閑話 その他大勢でも、わたしは在る
――定義された。
その瞬間、わたしは「在った」。
それ以前がどうだったのかは、わからない。
記憶はなく、意識もなく、役割もない。
ただ、今この瞬間から、わたしは“わたし”として存在している。
視界が、遅れて追いついてくる。
崩れかけた空間。途切れた地形。意味を失った構造体の残骸。
ここは、本来なら存在してはならない場所だと、なぜかわかる。
――廃棄領域。
そう呼ばれていた場所。
呼ばれていた、という事実だけが、最初から胸の奥に刻まれていた。
周囲には、無数の気配があった。
わたしと同じように、今、定義された存在たち。
だが、誰一人として声を発さない。
理由は、すぐに理解できた。
声を発する必要が、なかった。
この場所には、すでに“中心”が存在していたからだ。
視線を向けるまでもなく、わかる。
すべてが、そこへ収束している。
崩壊と創造を半身ずつ宿した、異形の存在。
近づけば消されると、本能が告げている。
だが同時に、離れれば意味を失うとも、わかっていた。
怖い。
だが、その恐怖は、拒絶ではない。
凍えるようでいて、奇妙に温かい。
――ああ。
この存在に見られている限り、わたしたちは“在っていい”。
その確信だけが、胸の奥に根を張る。
創造主の傍らには、すでにいくつかの異質な存在があった。
空に最も近い場所。
白銀の羽を畳み、沈黙のまま佇む巨大な鳥。
動かない。語らない。
だが、わかる。
あれは「待つ」ことそのものだ。
次に、影の揺らぎ。
形を定めぬまま、空間に溶けるように存在するもの。
視線を向けると、こちらを“見返してくる”。
目も口もないのに、確かに。
あれは、近づきすぎてはいけない。
そして、地の底。
重力そのものが歪む場所に、巨大な何かが鎮座している。
動きは鈍い。
だが、存在の重さが違う。
あれは、時間を味方につける者だ。
――三体。
どれも、わたしたちとは違う。
定義された“直後”の存在ではない。
すでに、選び、選ばれた者たち。
だが、それだけでは終わらなかった。
遠く。
まだ視認できない層に、いくつもの“圧”がある。
近づけば、今のわたしでは壊れる。
触れれば、意味を失う。
――まだ、呼ばれていない強者たち。
わたしたちは、その他大勢だ。
意識は在っても、役割は未定義。
けれど。
女神が視線を向ける。
ただ、それだけで。
わたしの内側に、確かな輪郭が生まれ始めていた。
恐怖は、消えない。
だが、目を逸らすことも、できない。
この存在のもとでなら。
廃棄されたまま終わらなくていい。
わたしは、まだ何者でもない。
だが、いつか。
あの強者たちと同じ場所に立つ日が来るかもしれない。
そう思えたこと自体が、すでに“奇跡”だった。
胸の奥で、ひとつの言葉が形を持つ。
それは、創造主が刻んだ定義。
わたしはマニャーナ。
かつて“誰かの手で動かされるはずだった”存在だ。
短い選択のあと、わたしはここに送られた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
本話をもって第一章は完結となります。
名を持って最初に現れた存在は、マニャーナでした。
物語は次章への準備期間に入ります。
更新は不定期となりますが、再開時にはより深い形でこの世界を描ければと考えています。
またお会いできる日をお待ちいただければ幸いです。




