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第12話 暴走の翼

 土煙が広場を覆い、砕けた石畳が宙を舞う。

 アシェルはよろめきながら立ち上がり、翼を広げて降り立つ災魔長を睨みつけた。

 巨大な鳥を思わせるその姿は、ねじれた骨の翼と鉤爪を持ち、赤黒い双眸が夜闇の中で妖しく光る。

 互いに呼吸を殺し、わずかな間だけ沈黙が広がる。


 次の瞬間――災魔長が耳をつんざくような咆哮を放った。

 その咆哮を合図に、アシェルも翼を大きく広げ、夜空へと飛翔する。


 再び空中で交錯する二つの影。

 災魔長は猛禽類のように鋭い軌道で急旋回し、爪を閃かせて襲い掛かる。

 アシェルは必死に翼を操って回避するが、鎧にまだ慣れておらず反応が遅れる。

 爪がかすめるたびに装甲が火花を散らし、体勢を崩していく。


「アシェル!」

 地上からゼインの叫びが響く。

「災魔長は災魔将より下の階級だ! 本来なら守護者の鎧があれば十分に勝てる相手だ!

 だが今のお前は鎧を制御できていない……そのままじゃ押し切られるぞ!」


「わかってる……でも!」

 アシェルは叫び返すが、災魔長の速度はさらに増していく。

 尾が唸りを上げて薙ぎ払われ、アシェルの胴を直撃した。

「ぐっ……あああっ!」

 空中で大きく吹き飛び、翼で必死に体勢を立て直すも、呼吸は荒く、視界が赤く滲む。


 その瞬間、アシェルの脳裏に焼き付いた光景がよみがえった。

 ――燃え上がる村。

 母の悲鳴、アリアが自分の手を離して炎の中に消えていくあの日。


 災魔の咆哮と共に、心の奥底から怒りと憎悪が吹き上がる。

「……俺は……俺はもう……誰も奪わせはしない!!」


 その叫びと同時に、鎧が禍々しい脈動を始めた。

 右手の紋章が灼けるように輝き、内部に灼熱が走る。

 血が沸騰するような感覚、魂が削られるような激痛がアシェルを襲った。

 命そのものが鎧に吸い上げられていくような錯覚に、全身が痙攣する。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 アシェルの口から、人ならぬ咆哮が迸った。

 その遠吠えに、避難民たちが恐怖で凍り付き、耳を塞ぐ。


 剣に黒い奔流が渦巻き、刃は常軌を逸した巨大なオーラを帯びる。

 災魔長もその気配に反応し、翼を広げ迎撃態勢を取るが――間に合わない。


 一瞬の交錯。

 アシェルの一閃が災魔長の巨体を一刀両断にした。


 断末魔が夜空を裂き、黒い霧となった災魔長が四散する。

 その余波は周囲の災魔たちをも呑み込み、群れは一瞬で吹き飛ばされた。

 残された雑魚災魔たちは恐怖に駆られ、一斉に空の闇へと逃げ去っていく。


 だが同時に、制御不能の力は地上にも甚大な被害を与えた。

 災魔長が墜落していた区域の建物が、轟音と共に連鎖的に崩壊していく。

 石壁が砕け、街区の一角がまるで消し飛んだように跡形もなくなった。


「……あれが……守護者……?」

「化け物だ……災魔と変わらない……!」


 遠巻きに見ていた避難民たちが震える声を上げる。

 恐怖と混乱が波紋のように広がり、アシェルを取り囲む視線は感謝ではなく怯えだった。


 アシェルは空中で、狂気を帯びた瞳で群衆を見下ろした。

 紅い光を帯びた目、荒い息遣い、口から漏れる獣の唸り声。

 その姿は、災魔そのものと見間違うほど禍々しかった。


「アシェルっ!!」


 崩壊音と人々の悲鳴を追うように、リィナが駆け込んできた。

 彼女は目の前の惨状を一目で理解し、すぐさま地面に練成陣を描く。


「……止める!」


 地面に巨大な練成陣が展開していく。

 陣から無数の練成符が舞い上がり、空中のアシェルに向かって一斉に飛んでいく。

 アシェルは抗うように翼を広げたが、練成符が次々と鎧に貼り付き、

 その身体を完全に覆い尽くした。


「がああああああああああああああ!!」


 苦痛の叫びが夜空に響き渡る。

 そして――力を封じられたアシェルの身体は重力に従い、地面へと急降下した。


 ――ドガァァァンッ!


 凄まじい衝撃音が鳴り響く。

 土煙が晴れた時、そこには練成符に覆われたまま気絶しているアシェルが横たわっていた。

 鎧は完全に解除され、赤い紋章だけが淡く光を残している。


 リィナは駆け寄り、震える手で彼を抱きかかえた。

 その背後では、恐怖に怯えた人々が遠巻きに立ち尽くし、何も言えずにただ見ていた。


 夜の静寂を切り裂くのは、建物が崩れ落ちていく余韻と、

 人々の押し殺したすすり泣きだけだった。

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