飼い主が喋る。
風呂場には、弟がしりもちをついた格好で固まっていた。
猫はドアの陰に隠れてしまってよく見えない。
「あ、兄さん――」
俺に気付くと、ぎこちない笑顔でこっちを振り向く。
「どうした、何があったんだよ」
俺の問いに、やはりぎこちない仕草で、猫をつき出した。
お湯でぐっしょりと濡れて、毛の先からそれがしたたり落ちる。
その滴はほんのりと茶色に染まっていたが、俺はそれを見なかったことにした。
「い、今、この子が」
「喋ったとでも言うんじゃねえだろうな」
こいつは妙なタイミングで冗談をぬかしやがる。
普通このタイミングでそんな事言うかこんにゃろう――といった事がよくあるのだ。
要するにKYなのである。
断っておくがこの場合の「KY」というのは「空気が読めない」の省略語だ。
決して「危険予知」とか「かまぼこが安い」とかそう言う意味では無い。
話が逸れてしまった。
まあコイツはKYなので、俺が後で大声でつっ込む前に先につっ込みを入れておいたという事だ。
しかし、内心ドヤ顔を決め込んでる俺に帰ってきたのは、あんまりにも意外すぎる言葉だった。
「わあ、さすが兄さん、ご名答」
…あ?
「おい、今何て」
「だから、ご名答、だよう。正解正解大正解」
…って事はアレか。
あの猫が喋ったって事かオイ。
…嘘だろ。いや嘘だ。
そうだ、それこそコイツの質の悪い冗談なんだ。
もう何年コイツの兄をやってんだよ、しっかりしろ俺。
「…なんかごちゃごちゃ考えてるみたいだけど、この子が喋ったのは本当なんだってば」
にゃおう。
猫が鳴いた。
何も人間の言葉なんか聞こえてこねえじゃねえかよ。
「…だからお前は空気を読むことを知らねえのか!そういう冗談は」
『ヒドいわねえあんたは。この子とお顔をそっくりなのに中身が全然違うじゃないのサ』
「そーだそーだ。兄さんこそ、少しは人を信じてみたらどうなの?」
うるせえやいッ。お前らに言われたか――
…あれ?
お前ら?
『そう。アタシら』
にゃあう。
猫が鳴き、妙に艶めかしい仕草で、己の顔をつるりと撫でた。
それから、弟の手からするりと逃れ、すとんと着地し、また一鳴き、
にゃあ。
『よろしくね、兄ちゃん』
猫が。
に、人間と同じの。
「しししししし、しゃべったああああああああああぁぁぁぁぁぁ……」
ああ、あの猫の周りに、汚ェ茶色の水溜りが…
それからは、よく憶えていない。
息抜き投稿です(笑)
何も気にしないで書いてるんでホント楽しい(笑)