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第14話 決意

 研究所の扉が重く閉じる音が響いた。

 罵声を浴びせていた町長と住民たちが引き上げ、足音が遠ざかっていく。

 室内には、鉛のように重い沈黙だけが残された。


 ゼインが深く息を吐き、壁に背を預けたまま口を開く。

「……悪いな、アシェル。あいつらも、本当はお前を責めたいわけじゃねぇんだ。ただ……ギルバートさんがいなくなってから、ずっと不安定だったんだよ、この町は」


 その声は疲れ切っていた。

「ギルバートさんが霊鋼を集めに旅立ってからは、俺たち法術師でも対処できる程度の災魔しか現れなかった。

 だから住民たちは、まるで守護者が永遠に町を守ってくれるものだと信じきっていたんだ……。

 でも、この前みたいに群れで襲いかかってくるなんて、想定外だった」


 ゼインは拳を握りしめ、悔しげに唇を噛む。

「家は壊され、怪我人も出た……。あいつらは気が立ってるんだよ、お前がでていく必要なんてない。」


 アシェルは黙って聞いていたが、やがて静かに口を開いた。

「……わかってる。だからこそ、俺は約束通り……明日の朝、この町を出る」

「アシェル――!」

 ゼインは慌てて声を上げる。

「お前が暴走したのは、俺が災魔を止めきれなかったせいでもある! 全部お前一人が背負う必要なんて――」

「でも、事実は事実だ」

 アシェルは冷たく言い切った。

「俺が暴走して町を壊した。それは誰にも変えられない」


 その場に重い沈黙が落ちた。


 リィナが深く息を吐き、二人の間に割って入った。

「……町を出るのはいいけど、あなた……行くあてはあるの?」

「……ない。ただ、災魔を探して斬る、それだけだ」

「まったく……それじゃただ無駄死にするだけよ」


 リィナは机に古びた地図を広げ、指先で一点を示す。

「だったら――ここへ行きなさい。『カーネの丘陵都市』。

 そこには安置場があって、歴代の守護者たちが纏っていた鎧が変化した鎧魂核が納められているわ。

 鎧魂核に刻まれた記憶と魂が、未来の守護者を鍛える“修練場”になっている。」


 アシェルは驚き、息を呑んだ。

「……修練場……?」


 リィナは棚から、重厚な金属光沢を放つ塊を取り上げた。

 それは熊を模した形をしており、静かに淡い光を脈打たせている。


「あなたが霊鋼と一緒に持ってきたこれが鎧魂核。

 一部の鎧と強く共鳴できる守護者が鎧を纏ったまま命を落としたとき、

 装着者の魂が一時的に鎧へ留まり、最後に鎧がその形を固定する――魂の結晶体よ」

 リィナはその塊を見つめ、ほんの一瞬だけ寂しげな目をした。

「ギルバートが最後に遺した証であり、未来に託した希望でもある」


 そう言って、彼女は鎧魂核をアシェルに差し出した。

「これを持っていきなさい。

 カーネに着けば、あなたに進むべき道を示してくれるはずよ」


 アシェルは無言でそれを受け取る。

 掌に伝わる冷たさと重量が、ギルバートの遺志そのもののように感じられた。

 アシェルはしっかりと握りしめ、ゆっくりと頷いた。


 さらにリィナは、机の下から黒い鞘に収められた一本の剣を取り出す。

 それは光を吸い込むような深い黒を湛えていた。

「霊鋼から鍛えた剣よ。災魔を完全に倒すことはできないけれど、動きを止めるには十分な力があるわ。

 鎧は最後の手段にしなさい。いいわね?」


 アシェルはその剣を受け取り、短く「ありがとう」とだけ答えた。


 ゼインは二人を見つめ、複雑な表情を浮かべながら口を開く。

「……俺は帰る。アシェル、勝手に行くなよ、見送りくらいはさせろよ。」

 そう言って、研究所を出ていった。


 翌朝――。

  アシェルは予定より早く旅立った、ゼインと会うと決断が鈍る気がしたからだ。

  朝霧がうっすらと町を包む中、アシェルは門へ向かって歩き出した。

 一歩、また一歩――そのたびに昨日の戦いで負った傷が鋭い痛みとなって身体を突き上げる。

 背筋を伸ばそうとすれば肩の裂傷がうずき、脚に力を込めればふくらはぎの深い切り傷が悲鳴を上げた。

 歩くたびに全身を駆け巡る痛みは、まるで「まだお前は戦える身体じゃない」と告げているかのようだ。

 それでもアシェルは歯を食いしばり、顔を上げた。

 痛みを堪えて進むことが、己の罪を背負い、決意を示す唯一の方法だった。


 門へ向かう道の両脇には、住民たちが集まっていた。

 アシェルが歩くたびに、鋭い視線と罵声が突き刺さる。


「……あれが……」「町を壊した奴だ……」「二度と戻るな……!」


 その声は刃のようにアシェルの胸をえぐった。

 奥歯を噛み締め、うつむくことなく歩みを進める。


 ――俺は未熟だった。

 守護者としての力も、心も。

 だから……あの日、暴走した。


 住民への怒りが込み上げる。

 だがそれ以上に、自分自身への悔しさが胸を締め付けた。

 町を守る力がなく、ただ破壊をもたらした自分への憤りが、喉元で熱となって渦巻く。


 それでも足を止めるわけにはいかなかった。

 せめて、未来の自分が「守護者」と胸を張って名乗れるようになるために。


 門へたどり着くと、門番が槍を地面に叩きつけた。

「いいか、二度とこの門を通るな」


 アシェルは視線を逸らさずに短く答える。

「……わかった」


 背後からさらに罵声が飛ぶ。

「帰ってくるな!」「お前は守護者じゃない!」

 その声を背に、アシェルは一歩、また一歩と歩みを進めた。


 やがて町の姿が遠ざかり、怒声も風にかき消されていく。

 胸の奥にはまだ熱いものが渦巻いていた。


 ――ゼイン。リィナ。

 必ずまた会おう。

 その時は……胸を張って「俺は守護者だ」と言えるように強くなる。


 そう心の中で誓い、アシェルは山道の入り口へと向かう。


 町から数里離れた山道の手前。

 一本の大きな木の下に、白衣姿のリィナが立っていた。


「……リィナ……?」


 驚くアシェルに、彼女は静かに告げる。

「言ったでしょう。見守るって。あなたがまた暴れたら止める人が必要だし、一緒に行くわ。」


 そしてリィナは、後ろの茂みに視線を向けて声を張る。

「――そこに隠れている法術師も、もう出てきなさい!」


 茂みががさりと音を立て、ゼインが現れた。

「……ちっ、気づかれてたか。」


「ゼイン、お前……!」


「黙っていくなんて無しだぜ、俺も行く。できるだけ災魔は俺が封印してやる、だから簡単に鎧は使うな。」


「でもあの町がまた災魔に狙われたらどうするんだよ、今は守護者もいないんだろ。」

「あの町には俺以外にも法術師が残ってる。だから心配すんな」


 アシェルは目を見開き、そして力強く頷いた。

「二人とも……ありがとう」


 ゼインはわざとらしく肩をすくめ、にやりと笑う。

「礼なんていらねぇ。ただ、勝手に死なれたら目覚めが悪くなるんだよ、

それに俺もあの町を出たくなっただけだよ」


 そんな二人に、リィナは呆れたようにため息をついた。

「それじゃ、出発するわよ、今日中に峠は越えないと」


 その瞬間、森の奥から災魔の遠吠えと、誰かの悲鳴が響き渡った。


 三人は一斉に顔を上げ、顔を見合わせると走りだした。

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