第五話 旅立ちの予感
それから、何があったのか簡単に説明を受けた。
僕は精霊王と契約したらしい。
それで、敵を倒したらしいけどそこら辺の記憶はない。
気絶でもしていたのかもしれない。
結局、数人は死んでしまったらしい。申し訳なくて、僕は何も言えなかった。
これから、生き残ったエルフの人たちは他の仲間の元へ向かうらしい。
一緒に来ますかと長老さんが優しく言ってくれたが、僕は断った。
ついて行きたいけど……これ以上、お世話にもなれない。
迷惑をかけたくない。僕は戦うこともできない、守られるだけの存在。一緒にいっても足手まといだ。
現にメイアさんは僕のせいで戦闘不能になったんだから。
「精霊王は、後で返しにくればいいんですか?」
そもそも返すって言葉で合ってるのだろうか。どうなのか悩んでいる僕に長老さんはいいえと首を振る。
傷も癒えたので、すっかりいつもの調子を取り戻している。
「精霊は、自由な生き物です。精霊王もそれは変わらないでしょう。だから、気にしなくていいですよ。精霊王が望んだ場所が次の精霊王の住処ですから」
「そうなんですか」
結構ルーズだなぁ。
僕は聞きたいことも聞けたので、立ち上がる。背中の剣が重たいよ。これを振れる人は人間じゃないね。
後ろに倒れそうになりながらも、なんとか両足で立ち街がある方角を最後に聞いた。
「……本当に、すみませんでした。僕のせいで、集落が」
困ったような表情で手を振る長老さん
腕に火傷の腫れを残しながらも、パンパさんが、がっはっはっはっと笑い、
「お前さんがいなきゃ俺の大事な娘はあいつらの慰め者になっちまってたんだよ。元々全滅だったのをお前が助けてくれたんだ。俺たちが感謝することはあれど、おまえさんが謝る必要は皆無だよ」
「でも……」
「だぁだぁ、男なら、もっとこうばちっと行けよ! うじうじしてる暇があったら前に進め!」
そういうと背中をばんと叩く。
前のめりになり、そのまま剣の重みに僕の柔い体は潰されてしまう。
突き飛ばした男の人がわりーわりーと言って起き上がらせてくれた。
「……はい、わかりました」
僕は心の中でそっと謝った。
エルフの人達全員にお礼を告げると、皆から感謝された。そのたびに胸を締め付けるような痛みが走るが、これは僕が抱えていかなきゃいけない罪なんだ。
逃げてはいられない。
最後に、メイアさん。
彼女には随分と世話になってしまった。ここに案内してもらったり、足を引っ張ってしまったり。
一度考え始めてしまったら、僕は何て声をかけていいのか分からなくなってしまう。
もじもじと黙り込んでしまっていると、メイアさんがはぁとため息をつく。
「あなたは、まだ私達に」
うっ、確かに。
結構図星だったので何もいえない。
「助けてくれました、それだけで十分です。失った仲間を考えれば、悲しいですがそれはあなたのせいじゃありません」
柔らかく微笑んだ。
メイアさんの笑顔はやっぱり可愛い。
「……それでも、一度ちゃんと謝るよ。ごめんね」
メイアさんにだけではない。みんなにだ。
「……あなたは、真面目すぎて対応に困ります」
メイアさんは困ったように顔を横に向ける。
「……さっきのは忘れてください」
ぽっと横顔のほっぺたが赤くなる。
「さっきの? ああ、子供みたいに泣いてたやつ?」
可愛かったなぁ。普段の凛々しさが弾け飛んだ姿は心をくすぐるものがあった。
思い出して心が癒される。うん、脳内メモリに登録完了。
「やめろ! 忘れないと怒ります!」
「怒ってるよ! 言動が完全に子供だよ!」
「う、うるさい! だまれ、だまれ!」
「剣を振り回さないで! 僕は戦いなんて出来ないんだよ!」
尻餅をついて、剣を頭上に構えるメイアさんに頭を下げる。
メイアさんは大分我を忘れていたようで、あっ……と呟いてこほんと咳払いする。
「……これから旅に行くんですか」
「うん。このまま一緒にいてもまた迷惑かけちゃうかもしれないし」
長老さんは僕を庇うように「迷惑じゃありませんよ」と言ってくれるが、僕は首を左右に振る。
これ以上、甘えては駄目だ。僕は異世界の人間。
転生、転移。どっちかはわからないけど、記憶が異世界の人間だと告げてくる。
この世界の人たちに深く関わるのはあまり良くないんだと思う。
「なら、私もついていきます」
割って入ってきたのは、
「メイアさん……?」
腰に差した剣に手を添え、自信満々の顔つきのメイアさん。そりゃ確かに心強いけど。
「危ないよ?」
「大丈夫です。あなたの敵は私が排除します」
いや、僕じゃなくて君が。本人に言っても駄目そうだ。
僕は視線を両親の方へ向ける。こういうのって一番反対するのは両親じゃないのか。
「ああ、別に構わないさ。もう、メイアも子供じゃない。自分の道は自分で選びなさい」
パンパさんは快く、
「ええ、よかったわね、いい旦那さんが出来て」
マーマさんは冗談めかして送り出している。
「そんなつもりはありませんっ! 精霊様も勘違いしないでください!」
メイアさんは暗闇を照らす明かりの代わりのように顔を真っ赤に染め上げる。
さらに一人で踊るようにわたわたと動いている。
そんな彼女を横目に……それでも、やっぱりなぁ。
どこに向かうかも決めてないし。
僕はしばし迷っていると、メイアさんは途端にへにゃっとなった。
「い、嫌ですか?」
呪われそうな踊りは終わって、不安そうにエルフの長い耳の先っぽをを震えさせる。そんな機能あるんだ。
「あまりオススメはしたくない、かな?」
僕だって目的地が決まってるわけじゃない。旅の先も決まっていない僕についてきても良い事はない気がするんだ。
渋る表情をしていたからか、メイアさんの顔はどんどん暗くなっていく。
「い、嫌ですか?」
もう一度言われる。
揺れるエルフ特有の長い耳。僅かに先が垂れ下がった姿は不安な気持ちのときだ。
「嫌じゃないよ。だけど、危険があるかもしれないよ」
「……だから、一緒に行くんだ。次は私がお前を守り抜いてみせる」
腰に刺さっている剣。最初からついて行く気だったようだ。
強情なのはなんとなくわかっている。だから、僕は腰に手をあてて薄く笑った。
「よろしくね、メイアさん」
「ああ、よろしくお願いします精霊様」
これから、先。どんな困難が待っているのかわからないけど。
僕たちは絶対に乗り越えられる。そう思える……思いたい。
僕は何もできないかもしれないけど、メイアさんだけは絶対に守れるようになるんだ。
メイアさんと繋がるこの手――二度と離さない。何もできなかった虚しさは、もう二度と味わいたくない。