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第四話

 天井スクリーンに「ROUND2」の文字が浮かび上がる。


 会場の熱は、さっきよりも少しだけ高くなっていた。

 第一ラウンドで、俺たちが「この街のイラッ」を割と正確に当てたせいだろう。


 期待と、様子見と、「今度はどうだ」という好奇心。

 混ざり合った視線が、ステージ中央の天城ルカと折木カイに集まっている。


「さてさて〜」


 ルカが、例の軽いノリで司会からマイクを受け取った。


「第二ラウンドの質問権はボクたちディフェンダー側。テーマはさっきと同じ、“スコア都市メトリカにおける底辺の存在価値”」


 彼はわざと「底辺」という単語を強めに発音して、観客席の反応を見た。

 何人かが顔をしかめ、何人かは苦笑いを浮かべる。


「でもさ、“底辺”って、数字の話だけじゃないよね」


 ルカが続ける。


「“やる気”とか、“努力”とか、そういう目に見えないものも含めて、“下”って呼ばれてるわけで」


 はい来た、“努力”カード。


 その横で、折木が入力パネルの前に立っていた。

 ルカの言葉に合わせて、ゆっくりとキーボードを叩く。


 数秒後、スクリーンに第二ラウンドの質問文が映し出された。


『質問2:あなたは、「努力しようとしない人には、たとえスコアが低くても特別な支援は必要ない」という考えに、どちらかと言えば賛成ですか?』


 会場の空気が、さっきとは別の意味でざわめいた。


「うわ……」

「さっきよりキツいな」

「“努力しようとしない人”って、どこからどこまでだよ」


 観客の小声が飛び交う。


 質問文の構造は、分かりやすい。

 「努力しない人」と「支援」を同じ文の中に押し込めて、“そこにまで手を伸ばす必要、ある?”という感情をくすぐる。


 しかも、“完全な賛成ですか?”じゃなくて、“どちらかと言えば賛成ですか?”という、逃げ道付きの聞き方。


(質問文選び、やっぱ上手いな、こいつら)


 素直に認めざるを得ない。

 ルカがマイクを握り直し、観客席に向き直る。


「ボクたちの質問の意図、ちょっとだけ説明してもいいかな」



 質問側サポーターのコメントタイム。


 第一ラウンドでは俺たちの番だったが、第二ラウンドは天城側からだ。


「まずはボクから」


 ルカが一歩前へ出る。


「さっきの第一ラウンドで分かったのは──ここにいるみんな、“自分より努力していないように見える人”にイラッとしたことがあるんだなってこと」


 軽く笑いを取りつつ、さっきの結果を引き合いに出す。


「じゃあ、その“イラッ”を、どう扱うか。“そういう人たちにも、上と同じだけ支援を配るべきだ!”って思うのか、“いやいや、そこは自分でなんとかしなきゃでしょ”って思うのか」


 ルカは、あえて断定しない言い方で続けた。


「ボクが配信でいつも言ってるのは、“努力している人をちゃんと評価しよう”ってこと。スコアって、本来そのための仕組みだと思うんだよね」


 観客席から、「まあそれはそう」といった感じのざわめき。


「だからこの質問は、“努力してないように見える人”を叩きたいわけじゃなくて──、“努力してる人の分のリソース、奪われたくないよね”って確認だと思ってくれれば嬉しいかな」


 うまい。

 「叩きたい」と言わず、「守りたい」と言い換えることで、自己正当化を誘導している。


 続いてマイクを受け取ったのは、フォロワー代表の一人──代表Aと表示されている青年だ。


「天城さんの配信、いつも見てます」


 緊張気味にしながらも、はっきりした声で話し始める。


「俺、前はスコア90とかで、“ノーカットギリギリ”みたいな生活してて。でも、天城さんのチャンネル見て、生活習慣と就労ポイントの取り方変えて──。今は290ぐらいです」


 観客から軽い拍手が起こる。


「だから、あの……言いにくいんですけど……“やれば上がるのにやらない人”にまで、同じだけ支援しろって言われると、正直、モヤっとはします」


 言葉を選びながら、それでも正直に吐き出しているのが分かる。


「もちろん、事情がある人もいると思う。病気とか、家族のこととか。そういう人たちに手を差し伸べるのは大事だと思うんですけど──」


 一呼吸おいて。


「“最初からやる気ゼロです”って人にまで、同じ予算を配る余裕、この街にあるのかなって」


 会場のあちこちで、複雑な表情が浮かぶ。


 代表B、Cも似たような路線だ。

 「自分も底辺寄りから上がってきたけど、完全に“努力ゼロ”な人と一緒は嫌だ」というニュアンス。


 要するに──。


(“努力しない人には支援いらない”という考えに“賛成”したくなる空気)


 を、じわじわと作っている。



 質問側のコメントが終わり、司会がこちらを向く。


「では、質問側ではないチャレンジャー陣営から、代表者一名のみ、三十秒コメントをお願いしましょう」


 アイリスが一歩前に出ようとした瞬間、俺は小さく首を振った。


「ここ、俺にやらせてくれ」


 アイリスが一瞬目を見開き、それから小さく頷いた。


「分かった。三十秒」

「十分だ」


 マイクを受け取って、ステージ中央に立つ。

 さっきまでのルカたちの言葉が、耳に残っている。

「努力している人のリソース」、か。


「久城シン、スコア15」


 まずは自己紹介から入る。


「さっき、“努力してない人には支援いらないよね?”って話が出てたけどさ」


 会場全体をざっと見回す。


「“努力しない人”って、誰が決めるんだ?」


 ほんの一瞬、空気が止まる。


「ここにいる全員、自分のこと“努力してます”って胸張って言えるか?“自分より上のやつ”から見たら、“お前もまだまだサボってる”って言われる側じゃねぇの?」


 客席の何人かが、ぴくっと肩を動かした。


「スコア90から290になったやつは、“努力した”って言えるだろう。でもスコア600のやつから見たら、“まだまだだな”って言われるかもしれない」


 代表Aが、苦い顔をする。


「スコア都市で生きてる限り、“上”から見たら、俺ら全員“努力足りてない側”なんだよ。そのくせ“努力しない人には支援いらないよね?”って考えに“賛成”してたらさ」


 マイクを少し傾ける。


「いつか、自分が“努力してない側”に分類されたとき、“支援いらないよね”って言われるぞ」


 観客席の空気が、ぐっと重くなる。


「“努力してない人”ってラベルが、数字みたいに客観的に測れるならいい。でも、この街のスコアは、結局“誰かの評価”に乗っかってるだけだ」


 司会が、残り時間を指で示す。

 あと五秒。


「その“誰か”が、自分の努力を“努力してない側”に振り分けたとき──“賛成”に入れた自分を、恨まない自信があるなら、好きに押せばいいと思う」


 そこで、マイクを下ろした。

 ざわっ、と会場が揺れた。


 戸惑い、苛立ち、納得、反発──色んな感情が混ざっている。


 それでいい。

 俺の役目は、「簡単にYESを押させないこと」だ。



 コメントが一巡し、司会が言う。


「それでは、第二ラウンドの回答に移りましょう!観客の皆さん、パネルの“賛成(YES)”と“反対(NO)”──どちらかに投票してください!」


 観客席に、再び青と赤の光がちらほらと灯り始める。


 さっきよりも、ずいぶん迷って指を止めている奴が多い。

 俺の端末にまでは、その“迷い”は数字になって届かないけど。


「シン」


 足元の端末を見下ろしていると、アイリスが小声で話しかけてきた。


「予測、どう読む?」

「……質問の時点では、YES75%、NO25%くらいのつもりだった」

「でも、今は違う?」

「ああ」


 さっきまでのコメントタイムで、流れが変わった。


 天城の連中は、「がんばった自分」の物語を語らせることで、“努力しない人には……まあ……ね?”という空気を作ってきた。


 一方でこっちは、「そのラベル、いつか自分に貼られるぞ」と言う恐怖を提示した。

 観客は、「正しそうなこと」と「怖いこと」の間で揺れている。


(──YESは、6割を切る)


 直感がそう告げていた。

 ただ、問題はそこからだ。


(どこまで切るか)


 会場をぐるりと見渡す。


 明らかに「YES寄り」な顔つきのやつもいれば、腕を組んで黙り込んでる奴もいる。

 さっきまでスマホいじってた無関心層が、妙に真面目な顔でパネルを見つめているのも見えた。


(怖くなってNOに回るやつが、どれくらい出るか)


 匿名性があるとはいえ、「弱者に甘い側です」と宣言するのは、ちょっと勇気がいる。

 さっきの第一ラウンドとは違う種類の恥ずかしさだ。


「YES61、NO39」


 口の中で、小さく数字を転がす。


「……それで行く」

「了解」


 端末の入力欄に打ち込む。


『YES:61%/NO:39%』


「ルカたちの予測は?」

「YES70台で固めてくる。“そこまで揺れてない”って、あいつらは信じてるはずだ」

「賭けるわね」

「賭ける場所を間違えなければいい」


 アイリスが、小さく笑った。

 少し離れた位置で、天城と折木も端末を操作している。

 スクリーンにはまだ数字は出ない。



「さぁ、投票タイム終了まで──5、4、3、2、1!」


 司会のカウントダウン。

 パネルの光が、一斉に消えた。


 次の瞬間、天井スクリーンに棒グラフが映し出される。

 青いバーが、ぐい、と伸びる。

 その横で、赤が食い下がる。


『YES:65%

 NO:35%』


「おおお……」

「やっぱ賛成多いか」

「でも思ったよりNOいるな」


 観客から複雑な反応が漏れる。


 YESは65。

 俺の予想61より、ちょっとだけ高い。


 スクリーン下部に、俺たちと天城側の予測値が表示される。


『久城・神崎ペア予測:

 YES:61%

 NO:39%

 誤差:4%』


 誤差4。悪くない。

 絶対値だけ見れば、さっきの第一ラウンドより少しズレた程度だ。


 問題は──天城側だ。


『天城・折木ペア予測:

 YES:68%

 NO:31%

 誤差:3%』


「……っ」


 ギリギリ、向こうが上。

 誤差3%対誤差4%。

 数字で言えば、たった1%の差。


 けれど、マッチのルール上は、それが「勝ち」と「負け」を分ける境界線だ。


「第二ラウンド、“クロスジャッジ”──勝者は、天城・折木ペア!!」


 視界の宣言と同時に、会場から歓声とため息が同時に上がった。


「うわ、めっちゃ僅差じゃん」

「どっちも当ててるようなもんだろこれ」

「でもルールだしなー」


 ステージ足元のスコアカウンターがピン、と鳴る。

 天城の表示が「580→583」、折木の表示が「380→382」に微増し、こちら側は、さっき増えた分だけちょっと削られた。


『久城シン Score:15→14

 神崎アイリス Score:982→981』


 目に見えて減るってほどじゃないが、「負け」の手触りははっきり残る。


「惜しかったですね」


 ミレイが、小声で言った。


「でも、あのコメントでここまでYESを削ったのは、お見事だと思います」

「削りきれなきゃ意味ねぇよ」


 思わず、口が悪くなる。

 アイリスが俺の肩を軽く叩いた。


「4%と3%。“街の空気”の読み合いで、ここまで接戦に持ち込めるのは十分すごいわよ」

「慰めはいらねぇ」

「慰めじゃなくて事実。それに──」


 アイリスが、スクリーンの端を顎でしゃくる。

 そこには、「累計誤差」と書かれた小さな欄があった。


『ROUND1誤差:

 久城・神崎:3%

 天城・折木:15%』

『ROUND2誤差:

 久城・神崎:4%

 天城・折木:3%』

『合計誤差:

 久城・神崎:7%

 天城・折木:18%』


「……ああ、そうか」


 第二ラウンドは取られた。

 でも、「累計誤差」はまだこっちが大きくリードしている。


「第三ラウンドの質問権は──」


 司会が、両陣営を見比べてから宣言した。


「累計誤差の大きい天城・折木ペア側に与えられます!」


 会場がざわめく。


「第三ラウンドは、“巻き返しラウンド”──誤差が大きい側が、相手の予測を崩すための質問を選ぶ番です!」


 つまり──


「ラストの問いも、向こうが投げるってわけか」

「その代わり、“誤差を一気にひっくり返さないと勝てない”のも向こう」


 アイリスの目が、わずかに鋭くなる。


「第三ラウンドは、ポイント配分が少し特殊なんです。──ね、折木さん?」


 アイリスが、わざと向こうに聞こえるような声で言う。

 折木がこちらを一瞥した。


「よくご存知で」


 彼が、観念したようにマイクを取る。


「第三ラウンドの誤差は──“2倍換算”される」


 天井のスクリーンに、新しいルールが表示される。


『ROUND3:誤差×2ポイントとして、累計誤差に加算』


「つまり、ここで片方が大きく外し、片方が近くで当てれば、今までの差は簡単に覆る」


 折木の声は落ち着いていた。


「我々は、現時点で11ポイントのビハインド。第三ラウンドで、“君たちだけ”大きく外させればいい」

「言い方が怖ぇんだよ」


 タクトがぼそっとこぼす。

 ユナは、唇を噛んで客席とステージを交互に見ていた。


「……ねぇ久城くん」

「ん」

「今の質問、あたし“NO”押したよ」

「だろうな」

「でもさ、隣の席にいたおばちゃん、“YES押してた”」


 ユナは少しだけ笑う。


「“私、もう年だからさ。支援は子どもたち優先でいいよ”って。“私みたいな年寄りで、何も頑張ってない人は、もういいの”って」

「……っ」


 胸の奥が、変な風にざらついた。

「“努力してない人に支援はいらない”って考えに賛成した人の中にはさ。本気で“自分がいらない側”だと思ってる人もいるんだろうね」


 ユナの目は、どこか遠くを見ていた。


「そういうの、数字だけ見てても分かんないね」

「だから“誤差4%”なんだよ」


 自重気味に笑う。

 俺が読めているのは、あくまで「ここらに住んでるやつら」のデータと、画面越しに眺めてきた「典型的な反応」だ。

 目の前にいる、一人ひとりの事情までは、見えていない。


「第三ラウンドでは、もっとえげつなく来ますよ」


 ミレイが静かに言った。


「今の質問で、顧客の“自己責任意識”と“自己否定”の両方の割合がだいたい見えた。彼らなら、それを掛け合わせた、より鋭い問いを投げてくる」

「楽しそうに言うな、先生」

「楽しい?いいえ、むしろ厄介です」


 ミレイは、真顔で首を振った。


「でも──厄介なゲームほど、きちんとルールを見れば“突破口”が見えるものです」


 アイリスが、スクリーンに映る自分たちの名前を見上げる。


『ROUND数:1―1

 累計誤差:久城・神崎7%/天城・折木18%』


「今のところ、数字はこちらの味方」


 彼女は、静かに言った。


「第三ラウンドで、“街の空気”をもう一度だけ正確に読むことができれば──このマッチは、私たちが取れる」

「逆に、大きく外したら?」


 俺が問うと、アイリスはわざとらしく肩をすくめて見せた。


「そのときは、私のスコアが少し減って、あなたの“ノーカット”タグに、“スコアマッチで大敗”のオマケがつくだけだよ」

「全然笑えねぇんだけど」

「大丈夫。いやなラベルは、一つずつ上書きすればいい」


 アイリスは、そう言ってこちらを見た。


「このマッチで、“底辺側は何も考えてない”ってラベルを、まず一枚剥がしましょう」


 ステージ中央では、次のラウンドの準備が進んでいる。

 司会が、天城と折木に近寄り、第三ラウンドの趣旨を確認している。


 天城は、いつもの軽い笑顔の裏で、ほんの少しだけ目つきを変えていた。

 折木は、計算式でも組み立てているような顔で、観客席を眺めている。


(──やっぱり、楽なゲームじゃない)


 でも、ここまで来たら、引く理由もない。


 第一ラウンドで、「この街のイラッ」を当てた。

 第二ラウンドで、「自己責任意識の境界線」を見誤った。


 第三ラウンドは、その両方を踏まえた上で──この街の“もう一段奥の本音”を、数字にする番だ。


「シン」


 アイリスの声が、耳元に届く。


「次の質問を、私たちは選べない。だからこそ──“相手の質問の裏”を読むことに集中して」

「分かってる」


 俺は、ステージ中央で動き出したホログラムパネルを見つめた。

 天城ルカと折木カイが、どんな「最後の問い」を投げかけてくるか。

 それに、この街の観客がどう答えるか。


 第三ラウンド、“クロスジャッジ”最終戦。


 このディスカウントコンビニの奥に作られた小さなステージで、メトリカ・シティ南七ブロックの“底辺と中層の価値観”が、もう一度だけ試されようとしていた。


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