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第二話 嵐な宴会

 それから、事態の収拾をつけると、僕を連行した女性はどこかにいなくなった。

 僕は案内されるままに長老さんの家に上がりこむ。


 長老さんの家は広い。一階しかなく、部屋もあがってすぐの僕がいるリビングと小部屋だけ。だけど、リビングが十分な広さで、何十人も入れそうだ。


 ドアはしまっているので何の部屋かはわからないが、たぶん寝室だ。リビングに寝具もないし。

 部屋に置かれた机と椅子のセットに僕は座り、長老さんから話を聞いた。


 なんでも、精霊の子は黒髪黒目の少年らしい。その子は、人間の容姿をしているが限りなく精霊に近い存在。


 はっきりいうと、人間でもエルフでもないんだって。


 精霊の子が人間とエルフの間にできてしまった溝を修復すると過去の文献には書いてあるらしい。

 異世界の問題を僕が解決するの?


 全く関係ないんだけど。


「……長老さん」


「はい、何でしょうか?」


「頭がおかしいと思わないでくださいね。僕はこの世界の人? ではありません」


 彼らから見たら僕が人なのかどうかわからないので疑問形になってしまった。


「そうでしょうね。記憶はないかもしれませんが精霊界にいたのでしょう」


「いや、地球っていう世界です」


「精霊界は地球と言うのですか? これは、記載事項が増えましたね」


 すると長老さんは羽ペンにインクをつけ、紙を取り出した。

 ……高級そうな紙にしょうもないことを書かせてしまった。たぶん、嘘だよ。


 この時代紙とか結構高そうだ。

 ごめんなさい。


「あの、違うんです。僕は精霊の子じゃなくて……」


「そう、ですか」


 長老さんは動かしていた手を止めて、心配そうな表情になる。

 もしかしたら、ちょっとは通じたかも?


「まだ、自信がないと?」


「自覚がないんです」


 駄目だ。もう、完全に僕は精霊の子のようだ。

 僕ははぁとため息をついて、木でできた椅子に腰掛ける。

 

 いたっ。木が地味に尻に刺さったので、一度立ち上がり尖ってる部分をむしりとってから座りなおす。

 僕は精霊の子らしい。とりあえずは、それを受けいれよう。


 この人にまともな話は通じなさそうだし、いずれ偽者ならわかるだろう。

 それよりも今は、この世界の情報が欲しい。


「あの、この世界はどうなってるんですか?」


「……お恥ずかしい限りですが、エルフ族と人間族の間では大きな溝があります。両者が共に、相手を憎みあい歩み寄ることなど不可能です」


 ちょっと聞きたい内容からは離れているけど、これも大事なこの世界の常識だ。


「文献が残ってたんですよね? ってことは過去にも精霊の子がいたのに、なんで仲悪くなってるんですか?」


 ちょっと、言い方が悪かったかもしれない。 

 長老さんはさらに顔色を悪くし、首を振る。


「はい、一度は精霊の子が人との仲を修復してくれました。それからなぜ仲が悪くなったのかは、私がうまれるよりも前の出来事で詳しくは、わかりません。ただ、突然世界中に散らばるエルフの総長老が突然人間に襲われたと聞きました。それから、エルフは人間を憎み始めたという話だけは残っています」


 ……人間がエルフに攻撃したのなら、エルフから恨まれても当然だ。

 一度は歩み寄ったのに、不意打ちのような攻撃をしたらそれは裏切りだ。


 やっぱりこんな問題を解決するなんて、僕にはできないよ。

 もっと、簡単なことなら手伝ってもいいかもと思ったけど思ったよりも根が深そうだ。


 僕の簡単は荷物運びくらいだ。

 これ以上この話題を続けて押し付けられるのも嫌なので、ちょっとだけ話題をずらしてみようと思う。


「魔法、ってありますか?」


 異世界なら一つや二つあってもいいと思う。

 ちょっと期待して訊ねると、長老さんは微笑んでくれた。


「我々エルフは、精霊の力を借りて魔法を使うことが出来ます。人間たちも、魔石さえあれば魔法を使用できるらしいです」


 それなら僕にもどうにかできそうだ。

 無理に使うつもりもないけど、一度は体験してみたい。


「ああ、もしかして精霊の子が来るのがわかってたのって魔法のおかげですか?」


「察しがいいですね。私は少々他のエルフとは違った魔法を扱えるんですよ。未来を見る魔法です」


「未来をっ?」


 凄い。未来が見えるのなら、次の時限の授業をいちいち時間割で確認しなくても済むじゃないか!


「凄いですね!」


 興奮気味に言うと、長老さんは「だけど」と付け加える。


「私の未来予知は完璧ではありません。どうでもいいようなものを見たり、はるか未来の事件を見たりと。場所も選べないのでどこだかわからないものも見てしまいます」


「それは、大変ですね」


「はい。この前はウルフの出産を見ました。あれは、感動的でした!」


 さっきの僕のように興奮した様子で、身を乗り出してくる。


「あ、どうでもいいです」


「そ、そうですよね」


 しゅんと縮こまる長老さん。

 ちょっとは自慢できるように僕から話題を振る。


「でも、僕が来るのは見えたんですか?」


「はい。正確には、私が誰か特別な力を持った人と話している未来を見たんですけどね」


 相手の力まで見れるらしい。戦闘力とかもわかるの? 数値化されてたりするの? 


「まぁ、あなた様が来るのを見たのは一年ほど前ですよ」


「全然近くない将来ですね」


 僕だったらとっくの昔に忘れてしまっている。

 あ、でもエルフって寿命が長かったりするよね。

 

 だったら、一年なんてちっぽけなものかもしれない。


「あの、エルフの寿命ってどのくらいですか?」


「えーと、大体ですけど300~500。魔力の高い人なんかは1000歳くらいまで生きる人もいますけどね」


「……ちなみに長老さんは何歳ですか?」


 ちょっと失礼かもしれないけど、興味が湧いてしまったので仕方ない。


「324です。もう、いつ死ぬかわからないくらいのおじちゃんです」


 冗談めかして言うが、僕には驚愕な事実だった。

 エルフの人はもしかして老いぼれることがないの?


 ずっと、今の状態を保てるなんてずるい生き物だ。

 と、長老さんとの話を楽しんでいると家のドアがノックされる。


 長老さんが「少し待ってください」と僕にいい、ドアを開ける。

 ドアの向こうには、あ、僕を連行した女の人と二人の男と女がいた。


 やっぱり美男美女。エルフはずるすぎる。

 僕を連行した女の人の両親かな? なんとなく、そんな風に見える。


「すみませんでした! 精霊の子様!」


 なんとも言いにくそうだ。精霊様とかならまだしも、精霊の子様って敬われているのかバカにされているのかよくわからない。


「私たちの娘が無礼を……なんとお詫びをすればよいのでしょうか……」


 わぁ! いきなり泣き崩れた! エルフの女性――母親と思われる人物が長老宅の床を涙でぬらす。

 僕はわたわたとしながら、長老さんに顔を向ける。


 長老さんは僕の表情から何かを悟ったようで深く頷く。

 そもそも、別に僕は何もされていないのだから怒ってはいない。


 勘違いされて深謝されても困るだけだよ!


「精霊様はあなたたちを許さないそうです」


「違うよ! 全然怒ってないから!」


 長老さんに伝わったのは精霊様という部分だけだった! この人勘違いが酷いよ!


「え? そうなのですか?」


 途端に泣き崩れていた女性はぴたと止まる。

 嘘泣き? とんだ詐欺師だ。


「よかったぁ。娘が殺されちゃうのかと思った」


 ふうと、もう僕が完全に許したような空気に無理やり持っていった女性。

 一仕事終えたとばかりに額を拭っている。


 まさか、長老さんまで関与しているんじゃないかと疑ってしまう。


「なにぃ? もういいのか? いや、でも……」


 どうにも父親はまだ、申し訳なさそうにしている。

 いや、母親の独断で進めた計画のようだ。


 父親の曖昧な態度にいらついたのか、母親の人がギロッと睨む。こ、こわっ。

 横から見た僕が、悲鳴をあげそうになる。


「もう、いいって言っているのだから変に蒸し返しても空気が悪くなるだけだろ? ……でしょ?」


 言い直したよ! 慌てて微笑んだのがばればれだ。

 父親に対してではなく、僕に対して威圧しているんじゃないかといわんばかりの眼力が僕を射抜く。


 頷け。彼女の表情がそう脅してくる。


「そ、そうですよ。僕も別に気にしてませんし」


 完全に操られるように言葉を言ったよ、今の僕。

 どの世界でも女性は強いようだ。


 それから、みんなの自己紹介をした。

 僕を連行した美女はメイナさんという名前。どうにも、強情なところがあるのか僕をまだ認めたわけではないようだ。


 それでもすみませんでしたと謝ってくれたのだからもう別にいい。

 メイナさんの父親はパンパさん、嘘泣き上手な母親はマーマさんだ。

  

 とてもじゃないけど、子供がいるとは思えないほどに二人とも若い。

 僕もちゃんと自己紹介した。地球にいた頃の僕の名前である、あおいをちゃんとね。


 だけど、びっくりするくらい誰も僕の名前を呼んでくれない!

 精霊の子様とか言いにくいよね!?


 名字はみんななかったから省略しちゃったけど。

 自己紹介をしている間、長老は唯一の小部屋に入って姿を見せていなかったが、


「それでは、禍根も取り除かれたので小さな宴会でもしますか」


 急に現れ、木の樽を持ってきた。


「なんですか、それ?」


「お酒です」


 にこっと無邪気な笑みを見せると、木のコップを持ち出して注いで僕に渡してくる。

 いいのだろうか? 


 向こうではまだ未成年だったから、飲むのはやめておいたほうがいいかもしれない。

 この体が異世界の体ならたぶん、問題ないのだろうけど。


「あの、すいません。僕お酒苦手なんで水はないですか?」


「……それは失礼しました」


 長老さんがずーんと落ち込み、木のコップを自分の場所に持っていく。

 なぜか長老さんが皆のお酒を用意しながら、僕の目の前にコップが置かれ、


「私の得意な精霊魔法は水属性なんですよ?」


 ママンさんが若者並みの微笑みを繰り出して、コップに手を向ける。

 すると、ママンさんの手から水が現れコップに収まる。


 飲めるのだろうか。

 僕は鼻を近づけて匂いをかぐが、水の匂いなんてわからない。


 一口含んでみても、変な味はしないのでそのまま飲み干した。

 不思議に水は冷たくて喉が潤っていく。

 

「それでは、精霊様も満足されたようですので今日は飲みまくりましょう!」


 長老さんがコップを持ち上げると、三人もそれぞれコップを同じ高さまであげた。


 それからは、混沌としていた。

 他のエルフの人たちもみんな長老さんの家に集まり、様々な食べ物を持ってきてはお酒を飲みまくる。


 長老さんの家の間取りは今僕達がいる大きなリビングのような場所と長老さんの寝室の二つしかない。

 たくさんのエルフがこの部屋に入っても暑苦しさがある以外は問題ない。


 僕は宴会とか初めてだけど、人間もこんな感じなのかな?

 お酒に酔って長老さんなんかなぜか逆立ちしている。


 そんな中、浮かない顔をしたままのメイアさんは一人部屋の隅にいた。


「どうしたの?」


 気になってしまったので声をかけると、ぷいと顔を背けられる。

 嫌われているのかな……。


「申……ん……た……」


「え?」


 何か言ったのかもしれないが、ぼそぼそと壁に向って言われてしまったので全然耳に届かない。

 

「あっひゃーー!!」


 ああ! もう! 長老さん逆立ちしたまま吼えないで、うるさい!

 僕はバカ騒ぎしている、長老さん達に近い耳――左耳を塞いで右耳をさらにメイアさんに近づける。


 これで少しはうるさい音も遮断された。今度こそちゃんと聞き取れるはずだ。


「ええと、もっかい言ってくれる?」


「申し……りませ……した」


「もうしません?」


 何か悪いことでもして、懺悔しているのだろうか。

 だったら、もっと他に適した場所があるだろうに。


 あ、もしかして僕に対してもうしませんと謝罪しているのかもしれない。

 僕の発言に何か不満があったのか、メイアさんは頬を膨らましこちらをきっと睨む。


「申し訳ありませんでした……!」


 あっ、謝っていたのか。


「だから、別にいいですよ。そもそも、勘違いされるような場所にいた僕にも責任はありますし」


「いえ、私も普通の人間が何の策も講じずに結界内に入れるわけがないという事をすっかり忘れていました」


「結界内?」


 僕の疑問に気づき、すぐにメイアさんが説明をしてくれる。


「あ、はい。エルフたちは人間に住処をばれないように、この森全域を結界で覆っています。結界のおかげで森は外から全く見えません。よっぽど勘のすぐれた人以外はここを見つけるのも困難でしょう」


「あー、そうなんですか」


 だったら、僕に剣を向けたのも間違ってはいないと思う。

 緊急事態だと思って深く考えられなかったのは仕方ない。


 僕だって家に帰ってきて泥棒に遭遇したりしたら、焦って失神するかもしれない。


「あなたの髪と瞳の色ですぐに気づけば……くっ、私としたことが」


「そんなに、自分を責めないでくださいよ」


 がんと壁に頭突きをするメイアさん。せっかくの美人が台無しになったらどうするんだ。

 メイアさんはそれから、お酒を口に含む。喋ったので喉が渇いたのかもしれない。


「いつもいつも、失敗ばかりで……父のような立派な騎士になりたいのに」


「お父さん騎士なんですか?」


 メイアさんは僕の質問に答えるよりも先に、酒をさらに煽る。

 心なしか顔が赤くなっていませんか?


「だから、お父さんはもうお母さんなんですよ!」


「メイアさん? 酔っ払ってますよね?」


「酔っ払ってなんか、いらない!」


 元気よく立ち上がり、足をふらつかせながら腰に手をあて自慢気だ。

 でも、言語能力が明らかに低下している。いらないってなんだ。


 お酒に弱いのに、メイアさんは話しているうちにエスカレートしていっぱい飲んでしまった。

 うん、僕の責任だ。


 ひとまず立ったままだと危ないので、座らせる。


「精霊様! すみませんでした、あぐっ!?」


 酔っ払ったメイアさんはまだ罪の意識があったのか、勢いよく頭をさげ頭をぶつける。

 痛そうに頭を押さえてからはっとする。 


「精霊様!? なぜ、こんなに硬くなっているんですか!?」


「それ、壁ですメイアさん」


 ぺたぺたとメイアさんは慌てるように壁をなでまくる。

 僕のセリフも完全無視でしばらく、壁を撫でてくたー。


 いきなり僕の方に倒れてくる。

 不意打ち気味のタックルだ。鎧を着ていなくてよかった。

 

 僕の膝に頭を乗っけて、メイアさんは指差してくる。


「あ、精霊様! なぜ三人に!?」


 ようやく僕を認識したようだけど、まだ駄目なようだ。

 僕はとりあえず膝上からメイアさんをどけて――うん、無理だ。


 メイアさんから離れた位置に座る。


 馬鹿騒ぎしすぎて混沌とした長老宅。

 ほとんど全員が酔っ払って好き勝手に騒ぎたてる。


 だけど、見ていて……楽しいな。

 知らないうちに笑みが浮かんでしまうほどに愉快な人達だ。


 異世界に来てすぐは、剣をつきつけられてどうなるかと思ったけど。

 この世界は地球にいたときと変わらないくらいに楽しい。


 目の前で笑いながら酒を飲みまくるパンパさんやマーマさん。

 酔っ払って壁と一生懸命話すメイナさん。


 逆立ちに失敗して背中を打ちつける長老さん。

 他にもたくさんの人達がいる。エルフの人達は思っていたほど接しにくい人達ではなかった。


 皆が僕を歓迎してくれている……僕が本当に精霊の子だと思って。

 勘違い、なのかもしれないけど。


 エルフの人達の手伝いをしたいと思った。僕が本当に精霊の子だとしても、たとえ違ったとしても。

 僕が力になれるのなら、僕のできる範囲で何かしてあげたい。


 そんな風に考えていると、外がなにやら騒がしくなる。

 響く銃声――宴会は唐突に止んだのだ。


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