第三話 救いの精霊王
銃声――エルフの人達は明らかに文化レベルは低いが、確かに銃声が聞こえた。
そうなると、エルフたちが閉鎖的な暮らしをしているので、ただたんに技術がないのかもしれない。
色々と疑問はあるけど、考察している余裕もない。
鳥が羽ばたく音が静まり返った家の中に届き、僕を含めエルフたちは警戒し始める。
さっきまでバカやっていたエルフの人達だけど、異常な事態からか一気に冷静になっている。酔いも吹き飛んだようだ。
壁に話しかけていたメイアさんも様子に気づき、まだ不安な面もあるがゆっくりと立ち上がっている。
「エルフ! ここにいるのは分かっている! 大人しく投降すれば命はとらない!」
外から、大音量の声が長老宅にぶつかる。
拡声器か何かで強化したのだろうか。やはり、外の世界の人たちはそこそこの科学力を持っているようだ。
長老さんは壁に近寄り、窓から外をばれない程度に覗く。
「人間それもガノグロヴォスの騎士……なぜ、ここが」
長老さんは普段の抜けた感じが一切なくなり、目を鋭くする。
「結界はどうしたんですか?」
僕が尋ねると、長老は首を振る。
「たぶん、壊されています。ですが、壊されたらすぐにわかるはずなのに……」
不測の事態のようだ。
ばれたのは……僕なんじゃないのか?
この森に入る前、外の広大な土地からこの森に入った。
その時に、遠くに人がいた。相手がエルフの知識を持っていたら、もしかしたら気づけるかもしれない。
一度思ったら、それが嘘か本当かはわからなくても僕のせいな気がしてきた。
「メイアさん。あなたに命じます。精霊様を外に逃がしてください」
長老さんは口早にメイアさんに言葉を飛ばす。
僕だけを逃がす?
そんなの!
黙って聞いて入られない。僕は割ってはいるように声をあげた。
「でも、もしかしたら僕のせいでこうなったのかもしれないです!」
「いいえ、それはありえません」
「この森に入る前に、ばれたのかもしれないんです!」
「例え、そうだとしても、すぐに気づけなかった私たちの落ち度です」
長老さんは何を言っても、僕を責めたりはしなかった。
それどころか、周りにいるエルフの人達も何も言わない。
「あなたは、エルフと人間の未来を救う希望です。こんな場所で死んではいけません」
何も言えないでいると、長老さんはメイアさんへ視線をずらす。
「メイアさん。あなたにとっても苦しいかもしれません。ですが、この集落の中で一番魔力があるあなたにしか頼めません」
「……いえ、このために戦いを覚えてきました。悔いは……ありません」
ちらと両親を見るが、その目からすぐに悲しい感情は消える。
なんで、勝手に話を進めないでよ!
「僕が、僕なら相手にも人間だと思われる! 僕が時間を稼いでいる間に皆が逃げてよ!」
僕なら、エルフに攫われたなどと言えば何の傷も負わないかもしれない。エルフならもうすでに違う場所に逃げたとでも付け足せばどうとでも誤魔化せるはずだ。
だけど、長老さんはその可能性を消すように首を振る。
「いえ、もしもあなたが精霊の子だとばれればただではすまないでしょう。奴らは魔法を使うためにエルフを捕らえ実験体にしているのです。あなたは、我々よりもさらに魔法の才に溢れている。奴らにしてみれば、いい実験体なのです」
「でも……!」
「行きなさい! あなたが、我々を本当に救いたいと望んでくれるのなら、あなたは生きなければならない」
長老さんは優しく微笑む。有無を言わさないその笑みに僕は怯んでしまう。
「裏口から祭壇に向ってください。祭壇をずらせば地下道に繋がります。中には魔物がいるかもしれませんが、メイアがいれば問題ないはずです」
……だけど。
ごねても、皆に迷惑をかけるだけ。
それがわかっても、だけど……。
「行きましょう」
メイアさんに手を引かれる。すっかり酔いも消し飛び、両目には鋭い決意の色が混ざっている。
僕は……その手を頼りに歩き出した。
僕達が外に出ると月明かりが道を照らしてくれる。
メイアさんはいいのだろうか。父親と母親はあの家に残ったまま、下手したら死ぬかもしれない。
いや、よくないに決まっている。
そんなことを聞けば、彼女を責めるだけだ。
と、メイアさんは立ち止まり剣を抜く。
「どうやら、森全体を囲んでいるようですね……」
森の中から矢が飛んでくる。
メイアさんは剣を一振りしてそれを叩き落す。
「おいおい、人間を逃がそうとしてくれてんじゃん。だったら俺たちも受けいれてくれよ」
すると三名ほどの鎧を着けた男が、下卑た笑みを浮かべながら森から出てくる。
「黙りなさい。貴様らとこの方は違う」
「くく。おーい、人間くーん。怖いエルフから今助けてあげるからね」
騎士の人達がふふと笑う。
僕にしてみれば彼らのほうが怖い。何を考えているのかわからない。
「四精霊、シルフ、ノーム、ウンディーネ、サラマンダー! われに力を貸したまえ!」
メイアさんが叫ぶと同時にメイアさんの周囲に光が集まり、霧散した。
今ので魔法を放ったのか? 身体能力とかかな。
「なっ……!」
違う。メイアさんの戸惑ったような声に、僕はどんどん心配になっていく。
「くくく、エルフは精霊魔法が怖いけどそれさえ封じれれば大したことはねぇんだよな」
男がポケットの中から何かを取り出してみせる。
機械のようだ。縦長の機械の中心には石が仕込まれている。
「あんたらの大事な精霊は一時的に封印させてもらったよ。これで、どうやって魔法を放つんだ?」
騎士三人がバカにするように笑い上げる。
明らかな挑発にメイアさんはすまし顔をこちらに向ける。
覚悟をしたような顔つき。その覚悟の種類はきっと――死ぬ、覚悟……!
「私が三人の動きを止めます。先に祭壇に向ってください。真っ直ぐなので危険はありません」
「メイアさん……」
まさか、自分の命を賭けるつもりなの。駄目、だよそんなの。
「心配しないでください。私は負けませんから」
女の子に、任せて逃げるのか。
そんなことできない。だけど、僕には力がない。下手に残って足を引っ張る可能性さえもある。
でも、精霊を――魔法を封じられて勝てるのか?
どうすればいいの……?
僕に力があれば、メイアさんと一緒に戦えるのに。
地球では授業で剣道や柔道をやっただけ。特に体を鍛えているわけでもないから……僕に戦う力はない。
――ドガンッ!
絶望を上塗りするように背後でいくつもの爆発音がする。
空が赤く光だし、振り返ると家がいくつも燃えている。
……みんなっ!
「戻ってはなりません!」
反射的に戻りそうになった僕の腕をメイアさんが掴む。
「よそ見とは余裕だなっ!」
騎士の人がメイアさんに斬りかかる。
「しまった……っ!」
慌てて振り返るが、間に合わない。
凶刃がメイアさんの肩の辺りに食い込む。
「メイアさんっ!」
メイアさんは肩を押さえ、その場に膝をつく。
騎士の男は警戒してか一度距離をあけている。
「……逃げてください」
「こんなときまで、僕の心配しないでよっ!」
止血、どうやるんだろうか。
学校で応急処置の授業をしたことがあるけど、覚えてなんかいない。
必死に、手で血を止める。
「安心しろ、ガキ。殺しはしねぇよ。大事な実験材料なんだからな」
騎士の人はそういうと僕を蹴り飛ばして、メイアさんを地面に押さえつける。
僕は近くにあった木の棒を掴んで立ち上がる。
好きに、させてたまるかっ。
戦うなんて怖い、だけど。何もしない自分はもっと怖い。
「メイアさんから離れろっ!」
後ろから上段に構えた木の棒を振り下ろす。
メイアさんを拘束している男にぶつか――るわけもない。
間に入ってきた別の騎士が篭手で受け、僕を殴り飛ばす。
「ガキッ! 殺されたいのか!?」
顔面を殴られたわりに、唇を斬っただけのようだ。
ずきずきと痛みが走るが、それよりも僕は悔しくてたまらなかった。
「この女をつれていけ」
騎士は鎖でメイアさんの両手を縛りあげた。メイアさんは何とか抜け出そうと身体を動かすが、そのたびに肩の出血が酷くなる。
つれられていく、メイアさん。このままで、言い訳ないだろ……!
「メイアさん、今助けます……」
木の棒を支えに、立ち上がるが勝てるわけがないのはわかってる。
どうすればいいんだ。
「おい、あのガキを押さえつけとけ。下手に動かれたら面倒だ」
メイアさんの鎖を掴む男が命令を飛ばすと、残りの二名の騎士が僕を囲む。
「ちっと、痛いかもしれないが我慢しろよ」
「暴れなきゃちゃんと保護してやるのによ」
二人がそう言って、僕を殴ってくる。
なすすべもなく地面に転がる。痛い。空を見上げるように僕のまぶたは重くなっていく。
なんで、なんで! 僕のせいでエルフの人たちが……!
そして、思い出される神様との会話。
さらにくやしさが重なる。
僕が力を望んでいれば、神様からチートを貰っていれば。
普通の人生がいい……? たとえ普通の人生でも何かしら戦う力を貰っておけばッ、誰も傷つかなくてすんだのに!
後悔ばかりが心を襲う。みんな、いい人なんだ。
素性もわからない僕を、勘違いではあるけど保護してくれて。
今も、僕を逃がすためにみんなが必死になって。
何もできない、何で。
ゆっくりと顔を横に向けると、メイアさんの申し訳なさそうに伏せられた瞳にぶつかる。
なんで、そんな顔するんだよ。僕なんか……何もできないのに。
虚しさだけが胸に去来する。
僕は涙を押し留めて、空を見上げる。
「ねぇ、神様! おねがい! 僕に力をください!」
何度も叫ぶが、返事はない。
この命が失われてもいい。
「お、おい。どうした?」
騎士が僕の身体を掴んでくるが、構わずに叫び続ける。
一度は失ったんだ。皆が助かるのなら命何て喜んで差し出す。
心の底からの気持ちなのに、なんの力も僕には与えられない。
やがて、声も出なくなって僕はその場に崩れ落ちてしまう。
地面の土を涙がぬらしていく。すべてが無駄だったんだ。
僕のせいだ。僕が、エルフの人達に助けてもらったから。
人間たちはそれで場所を特定して、襲撃に来たんだ。
全部僕が悪いんだ。だから――
「僕の命なんて好きに使っていいから、みんなを助ける力を僕にくれっ!」
精一杯の大声をあげた。
やっぱり、何も変わらない。人生なんてそんなんばっかりだ。
あはは、自嘲する笑みを浮かべる。結局、駄目なのかよ……。
『俺が力を貸してやる』
え? 突然、心に声が届く。僕は目を見開き、声の発生主を探す。周囲には誰もいない。
いや、誰でもいい。僕に、力をくれるなら。
「力……?」
僕は心に響く声に耳を澄ませる。
『俺は精霊王――レックス。テメェが力を望むのなら、貸してやる』
「望む、望むよ! それで皆が助けられるなら!」
『そうか……』
レックスの声がしたと思ったら、体が光る。
光が収まると服装が変化し、背中には剣が一本刺さっている。
中々に大きな剣だ。とてもじゃないけど僕には扱えない。
体の傷も完全に癒えて、起き上がる。
『交代だ、ここからはオレの出番だ』
ひときわ大きな声が響くと、そこで、僕の意識はなくなった。