯いていても分かる。
コリンさんは口を出してはいけないと分かってくれたのか、一歩下がってくれた。
目を閉じ・・・・・少しだけ外から思考の中へと沈み込む。
まず最初に思い浮かんだのは守れなかった者達。
守ろうとして結局自ら命を捨てさせてしまったセシル。
笑わせることよりも泣かせることの方が多かったヒナねえ。
いつもいつも寂しい思いをさせて結局何も大事なことを伝えてあげられなかったシノン。
強くなるしかない時代を作ってしまった私の時代をこれから歩むことになるゼノン。
次に考えたのは今の王国の現状。
聞こえの良い理屈を謳うが結局は王国の魔道具技術を狙う私欲に塗れた『英雄連邦』
王国の・・・セシルの理念を否定する『帝国』と『人間同盟』
『帝国』だけでも・・・・大切な者達を沢山・・・沢山奪われてるのに・・・・守り切れるのかと。
最後に考えたのは少しだけ先の未来の為のこと、王国の現状から導かれる未来は・・・・・・と。
王国の魔道具技術の象徴、七代目ミルは最近は妙にゴーレムの研究に没頭しており正直六代目以上に信頼できない。
聖十剣もパンデミックアウト直前の戦争で代替わりが多く、コリンさん達ベテラン勢が抜けてしまい、シノンが五位を務められるほどに弱体化している。
王国最強の女王陛下は国の最後の砦・・・動かすことの出来ない戦力。
六代目がいない以上、ゼノンの急激な成長も考えられない。
私自身も雷の勇者だけなら何とかなるが『鉄人軍』や他二国を相手取る余力なんて無い。
王国には勇者が必要だ・・・・理念を守るために、セシルの遺したものを守るために。
「セシルを殺したのは私だと思っていい。」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・そんな」
シノンの脚から力が抜け、力なく地面に腰を下ろした。
信じたくないことを聞いた結果だろう。
ぎりっと歯ぎしりした音がした。
シノンに見えない位置に立つコリンさんが違うと目で訴えかけていた。
首を一度だけ振った。
結局自分の我儘で大事な人を失った。
自分が強情にならなければもっと良い選択が出来たかもしれない。
大切な人同士で騙し合う悲しい結末なんてなかったかもしれない。
王国を見捨ててどこか遠い地で六人と笑いあえる未来があったかもしれない。
弱いままでいられたらそれを決断できたかもしれない。
中途半端に強くて、中途半端に弱かった自分の責任だ。
そう、、、、大事なものを増やし過ぎて本当に大事なものまで傷つけてしまった私の責任だ。
だからこの責任を誰にも譲るつもりはないし、誰の責めでも受けるつもりだ。
たとえそれがシノンからのものであっても。
「シノン、、、用事はそれだけか。」
「はい」
「今は有事の時と知って、、、それだけのことの為に訪問しに来たのか?」
「・・・・・はい」
「なら、、、、今すぐ出ていけ」
「・・・・・・・失礼しました。」
何もかも失ったという顔をしていた。
そしてその目の奥で私に対する憎しみの炎を垣間見た。
・・・・それでいいんだ。
恨む相手がいるだけで・・・・・心が休まることを私はよく分かってる。
辛いのは私だけでいい。
王国の咎を背負うのは私だけでいい。
肩を落とし、部屋を出る彼女の背を見ながら心に誓っていた鎖のようなモノが今ハッキリと具体化したのを感じた。
セシルのように王国の宿命に娘のシノンだけは巻き込まない
絶対と化していたはずなのに今まで当たり前過ぎて意識していなかった。
だけど今、ようやく今になってそれが分かったのだった。
・・・・・・向き合えなかったということだから、まだまだ自分も弱いんだろう。
「コリンさん、、、こんな時なのは分かってます。だけど、、、、シノンの監視をお願いします。」
「・・・・・・・聖女様を連れて王国を逃げ出すと?」
「可能性の話です・・・・・あいつが戦利品として『陰魔を象る胸鎧≪サキュラス≫』を手に入れたと聞きました。あいつを捕捉できるのは一度覚えた魔力はどんなに隠そうとも観測できるあなたの力が必要です。」
「・・・・娘を信用してないんですか?」
「いいえ、、、、私への反発からそうすると確信を持って言えるからです。」
「・・・・・分かりました。でも、、、、あなたが不器用だからこうなっていることを忘れないでください。」
「すいません」
「まったく、、、、昔はもっと素直で可愛かったのに。人間は可愛い時期が短すぎます・・・」
「ハハハ、、、、」
コリンさんが睨みを利かせながらそんなことを言いはじめる。
やっぱりコリンさんは頼りになる。
そしてそんな彼女に対してだからこそ・・・・・・そんな彼女には言えなかったことがあった。
シノンは弱いから王国の宿命には耐えられないと思った。
だから逃げ出すだろうと・・・・・思った。
いずれ聖女はとりかえすとしても、、、そのついでに彼女だけは心を折って他国に追いやることを考えているだなんて言えなかった。
・・・・利害が一致しているだなんて・・・・言えなかった。
数日後、、、、、予想通り二人がいなくなった。
八か月後・・・・聖女サニア奪還の過程で再びシノンに再会した。
どのような状況にあったかは報告で聞いていた。
それを知っていても、、、彼女の成長が一目で分かった。
相変わらず『獄炎魔術』は使えないようだが、、、精神が熟練され魔力の質が向上していた。
それでも弱いままだった・・・・・セシルに似ているからこそ内面が似ていないことがよく分かった。
最後の最後まで私に笑顔を見せてくれた彼女に比べるとあまりにもちっぽけ。
そこで落胆ではなく安堵してしまった・・・・心に誓った鎖が正しく機能されたと。
ここで彼女を王国の宿命から解放できると。
だが、、、、計算外が一つだけ。
雷の勇者と同じく黒髪黒眼の者がシノンの隣に立っていた。
自分の力に振り回されている印象を受けたがゼノンよりも自力が高く・・・何より迷っていなかった。
守るべき者はサニアとシノンだと・・・・守りたいものだけを見ていた。
ああ、、、、強いコイツがいるならば・・・・シノンは安心だと思えた。
そいつはシノンを再び王国の宿命に巻き込んだ。
理論も根拠もないまま・・・・・勇者の必要のない世界を作ると虚言を吐いた。
女王陛下はそれを許すと言った・・・・だから抗言はしなかった。
そいつが強いなら・・・・・そのような未来があるのかと少しだけ信じてしまった。
でも、、、、結局は有り得ない幻想だった。
信じたかった幻想だったから、、、、、つい認めてしまっただけだった。
所詮は幻想にすぎなかった。
か細い少女に襲われて、、、、右目を失い意識のないサクラ=レイディウス。
それが緊急病棟のベッドに寝かされている。
・・・・・・・コイツも私と同じく中途半端に強いだけだったのだろう。
そう確信できた。
シノンは泣き疲れ果てて眠っている。
シノンを抱きかかえるように聖女サニアも眠っている。
龍人の少年は細剣をいつでも渡せるようにと真剣な顔でベッドの側に。
何故か七代目までお付きの少女と付きっきりになっている。
確かに彼は・・・・人を引きつける才能がある。
そして言葉を現実に変える力を持っている。
時代が時代なら・・・・物語の主人公・・・・英雄と呼ばれていただろう。
だが、、、拳を交えた私にはわかる。
コイツはやはり・・・・本当の絶望を前にして・・・本当の不可能を前にして・・・絶対に覆せない状況を前にして・・・・コイツは何もできない。
中途半端に強いだけのコイツでは・・・・・シノンを救えない・・・・聖女サニアを結局傷付けるだけ傷つけて最後は死なせる・・・・王国の理念も守れない。
「・・・・・・・・仕方ない」
サクラ=レイディウスに敗北した以上、、、ゼノンはもう戦えない。
そしてサクラ=レイディウスが結局は自分と同じ中途半端な強さしか持たない以上、、、彼も勇者になれない。
「おわりだ」
もう私の命を以て、、、、この絶望を終わらせるしかない。




