涙の記憶
ごめんなさい。
な、大人童話です…
弟のサヤが泣いている。
弟は‥ 12歳。
生きていれば‥
2年前、家族で事故に遭った。
お父さんもお母さんも弟のサヤも、その事故で死んだ。
オレは天涯孤独 に なるはずだった。
けど、目の前に弟のサヤがいる。
弟は自分が死んだことを覚えてない。
それどころか、記憶がない‥
きっと、事故のショックで記憶が抜け落ちてしまったのだ。
そして‥
自分が死んだことも覚えてない。
だからたまに、訳も分からず泣いている。
けど、オレはその理由を教えてあげられない。
サヤはオレのことさえ覚えていないけど、教えたらきっといなくなる。
そしたらオレは、本当にひとりになっちゃう。
怖くて言えない。
ひとりになるのも
サヤがいなくなるのも
怖くて言えない。
でも、本当はわかってる。
このままじゃいけないこと‥
もし、 輪廻転生 とかあるんなら‥
サヤは生まれ変われるのに
この世に留まってるから、それができない。
今日もサヤが泣いている。
本当は教えてあげなくちゃって、思ってるんだ。
でも、オレが言って、わかるかな?
となりの家のおばさんに、ありがちなたとえ話で聞いてみた。
『僕のともだちの話し、そのこのともだちが自分が死んでることに気づいていないんだ。
けど、ともだちはそのこに真実を伝えられない‥
けど、本当はそのこも教えてあげなきゃいけないことに気づいてる。
どうしたらいいだろう?』
おばさんが教えてくれた。
『なんでも屋に、行ってみることね。
誰かが教えなくても、自分で気づく事ができるようになるもの、きっとあるから。
そういうのは、ちゃんと自分で気づく事が 大切なのよ。』
オレは、サヤを連れて出かけた。
2人で出かけるのは、きっとあの日以来初めてのこと。
サヤはすごくうれしそうだ。
オレももしかしたら、最期になるかもしれないサヤとの外出。
すごく楽しい。
けど、悲しい。
目的地に着く。
となりの家のおばさんが教えてくれたなんでも屋。
『地球屋』
周りはみんなビル。
その間にぽつんと一軒、古き良き日本家屋の造り。
佇まいは古いけど、ちゃんと手入れが行き届いている感じがする。
周りにミスマッチだけど、それなりに雰囲気は良い。
オレは、ガラスの入った、古い引き戸を引く。
一歩踏み込めば、そこは古い蔵の中のような
やっぱり手入れは行き届いているようだ。
「こんにちは――。」
返事はない。
留守じゃあ、 ないよな?
「いらっしゃい。」
少し遅れて、返事がした。
スラリとした 背の高い男。
短い黒いくせ毛、整えられた髭と、黒い小さな瞳。
手には、柄の長い煙管を持って、ゆらりと現れた。
男は、オレを見ると、片眉を少し上げた。
「おや? おもしろいね。 なにか、要りようだね?」
オレは、男を見据えると、
「はい。」
そして、サヤに適当に中を見ているように言う。
聞かれたくないのだ。
男もそれを察したのか、
「おいで。」
そう言うと、オレを隅に案内した。
ソファーに座るなり事情を聞かれた。
男はシオンというらしい。
オレはナオという。
シオンは事情を聞いてもオレばかりを見る。
オレの顔をじ―――っと見ながら、
「ふうん。 ちょっと待ってて。」
シオンは奥に下がると、手につつみ布を持って戻ってきた。
濃紺の風呂敷に包まれたそれは鏡だという。
「ナオ、これは真実しか映さない鏡だよ。
だから、この世に存在しないものは映さない。
家に帰ったら、2人でこれを 覗いてごらん。」
2人で覗く‥
そこには、オレしか映らない。
「わかった。」
オレは自分にうなずいた。
「ありがとう。」
立ち上がろうとするオレに、シオンは意味深に近づくと、肩を抱きしめられた。
「シオンさん?」
びっくりしたのだ。
「ナオ。 お代頂いてないよ。」
「あっ。」
「お代はナオでいいから。こんなめずらしいもの 他にはないから。」
シオンの顔が迫ってきたと思ったら キスをされた。
お代って、確かにオレにはお金がないけど‥
初めてのキスにドキドキしてたら、シャツの裾からシオンの手が中に入る。
身体に走る、初めての衝撃。
不思議な感覚、身体が熱い。
鏡は返さなくていいと言われた。
『きっと 返せなくなるから。』
シオンは帰り間際にもオレにキスをする。
『さようなら。』
耳に残った。
サヤと家に帰る。
オレは、サヤを居間に呼んだ。
『オレもナオとキスしたい。』
『えっ?』
サヤに見られてた。
『ナオとチュウしたい。』
じゃあちょっとだけ。
サヤとのキス
最初で最期でもうできないかもしれない。
目が熱くなる。
チュッと軽くするつもりが、チュウ―ってサヤに唇を吸われた。
忘れられないキス
シオンの風呂敷包を取り出して、包みを開く。
『サヤ。これは真実しか映さない鏡なんだ。』
サヤはオレを見る。
そして、おもむろに鏡を取ると、覗きこんだ。
それは一瞬の出来事で、次の瞬間、サヤは泣き出していた。
『サヤ。』
オレは確認するために、サヤから鏡を取った。
覗きこんだ鏡には、何も映っていなかった。
ああ、そうだった。
あのとき死んだのは‥
サヤじゃなくてオレだったんだ。
オレはひとり残る、サヤが心配でこの世に残った。
つらい記憶だけ
つごうよく 忘れていた。
『さようなら。』
サヤは知っていた。
より大きな サヤの泣き声だけが残った。