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私的哲学

人付き合いとは。

作者: 羅知火 夜鷹

これはあくまでも一意見である。

それを重々理解した上で、読んでもらいたい。

人付き合いほど、難しいものは存在しない。


人間とは、互いに全く異なる意志を宿す生命だからである。

それは動植物もまた同じで、人間もまた動物といえる。

が、人間同士は互いの言葉を理解することができる。

ゆえに、人付き合いは難しいのだ。


例えば、ここに二人の人間がいるとしよう。

片一方の人間が何かを思ったとしても、もう片方の人間が同じことを考えているとは限らない。

思ったことを言葉に出してみたとしたら。

それに同調して言葉を発しているだけかもしれないのだから。


人間関係とは、まことに不可思議な代物である。

互いの意志を尊重し合うことが大切、と言われているが、それは自己の意志を殺しているようにも思える。

他者を尊重することで、自己を殺しているのだ。

一つの意志を選ぶということは、他にあった多数の意志を殺すことなのだから。


別に、それが悪いと思っているいるわけではない。

それもまた、人付き合いの一環だ。

自己を殺してでも他者につき従うのは、人間が今まで無意識に当たり前としてきた、文化なのではないかと思う。


それが全てではないことも、文化が証明してくれている。

他者に従うことを良いとせず、自己を貫き通す、他者から見れば異端者がいたからこそ、芸術などという文化は発展したのだろう。



人間の文化は、今も発展し続けている。

今となっては顔も知らぬ誰かとネットワークでコミュニケーションが取れてしまうほどに。

ゆえに、人付き合いはより一層難しくなっている。


顔を見あわせてコミュニケーションをとることすら、意志の汲み取りが万全であなく難しかったというのだ。

顔を知らない、ネットワークを介したコミュニケーションが、どれだけ相手の意志の汲み取りが難しいか。

それは、言うまでもないだろう。



人付き合いは難しい。

それは、揺らぐことのない、私の考えである。

それをどう易しくしていくかは、全ての人間の、今後の課題のひとつなのではないだろうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] コミュニケーションは難しい。全くその通りだと思います。 コミュニケーションとは、言語・非言語ともに意思の疎通が行わなければ伴わない。すなわち、(言葉)と心・気持ちのキャッチボールをしないと…
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