空襲
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雲量5から6程度の空に砲口を向け、カナコはサイズの合わない鉄帽の下の汗をぬぐった。
カナコが操作する対空砲は25ミリ連装機関砲である。速射性が高く、主に低空で飛来する小型機を狙い撃つものである。これ以外に高高度を飛行する大型機を迎撃する12センチ高射砲があり、これも滑走路脇に配備されている。
今この学校に設置している砲は25ミリ連装機関砲5基と12センチ連装高射砲3基である。
「右20度! 仰角35度!」
カナコは砲座に座り、旋回用のハンドルと仰角、伏角用のハンドルを必死に回し、指揮官の指示した砲口に砲を向ける。
「弾込めー!」
脇にいた新兵が15発入った弾倉を機関部の上から押し込む。弾薬の薬莢には模擬弾を表すため緑色の塗装が施されている。
「照準良し!」
カナコが蜘蛛の巣型の照準機ごしにそこに居ない仮想敵機を睨む。
「射ー!」
引き金であるペダルを踏み込む、当然なにもおきない。
「よし! それでは小休止とする!」
指揮官の声に新兵たちは機関部に押し込んだ模擬弾を排莢してから、各々休憩をはじめた。カナコは砲座の前にある防弾板の寄りかかった。
「づがれだ~」
「おつかれ」
カナコが上を見上げると、防空科の演習を見ていたシンが冷たいお茶が入ったアルミ製のカップを差し出した。ちなみに対空砲座は壕の中にすっぽり収まっているのでカナコはシンを見上げるかたちになる。カナコは受け取ると「ありがと」と言った。
「ほんと、一度でいいから威勢よく撃ちあげたいものよ」
「ははっ!」
シンはつい吹きだしてしまった。そこへ、
「カナコ~」
見るとカナコと同じ防空科の女子兵士がやってきた。
「あれ、今日は防空監視塔で見張りじゃ……」
「知らないの? 新型電探が入ったんだよ?」
そう言って彼女は飛行指揮所の脇にある塔を指差した。そこにはT字型の左右にとげが付いた様なアンテナが立っていた。
「ああ、そういえば同じ整備科の人が作業をしたって言ってたかな?」
シンが思い出したように言った。
「いままでと比べモノにならないくらい凄い性能らしいよ」
「どんなふうに?」
「えっと……とりあえず凄いらしいよ!」
怪訝な顔を浮かべるカナコにシンが、
「索敵半径600キロ、今までおぼろげにしか捉えられなかった編隊も、一機一機を捉えることが出来るんだよ」
「「へ~」」
2人は感心したようだった。
「でも、ちゃんと監視塔に居れば?」
「え~! やだよ~暑いし、日焼けしちゃうし……」
「いいから!」
女子兵士は渋々監視塔へ向かって行った。その後ろ姿を見ながらカナコは、
「まったくもう! こっちはもっと大変だってのに、お尻がどんだけ痛くなると思ってんだか」
監視塔に向かった女子兵士はため息を付きつつ、肩に歩兵銃と首から双眼鏡を掛けながら監視塔の梯子の下にたどり着いた。
「日焼け止め塗ってくれば良かった……」
そう言ってから梯子を登った。彼女は鉄帽をかぶり直すと北の海へ目線を向けた。ふと、見ると波間にキラキラと光る何かが見えた。それはどんどん増えていく。
「何アレ……」
双眼鏡を向け、その正体を掴もうとする。
「飛行機?」
それは波間に浮かぶものでなく。飛行物体だった、その数約20。
「友軍機かも……」
この飛行場から南に少しだけ離れた場所に、空軍の飛行隊と附属の空軍学校がある。また海軍機の飛行演習空域として北大洋が設定されている。だから海上に戦闘機が飛行しててもおかしくないのである。
飛行機はそのままこちらに近づいてきていた。この飛行場を通過するとき、海軍、空軍機は必ずバンクを振るので、こちらも手を振ろうかと思い彼女は、汗ばんだ手を作業着で拭いた。
しかし、その機体は彼女が知っているどの陸軍機、空軍機、海軍機とも違っていた。
「敵機!?」
異邦のその機体はこちらに高速で飛来してくる。双眼鏡の向こう側から爆音まで聞こえて来そうであった。
考えるよりも自然と体が動いた。敵機の爆音がすでに聞こえ始めている。
「空襲ーーー! 空襲ーーー!」
彼女はあらん限りの力で絶叫すると、監視塔にある手回し式サイレンを回し始めた。重低音からだんだん高音になっていくサイレンの音が恐怖感を引き立たせていた。
「警報!? どういうことだ!」
ヘルムートの絶叫が飛行指揮所に溢れる。
「電探員は何をしていた!」
ヘルムートは新型電探を担当していた新兵の胸倉を掴んだ。
「すっ! すみません! ですが、電探には先に出発した戦闘機隊しか捉えておらず、何が何だか……」
隣に座っていた新兵が弁解する。
「おそらく、低空で電探を掻い潜ったと思われます!」
ヘルムートは舌打ちをすると、指示を出しまじめた。
「町に空襲警報発令! 対空砲を撃ち方用意! 各隊、隊長の指示で撃ち方始め! 残っている戦闘機を大至急上げろ! 迎撃するんだ! 空軍基地との回線繋げ! 支援要請しろ! それから戦闘機隊を呼び戻せ! 早く! 早くだ!」
「「「ハっ!」」」
弾かれた様に新兵達が命令を下達していく。町じゅうに警報が鳴り響くのは、すぐ後のことである。
シンは重い格納庫の扉を必死に開けていた。中には戦闘機が3機だけ残っている。すでに機体には操縦士が乗り込み、周りを整備兵が囲って、チョークや燃料タンクの蓋を閉めている。機銃に弾丸が装填されいるか確認し、発進準備が整う。
「急げ! 急げ! 敵機はもうすぐそこだぞ!」
シンが扉を開け放つと同時にエンジンに点火、一千馬力のエンジンが咆哮をあげる。戦闘機三機はゆっくりと格納庫を出てゆく。ちょうどその時。
「真上に敵機が!」
敵戦闘機がもうすぐそこにいた。始めてみる機体。始めて聞く異邦の音。敵機はそのまま急降下してきた。
「退避!」
整備兵達は急いで機体から離れる。そして物陰に隠れたり、伏せた。その時機体に銃弾の雨が降り注いだ。防弾ガラスが、主翼が、プロペラが千切れて舞う。残った風防は真っ赤に染まっていた。
敵機は機体を地面スレスレで引き起こし、逃げていく。いや、逃げたのではなく次の獲物を探しに行ったのだ。
被弾した機体に搭載されている燃料と弾薬が一瞬で機体を火の玉へと変える。後ろの戦闘機は前を塞がれ、しかたなく操縦士は機体を放棄した。
「急げ! 塹壕へ!」
一斉に滑走路脇の塹壕へ駆けだす。宿舎や校舎からも新兵が飛び出して、塹壕や防空壕へ走る。そこに戦闘機と急降下爆撃機が機銃掃射を浴びせる。爆弾が建物へ投下される。
「テネル君早く! 危ないよ!」
カリエの声が格納庫に響く。警報発令後、2人は格納庫へ向かったが、機体を空中退避させる暇もなかった。しかしテネルは機体から離れようとしなかった。
「うるさい! いつでも反撃できる様にしてないと!」
そう言ってテネルは主翼の上に立ち、操縦席の中をいじっている。
「空襲だよ! ここに爆弾が落ちたらどのみち飛べないよ! それどころか死んじゃう!」
「お前だけ、待避壕に逃げろよ! 臆病者!」
「!……」
外では爆音と爆発音、叫び声と悲鳴が入り乱れている。それでもテネルは機体から離れようとしない。
カリエは震えていたが、キッとテネルの背中を睨むとヅカヅカとテネルへ詰め寄った。
「なんだよ……! おい! 離せよ!」
「離せないよ! テネル君が死んだら、私一人じゃ何もできないんだよ!」
カリエはテネルの襟首をしっかり握ると外へと引っ張ってゆく。外からは、爆音と悲鳴が聞こえてくる
。ここに爆弾がまだ落ちていないのが不思議なくらいだ。
外に出るとそこは地獄だった。あちこちで血と硝煙の匂いがする。
「テネルさん! カリエさん! こっち! こっちです!」
シンが塹壕から顔を出す。立ちすくむテネルをカリエが促す。
「いくよ!」
「ああ……」
2人は格納庫の陰から飛び出すと塹壕へ駆けだす。そこへ爆音を近付く。
「6時方向、敵急爆!」
急降下爆撃機が低空で接近してきたのだ、そしてバリバリと雷にも似た音とともに7.7ミリ機銃弾が降り注いだ。
「カリエ!」
テネルはカリエに覆い被さった。幸い敵機は低空で飛びすぎていた為2人は、機銃と機銃の射線軸の間にいて助かった。テネルはカリエを抱きかかえると塹壕へ飛び込んだ。
「くそ!」
上昇していく敵機を見上げ、テネルは悪態をついた。するとテネルはこちらをじっと見つめる視線を感じた。整備科と飛行科の連中がニヤニヤと見つめてくる。
「な、なんだよ!」
「テネル君……降ろしてよ……」
テネルは頭が真っ白になった。
「ああ、もう! チョコマカと鬱陶しいハエね!」
カナコは上空を飛行する敵機に向けて盛んに撃ちあげていた。機銃の弾が切れると、他の新兵が機銃に取り付き、弾倉を交換する。
「右30度! 仰角65度! 敵急降下爆撃機、突っ込んでくる!」
カナコは2つのハンドルを必死に回し、蜘蛛の巣型の照準機の中に捉える。
「照準よし!」
「射ー!」
射座の足元にあるペダルを踏み込む。これが引き金となっているからだ。銃口から25ミリの曳光弾が青白い尾を引きながら、飛翔していく。敵機は銃弾が飛んでくると両翼の90キロ爆弾を投下して、機首を引きあげた。しかし引きあげた為に右翼の裏に弾を喰らい、錐もみしながら墜落してゆく。
「やったぞ!」
歓声が上がるが、すぐに「伏せろ!」という指揮官の声を受けて慌てて伏せた。カナコも防弾板に頭を、隠すようにして隠れる。敵が投下した爆弾が壕のすぐ脇に落ちた、腹の底から轟音が響く。
「もう! 落としても、落としてもキリがない!」
「そんなに落としてねえよ!」
そんな冗談を言い合いながら次の目標を探す。その時、後ろから爆音が近付く。
「来るぞ! 後方6時に敵戦闘機!」
ハンドルを必死に回す、しかしそれが凄く遅く感じる。銃口をむけ、照準機を覗こうとした瞬間、敵機の機銃が火を噴いた。
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