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第13話 守護者に必要なもの

 アシェルは、重いまぶたをゆっくりと開いた。

 視界に映るのは、木造の天井と差し込む薄い光。薬草の強い匂いが鼻をつく。

 体を起こそうとした瞬間、激痛が全身を貫き、思わず息を呑んだ。


「……ここは……」


「目が覚めたかしら?」


 冷ややかで、どこか呆れたような声がした。

 視線を横に向けると、椅子に腰を掛けているリィナがいた。

 彼女は腕を組み、疲れた目を細めながら、皮肉めいた笑みを浮かべる。


「君は何回、この研究所に担ぎ込まれれば気が済むのかしら?」


 アシェルは上体を起こし、リィナを見て悔しそうに顔を歪め、両手を強く握り締めた。

「……ごめん。もっと戦えると思ってたんだ……。だけど……気づいたら目の前が真っ暗になって……鎧の命ずるままに動いて……ただ暴れただけだった……」


 リィナはその言葉に小さくため息をつき言う。

 「聞きなさい、アシェル・・・・」 


 リィナは机の上に並ぶ霊鋼を指先でなぞった。

 淡い光を放つそれは、まるで生きているかのように脈動している。


「守護者は、誰でもなれるわけじゃないの。」


 リィナの声は、冷たく、そしてどこか陶酔していた。


「鎧は災魔を討ち、その肉体から生まれた霊鋼で作られる。

 だから必然的に、鎧そのものが“災魔と同じ負の力”を宿しているのよ。」


 アシェルは眉をひそめた。

 自分が鎧を纏った時に感じたあの熱と、災魔長を討った瞬間の狂気が頭をよぎる。


「鎧は人の負の感情と共鳴する……憎しみ、怒り、悲しみ……そうした闇が深ければ深いほど、鎧は応えるわ。

 でもね……負の感情は魂を削る。

 力を引き出せば引き出すほど、装着者の命は削られていくの。」


 リィナはゆっくりと霊鋼を持ち上げ、掌で転がすように見せる。

 その光が彼女の瞳に妖しく映り込み、部屋の空気がさらに冷たくなった。


「人の負の感情が新たな災魔を生む……

 そして、その災魔を滅ぼすためにまた新しい守護者が必要になる。

 災魔を滅ぼす守護者は、必然的に強い闇を抱えた者……。

 闇が闇を生み出し、そしてその闇を抱えた者がさらに鎧を纏う――」


 リィナはアシェルを見つめ霊鋼を見せて語る。

「人類はこの負の連鎖から抜け出せないの。

 美しくも残酷な機構……それが、この世界の真実よ。」


 アシェルは息を飲む。その顔には恐怖と嫌悪が混じっていた。


「だから守護者には“律する心”が必要なの。

 そうじゃなければ、鎧の赴くまま、自らの魂を捧げ暴れるだけの破壊者になるわ。」


 リィナは真剣な表情に戻り、アシェルを見据えた。

「あなたを助けた守護者……ギルバート。彼は私の依頼で、新たな守護者のために霊鋼を集めていた。

 現在生き残っている守護者の中でも、数少ない“二つ名”を持つ存在だったのよ。」


 アシェルの胸が強く締めつけられる。あの日、自分を救った男の背中が脳裏に浮かんだ。


「ギルバートもあなたと同じように、かつて災魔を憎み、鎧を纏った。

 でも彼は、自らの負の感情を制御し、その力を最大限に引き出すことができた。

 ……だけど、長年戦い続けた彼の魂は、もう限界だった。」


 リィナは霊鋼を机に置き、アシェルに一歩近づく。


「だから彼は、自分の命を削ってでも、未来を託すために霊鋼を集め続けた。

 そして、その彼があなたに託したのよ。」


 アシェルの胸に熱いものがこみ上げた。

 だが同時に、リィナの目に冷たい狂気が潜んでいることにも気づき、背筋が寒くなる。


「悲しみや怒りに負けてはだめ。

 負の感情を捨てろとは言わないわ。それすらも糧にして、災魔を滅ぼしなさい。」

 リィナはアシェルの頬に手を当て、薄く笑う。


「私が作った最高傑作の鎧で……負の連鎖に楔を打ち込むのよ。

 あなたの命が尽きるまで、私が見守ってあげるわ。

 鎧の力でこの世界を延命させるの。

 あなたが纏う鎧はこの世界の無情な輪廻に抗うを変える力があるの。」


 その言葉には使命感と同時に狂気が宿っていた。

 アシェルは、知らなかったリィナの一面を目の当たりにし、言葉を失った。


 その時、研究所の扉が乱暴に開かれた。


「リィナ!」

 ゼインが血相を変えて駆け込んでくる。

「大変だ! 住民たちが押しかけてきてる!

 “町を破壊した守護者を出せ”って言いながらな!」


 アシェルが驚きに目を見開いた直後、扉を叩く音が響いた。

 リィナは深くため息をつき、皮肉めいた口調で言う。


「……入っていいわよ。鍵は開いてる。」


 扉がゆっくりと開き、町長が険しい表情で姿を現す。

 その背後には、恐怖と怒りに満ちた住民たちが押し寄せていた。

 家を失い、家族を怪我させられた者たちが怒りに満ちた視線をアシェルに向ける。


「町を……返せ!」

「俺たちの家族を返せ!」

「守護者のくせに何をしているんだ!」


 怒号が部屋を揺らし、アシェルの胸に突き刺さる。

 町長は苦渋の表情でリィナに向き直り、声を荒げた。


「リィナ殿……ギルバート様はどこにおられる?

 あの方さえいれば、この町を必ず守ってくださるはずだ!

 我らの英雄、我らの希望なのだ!」


 住民たちは一斉に声を上げる。

 「ギルバート様を呼んでくれ!」

 「本物の守護者がいれば町は安泰なんだ!」

 「早く、あの方を!」


 アシェルの胸が締め付けられる。

 ――ギルバートはもういない。

 自分を救い、霊鋼を託して命を散らしたあの背中は、もうここにはない。

 しかし、この町の誰もその事実を知らない。


 唇を噛み、アシェルは一歩前に出る。

 リィナが止めようとするが、アシェルは振り返らず、住民たちを真っ直ぐに見据えた。


「……ギルバートは……俺を守って、死んだ。」


 場が凍り付く。住民たちは息を呑み、町長は目を見開いたまま固まった。


「な、何を……言っている……? そんなはずは……」


 アシェルは拳を震わせながらも、必死に声を張り上げる。


「さっき、この町を襲った災魔と戦っていた守護者……それは俺だ。

 ギルバートは俺を守って……災魔に討たれた……」


 住民たちが一斉にざわめき、怒号が爆発する。


「嘘だ! ギルバート様が負けるはずがない!」

「お前が……お前がギルバート様を殺したのか!?」

「守護者を名乗るなんて、災魔の仲間と同じだ!!」


 アシェルはその罵声を真正面から受け止め、顔を歪める。

 しかし、逃げずに言い切った。


「俺は……災魔を滅ぼすために鎧を纏った。

 守護者として……戦ったんだ。」


 町長は怒りに震えながらも、人々の叫びを抑えるように手を上げる。


「お前など守護者ではない……お前は明日、この町を去れ。

 それでもお前が守護者であるというならば、その責務を背負って、この町を出ていけ!」


 アシェルはしばし沈黙し、やがて顔を上げて町長をまっすぐに見据えた。


「……わかった。明日の朝、この町を出る。」


 その一言が告げられた瞬間、住民たちの怒声と罵倒が一斉に爆発する。

 「出ていけ!」「ギルバート様を返せ!」という叫びが渦のように押し寄せる中、アシェルはその場に立ち尽くしていた。

 怒りも悔しさも胸に押し込め、ただ静かにそれを受け止める。


 やがて心は冷たく静まり返り、決意だけが残る。


 ――夜明けとともに、この町を去る。


 そう心に誓いながら、アシェルは住民たちの怒声の中に立ち続けていた。

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