第四話 圧迫抱擁
突然アオイの身体が輝く。
あまりの異常事態に、騎士は困惑しながら肩に手をかける。
「おい、ガキ……?」
騎士は本当にアオイには手をあげない。
人である彼は敵ではないのだから。
だが、彼は今完全に人ではなくなった。
肩に触れた騎士の腕は、
「え……?」
斬りおとされた。ぼとっと、腕が地面に落ち、騎士は自分の目でそれを認めてようやく何が起きたのか気づく。
「う……わあああああーっ!?」
「なんだ!? 何をしたお前! エルフの味方をするつもりか!?」
肩を押さえる騎士とは別の騎士がアオイの前に立つ。
傷を負った騎士を支えるようにもう一人が、駆け寄る。
立ち上がった、アオイは自分の身体ほどもある青く透き通った剣を片手で持ち、振り下ろす。
騎士は自分の剣で受けるが、
「え……?」
剣ごと騎士を破壊した。一瞬でただの肉塊と化した騎士を見て、傷を負った騎士を解放していた男がひぃっ! と怯える。
そのまま、走って逃げ出す。
アオイは手負いの騎士を踏み殺してから、逃げた騎士も剣で叩き割る。
「……精霊様?」
メイアは騎士たちが言ったとおり、死に至るような傷ではない。
アオイは騎士の死体から謎の機械を取り出し握り割る。
さらに、メイアの鎖を引きちぎり彼女を地面に座らせる。
まだ状況を飲み込めていないメイアを落ち着かせるために、月光を反射させ輝く銀色の髪を撫でる。
「メイア、自分の傷を治しておくんだ」
アオイの豹変に、メイアは全くついていけない。
だが、有無を言わさない態度にメイアは頷くことしかできない。
メイアの返事を確認してすぐにアオイは走り出した。
向う先は炎上した家屋が立ち並ぶ、集落。
そこには、何人ものエルフが生け捕りにされていた。
中には殺されたものもいる。チッとアオイは大きな舌打ちをして、敵がもっとも多い本陣を睨むつける。
「テメェら。よくも好き勝手に暴れたな」
エルフを鎖で捕らえ、まさに帰ろうとしていた騎士たちの前にアオイは立ちはだかる。
総勢100名ほどの騎士たちが、エルフを生け捕りにしている。
長老もそこにいた。緑色の両目で認め、アオイは目を鋭くする。
アオイの威圧とも取れる睨みに騎士の数名は腰が抜けてしまい、その場に倒れる。
「な、なんだ貴様は!」
「これから、殺すヤツにわざわざ名前を言う必要があるか?」
この騎士達を従える隊長も力の大きさは感じたが、ふんと笑い飛ばす。
彼は選択を間違えた。
「びびる必要はない! こちらには人質もいる! たかだか一人の能無しに怖気づくな!」
隊長が大声をあげるのと同時にアオイは剣を向けて、
「エクスプロージョン」
小さく呟くと大きな火の塊が上空から騎士たちを狙って、飛来する。
騎士たちは耐え切れずに様々な悲鳴をあげる。初めはうるさかったが数秒すると声はどんどんなくなっていく。
圧倒的な熱量を持った魔法は、エルフもろとも飲み込む。
アオイが剣を振ると、火はなかったように霧散し後にはボロボロの騎士たちだけが残っていた。
そこには無事な姿でいるエルフもいた。
アオイが放った魔法は精霊魔法。精霊を従える物には一切のダメージを与えないようにもできるのだ。
騎士たちは精霊魔法のために魔法に対抗できる鎧を身につけていたが下っ端の騎士たちは全員灰になっている。
隊長とその周りにいるヤツらがぎりぎり耐えていただけだ。それも死ぬ直前のようで、手がかすかに動いているだけだ。
アオイはすぐに地面を蹴り飛ばし、生き残った三人の前に現れる。
隊長は驚いたように目を見開くが、次には吹き飛ばされている。
まだ死んではいないが先に、捕らえられていたエルフの両手を縛る鎖を剣で斬り落とす。
「精霊様……どうされたのですか?」
傷を治したのか、メイナが無事な姿で戻ってきている。
アオイはメイナをちらと見ただけ。
長老の鎖を斬りおとし、
「……全員をつれてさっさと逃げろ。異常に気づかれればすぐに追手が来る」
長老はアオイの様子の変化を敏感に悟る。
「契約を……やはりあなたは精霊の子、なんですね」
長老はぼろぼろの状態ではあるが、風魔法で鎖を切り始める。
アオイは後は長老に任せればいいと思い、最後の生き残りの始末に向う。
「ぐ、貴様! 私にこんなことをして! どうなると思っている!?」
「里を破壊したお前たちこそ、どうなるかわかっているんだな」
アオイははっと嗤い捨てて隊長の目の前に立つ。足を引きずる形ではあるが、一生懸命とゴキブリのような生命力で逃げようとしていた。
だが、アオイが剣を構えただけで、隊長は逃げることさえも忘れ無様に尻餅をつく。
間抜けに曝された首にアオイは持っていた剣を押し当てる。
「終わりだ。精々、いい夢を見るんだな」
「やめろ、やめろ! 死にたくない! 許してください! なんでもしますから!」
涙や鼻水を垂れ流し、失禁しながら必死に懇願する騎士にアオイは嫌悪をむき出しにする。
「だったら、死んでくれ」
情け容赦なく横になぎ払う。
なぎ払った先で蹲っていた生き残りも消して、アオイは剣を背中に戻す。
そして、歩き出す。
だが、腕が誰かに止められる。
「精霊様……! もう、終わりました! 一度休めっ」
強く言い切ってメイアはもう一度アオイの前に立ちはだかる。
「メイナ……。お前も長老についていけ。俺の守りは必要ねぇ」
「あなたはどこに向かうつもりですか?」
「俺は、そうだな。エルフを嫌う国すべてを破壊してくるかな」
アオイは真剣な表情で前だけを見据えている。
メイナは立ちはだかるように、アオイの視線を遮る。
そこで、正面から見たことによりアオイの目の色に異変が生じているのを知る。
メイアは長老の言っていた言葉と照らし合わせ一つの結論を導き出す。
「精霊王レックスと、契約したのですか?」
メイアたちの里に祭られていた精霊王レックス。
アオイはメイアたちが言ったとおりの精霊の子だったということだ。
だけど、それがとてもメイアには悲しかった。なぜかはわからないが。
アオイはたとえ人間であっても、戦いに巻き込まれるような力を得ては欲しくなかった。
「もう、終わりました。精霊様」
「……終わっちゃいない」
メイアはアオイの両肩を強く掴み、目を覗き込む。
「終わったんだ!」
強く言われ、アオイははっと我に返る。
一瞬ぼーとして、それから。
「あ、あれ? 僕なんでここに? 精霊王は?」
僕は何をしていたんだ? いつのまにか、エルフの人たちが助けられている? 誰が助けてくれたの?
目の前にはちびりそうなほどに怖い顔をしたメイアさんがいて、肩を掴んでいる。
痛い、肩が砕け散りそうだ。
「メイア、よかった無事だったんだ」
「精霊様? 精霊様ですか。よかった! 戻ったのですね!」
急に抱きしめられた。
え? ちっちゃな胸が当たってるんだけど! 気持ちいい! さいこぉー!
じゃない、僕の変態っ。
「め、メイアさん! みんなの前だと恥ずかしいよ!」
みんなの前とか関係ないに恥ずかしいけど、僕の頭は故障し始めてまともな思考ができていない。
顔が真っ赤になっているだろう僕は、メイアさんの背中を何度も叩いて訴える。
「よかった、あのまま死んじゃうかとおもったよ。う、う、うわぁぁぁぁーん!」
メイアさんが子供みたいに泣き出した! 可愛いけど……恥ずかしいよ!
それに、力つよっ! 抱きしめる両腕が僕の背骨を折らんばかりに締め付けてくる。
実は殺す気……なの?
「め、メイアさん、ごがっぷ!」
吐血しそうだよ!
「もうやだよ、誰も死んでほしくないよぉー!」
言ってることとやってることが違うっ!
「し、死ぬ。死んじゃう! メイアさんに殺されちゃうっ」
エルフの人たちが手伝ってくれて、なんとか殺される前に脱出できた。