怒涛の休暇
第3話です。 誤字脱字の指摘はもちろん、感想も受け付けてます。
宜しくお願い致します。
陸軍高等航空学校の朝は早い、というか軍は朝が早い。6時に起床ラッパが宿舎に鳴り響き、学生達は営庭へ飛び出していく。
そんななか静まりかえった宿舎の廊下を1人の学生が歩いている。彼の名前はテネル・シャルマン。この学校の航空科学生である。演習に参加した学生は次の日1日休暇を得られる。彼もその1人だ。
彼は1つの扉のドアノブに手を伸ばし、扉をあけてゆく。
「ミナぁ……起きてる?」
「え……!」
テネルはそのまま扉を開けた。そこには1人の少女がいた。しかもパジャマのボタンを全て外し終えたところだった。
「カリエ?」
「テテテテッテネル君!?」
すると部屋の奥から
「カリエーどうしたの? ってバカネルなにしてんの!」
部屋の奥で一瞬光ったと思ったら、アルミ製のコップが飛んできた。それは正確な狙いで飛んできてそのままテネルの顔へ、吸い込まれた。
新緑の緑が校門前の木々を彩っている。テネルは赤く腫れた鼻を気にしながら、あたりを見回していた。まだ通りの人影もまばらだ。服装は学校で支給されるカーキ色の折り襟の制服である。
「おまたせー! 変態バカネル」
「うるさい! あれは事故だよ! だいたいミナもカリエなんか部屋にいれるな!」
「バーカ! 何言ってんの? ノックも無しに乙女の部屋に入んないでよ! 変態! それにカリエは私服を持ってないんだから貸してあげただけ!」
ミナの背後には他に3人の学生が続いている。そのうち1人はカリエであった。
「ホントにカリエも来るの?」
「当たり前でしょ。友達なんだし」
「僕は友達とは思ってない」
「うるさいわね。ホラ、他の子にも挨拶しなさい」
1人はミナと同じくらいの年齢で、落ち着いた薄茶のスカートに白いブラウスを着た少女だった。
「私は防空科のカナコ・ウエダです。よろしくテネル君」
「珍しい名前だね。出身はどこ?」
「ウェファリア自由連邦です」
ウェファリア自由連邦は王国から西にある大国である。31年前の平和友好条約により、自由に行き来できるようになった国である。
もう1人は少年でテネルと同じ制服を着込み、気弱そうにカナコの後ろに隠れている。顔を見ればなかなか整った可愛らしい顔をしている。茶髪が印象的である。
「あの僕は……整備科のシン・グオワンです。同じくウェファリアの出身です」
「テネル! あんたが昨日汚した機体を綺麗にしてくれたんだから、お礼言っときな」
よく見れば昨日滑走路で機体を引き渡した整備科の生徒だ。
「ありがとうシン」
「いっいえ! 僕の仕事ですから」
「うん、でもありがとう」
シンは顔を赤く染めるとカナコの背後へ戻って行った。
「よーっし! そんじゃー町へくりだそうか!」
ミナが腕をあげた。「もっとおしとやかなら、カワイイのに」とテネルの突っ込みは軽くスルーされた。一行はアーヘンの町へと出ていくのだった。
「イヤーこう見るとほんと綺麗な町だよねー。戦闘機から見る景色もいいけど、やっぱ地上からのもいいわ」
4人はアーヘンの大通りを歩いて行く、左右には中世から残る古いレンガの建物が並び建っている。
「可愛いお店も沢山あるね。 テネル君はどんなお店によく行くの?」
カリエが隣のテネルへ声をかけるが、
「普段店屋なんか行かないだろ」
とそっけなくかえす。
「そうだよね……ゴメン」
「もー! テネルはどうしてカリエに優しく接してあげないの!? それじゃ紳士失格!」
「僕は紳士になる為に学校に行ってるんじゃないんだよ。操縦士になる為に学校へ行ってるんだよ」
「うっさい! バカネル」
このままほっとけば掴み合いになりかねないのでカナコが一応とめた。すると、前から白い制服を着た2人組が歩いてきた。
「うわ! 空軍高等学校の連中だよ」
白い制服の肩章の部分には金の刺繍、胸には銀色の飛行徽章が付いていた。
「おい! リクグン! お前らよく空飛べるな! ずっと地面に張りついてりゃいいのに」
「あんなぼろい滑走路を使ってみっともねーぞ!」
アーヘンにある2つの滑走路のコンクリート舗装の立派なものは、空軍高等学校のものである。予算の潤沢な空軍は学校の滑走路ですら、一級ものである。
空軍学生の野次を聞いたミナが、
「ウルセー! 消えろよボンボンが!」
「やめときなよ。 関わらない方がいいよ」
テネルの冷静な意見にミナは顔真っ赤にして怒鳴った。
「あんた悔しくないの!?」
だがテネルは涼しい顔をして、
「だって陸軍機と空軍機は用途とか違って、お互い長所があるんだから」
するとカナコの後ろに隠れていたシンがモジモジしながら言った。
「あの……空軍の皆さん、僕は同じ空を仕事とする人からそんな差別めいたことは、聞きたくなかったです」
空軍学生の2人は、やや気圧された顔していた。そんな2人にシンはさらに続けた。
「僕たちは陸軍と空軍という職域を越えて、同じ空を守る将来の軍人です。僕たちがいがみ合っていたら、国民は誰に守ってもらうんですか?」
空軍学生の2人はバツ悪そうにお互いに顔を合わせると、「悪かった」という言葉を残して足早に立ち去っていった。
「すっ! すごいねシン! 見直したよ」
ミナは満面の笑みを浮かべてシンの手を取って上下に凄い勢いで振った。
「いや、僕は思ったことをそのままに……」
「うんうん、凄いよ! テネルの臆病者とは全然違うよ」
するとテネルが不満そうに、「誰がだよ」と呟いた。
「あんたとは大違いって言ってんの! なによ! 涼しい顔張り付けてさー。この臆病者!」
するとテネルは顔を真っ赤にして反論した。
「うるさいよ! あんな連中の相手するのがどうかしてる! あいつら貴族のボンボンなんだよ?」
「じゃあ、シンが反論したのは馬鹿な行為だって言うの?」
このままだと取っ組み合いになりそうだったので、カナコの仲裁でなんとかそれだけは避けた。
「とりあえずさ、どっかのお店入ってお茶しようよ」
カナコの提案に3人は素直に従い近くの喫茶店へ入っていった。こざっぱりした店内で5人はテーブルに座り、アーヘンの町特産のコーヒーを注文した。一息つき会話の話題は自然と教官達への愚痴話となった。
「戦闘機コースのトマって言う教官が本当に、暑苦しくてさー」
「ミナが教練に集中してない証拠だね」
「うるさい、バカネル。それでトマがむかつく位、操縦がうまくてさー」
「教官なんだ、あたり前だろ。何いってるんだ?」
「なんなの!? うるさいバカネル! カナコとシンは何かこう教官達に対する不満とか無い?」
カナコは少し考えると、
「うーん……教官への不満は無いけど、訓練内容には不満があるよ」
「えっ! 何々!」
「私達防空科はほとんど対空砲を撃ったことが無いの。発射した砲弾がどこに落ちるか分かんないし、砲弾の破片が人に当たったらヤバイから」
「そうかー。シンは何かある?」
シンはやや恥ずかしそうにうつむくと、顔を赤らめながら言った。
「僕は特に何も……、えーっとその……やっぱり教官は怖いかな?」
「うんうん! 分かるよ! カリエはある?」
カリエもシンに負けず劣らずモジモジしながら、
「勉強が難しくて大変です……」
「中等学校の勉強の延長線上だろうが……」
テネルが不機嫌そうな顔すると吐き捨てるように行った。ミナはテネルを睨みつけた。
「何でそう、カリエにひどいこと言うの?」
だがテネルはミナの声など耳を貸さず、カリエを睨み続けた。最初にこの雰囲気に耐えられなくなったのは、シンであった。
「……僕少しトイレに行ってきます」
そのまま席を立ち、逃げるように店の奥へ消えていった。続いてカナコが、
「あっちにお土産が置いてあるよ! ミナも行こう!」
カナコとしては、テネルとミナを引き離せばどうにかなると思っていた。それはそれでいいが、当然残されたのはテネルとカリエである。お互いあまりに唐突なことに言葉を失っていた。先手を切ったのはカリエであった。
「テネル君は私のこと……恨んでる?」
あまりにストレート過ぎる質問はテネルの脊髄を貫いた。そして震えた声で返した。
「ああ……恨んでる。お前の一族全てを、な……」
「そっか」
そこで2人の会話は途切れ、沈黙の時が再び訪れる。そこへ、
「何してやがる! お前達!」
2人は驚き、椅子を倒しながら立ち上がると不動の姿勢となった。あまりにも聞きなれた声だったからである。向かい合って座っていた2人は顔面蒼白にさせながら、突っ立ているとそこに命令文句が叩き付けられる。
「右向けー、右!」
2人は息の揃ったテンポで右を向くと、そこには1人の屈強そうな男が立っていた。鋭い眼に、太い腕が威圧感を何倍にも増長させていた。
「ト、トマ・グロース教官!」
そう、そこには航空科学生なら誰もが知っている、ある意味陸軍高等航空学校で一番の問題教師のトマ・グロースであった。その自由奔放な性格ゆえに、正規兵の部隊を除隊させられテネル達の学校へ島流し的人事異動をさせられたのである。
「お前達! 誰の許可を得てイチャついている? 答えろ……では、テネル!」
「はっ! 自分達は休暇中であります! 休暇の許可は学校長殿より頂きました。それとイチャついてはおりません!」
テネルがそう答えるとトマは感心して、、
「状況は分かった。素晴らしい報告だ、だが誰がどう見てもイチャついたカップルにしか見えんぞ!」
テネルは早くミナとカナコ、シンが帰ってくるのを切に願ったがなかなか帰ってこない。そうしている間にトマはカリエを質問攻めにしていた。
「何年前に出会ったんだ?」
「えっと……同じアーヘンの町出身です」
「すると幼馴染なのか? どっちが告白したんだ?」
「いえ、そういうことは……」
「自然に付き合い始めたのか!? 運命だな! まさか、追いかけてこの学校へ入ったのか?」
「……」
カリエは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。もう、カリエは持たなそうだ。
「おい! テネル! 何ボヤっとしてるんだ!? 宴会だ!」
トマは楽しそうに2人の隣に座ると料理を注文しはじめた。
「俺のおごりだ! 喜べ2人とも!」
2人はなすすべも無く、されるがままになってしまった。そこへ、
「ごめーん! いろいろお土産あってさー、って何これ?」
ミナ、カナコ、シンの3人がお土産袋を持ちながら、帰ってきた。そこには力無く座り、教官のうるさい怒鳴り声を聞きながら、虚空を見つめる2人の友人の姿だった。
「トマ教官なんでここに……」
3人もまたなすすべがないのであった。
「楽しいなー! あっはっはっはっは!」
トマの笑い声が店にいつまでも響いていた。
そのとき、甲高いサイレンの音が聞こえてきた。
「火事かしら」
ミナが呑気な口調で呟くと、すぐにトマの罵声が返ってきた。
「馬鹿もん! 違う、あれは学校の警戒警報のサイレンだ!」
すると見事に4人の生徒は動揺した。
「とにかく、警報が鳴ったからには休暇はお預けだ。各員直ちに学校へ帰れ!」
「はっ!」
4人は揃って敬礼すると、店を飛び出した。生徒達を見送ったトマは、
「あいつら、勘定を全部俺に押し付けやがって……」
それでもさっさと会計をすませるとトマ自身も学校へ全力疾走した。
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