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旭光の守護者ソルガ-闇を祓う者  作者: 罠孔明
古代編黎明期
10/13

第10話 誓い

ちょっと納得いかなかったので書き直しました

 夜の帳が町を包み、広場の混乱もようやく収まりつつあった。

 封印術の鎖がまだ地面に淡く残光を放ち、あちこちで泣き叫ぶ人々が避難していく。


 ゼインは封印器を手に、アシェルを睨みつけた。

 その目は怒りと、抑えきれない焦燥で揺れている。


「……お前、さっきの戦いで死ぬところだったんだぞ。」


 アシェルは返事をせず、ただギリギリと歯を噛みしめた。

 胸の奥では、災魔に奪われた母と妹――アリアの最後の悲鳴と、広場で泣きじゃくっていた少女の姿が交錯している。


「……全部……滅ぼす……一匹残らず、この手で……!」


 その声は血を吐くような憎悪に満ちていた。

 ゼインは何かを言いかけたが、その前にアシェルの視界がぐらりと揺れ、膝から力が抜けていく。


「おい、待て! しっかりしろ!」


 ゼインの叫び声を最後に、暗闇が一気に押し寄せた。


 ――そこでアシェルの意識は途切れた。


 薬草の匂いで、アシェルは意識を取り戻した。

 木造の天井と、壁際に並ぶ器具が目に入る。

 見知らぬ部屋にいることに気づき、心臓が跳ね上がる。


「……ここは……?」


 上体を起こそうとした瞬間、鋭い痛みが全身を駆け巡り、思わず顔をしかめた。


「まだ無理に動かないで。」


 落ち着いた声がして、アシェルは首だけを横に向ける。

 そこには白衣姿のリィナが立っていた。

 疲労を隠しきれない表情ながら、瞳には強い光が宿っている。


「あなたが広場から戻らないから探しに出たの。

 そしたら……ゼインがあなたを抱えていて。

 その場で引き取って、ここに運んできたわ。」


「ゼインが……」


 アシェルは昨夜の記憶を必死にたぐる。

 災魔の咆哮、少女の悲鳴、ゼインの封印の光――そして自分の絶叫。

 そこから先は闇に閉ざされていた。


 リィナはベッド脇に腰を下ろし、アシェルを見据える。

 その視線は冷徹だが、敵意はなかった。


「……一つ、聞かせて。

 どうしてあんな勝ち目のない状況で、災魔に立ち向かったの?」


 アシェルは拳を震わせながら答える。


「……守りたかったんだ。あの子を……もう二度と、母さんやアリアみたいな犠牲を出したくなかった。」


 言葉は震えていたが、そこには確固たる意思があった。

 リィナは短く目を伏せ、それから再びアシェルを見た。


「戦う力が欲しい?」


 アシェルは迷わず頷く。


「……欲しい。」


「その力を手にすれば……魂を使い果たし必ず死ぬ、それでも構わないの?」


 一瞬、沈黙が落ちる。

 母と妹の笑顔、焼け落ちた村、あの夜の炎と血が脳裏に浮かぶ。

 アシェルは奥歯を噛み締め、吐き出すように叫んだ。


「構わない!

 俺は災魔を……一匹残らず、この世界から滅ぼす」


 リィナは奥の封印室に視線を向ける。

 そこは扉で閉ざされ、淡い青光が隙間から漏れていた。


「あなたが以前、ここで共鳴した鎧……あれは特別なものよ。

 災魔将の霊鋼だけで作られた、唯一の鎧。」


「唯一……?」


「普通の鎧は霊鋼以外にも複数の素材を混ぜて力を均衡させる。

 でも、あれは純粋な災魔将の力そのもの……誰一人として纏えなかった。」


 リィナの声がわずかに震える。


「完成には最後にもう一つ、災魔将の霊鋼が必要だった。

 あなたが持ち帰ったそれで、鎧は完全な姿になる。」


「ギルバートが命懸けで……!」


「ええ。そして――」

 リィナは真剣な眼差しで告げる。


「鎧と共鳴できたのは、あなただけ。

 幾人もの守護者、高名な武芸者が鎧に挑んだ、でも共鳴はできなかった。

 この世界で唯一、鎧を扱える存在があなたなの。」


 アシェルは息をのんだ、災魔への憎しみを晴らす手段が目の前に提示されている。


「……あの鎧で、災魔を滅ぼしなさい。」


 その時、扉が勢いよく開かれた。


「待て、リィナ!!」


 ゼインが立ち尽くし、険しい目で二人を睨む。

 会話の終わりを偶然聞いてしまったのだろう。


「お前……本気でアシェルを守護者にするつもりか!?

 あの鎧を纏えば、必ず命を削られ、最後には――!」


「分かっているわ。」

 リィナは冷たく遮る。


「分かっているからこそ、彼に託すしかないの。

 法術師が封印を繰り返しても、災魔は滅びない。

 本当に断ち切れるのは、守護者だけ。」


「それじゃあたんなる駒だ!命を何だと思っている!」

 ゼインが怒鳴る。


「人の命を世界のために使い潰すだけじゃないか!」


「駒じゃない。」

 リィナの瞳が揺らぐ。


「彼自身が選んだのよ。……命を懸けて戦うと。それにアナタもあの鎧に共鳴できなかったでしょ。」


 ゼインは言葉を詰まらせ、アシェルを見た。

 アシェルはまっすぐに立ち、強い声で答える。


「……俺は戦う。もう二度と……誰も奪わせないために!」


 ゼインは苦悩の表情でアシェルの前に立ち、肩を強く掴んだ。

 その手は震えている。


「やめろ、まだ間に合うんだ!」

 ゼインの声は必死そのものだった。

「お前は……まだ引き返せる! あの鎧を纏えば、もう戻れなくなる。戦い続け、魂を削り、最後は……!」


 ゼインの言葉は怒鳴り声に変わる。


「俺は何人もの守護者が散っていくのを見てきた!お前まで同じ目に遭わせたくないんだ!」


 アシェルは肩を掴むゼインの手をゆっくりと外し、真っ直ぐに彼を見返す。


「ゼイン……だったかな?……ありがとう。こんな俺の心配をしてくれて、でも、俺はもう決めたんだ。」


叫ぶように絞り出すように言葉をつなげる。

「胸の奥でずっと母さんと妹の最後の叫びが聞こえるんだ、無残に災魔に殺される村の人々の悲鳴、燃える村、あの夜の灰と血の匂いが消えないんだよ。災魔を滅ぼさなければ、その種は芽吹いて俺を飲み込む。何もいらない、命さえも、俺は俺の願いのために災魔を滅ぼす。もう以外の祈りは持てないんだ。」


 その瞳には恐怖も迷いもなく、ただ決意だけが宿っていた。


「俺が戦わきゃ、また誰かが母さんやアリアみたいに奪われる。

 だから……この命を懸けてでも、災魔を滅ぼす!」


 ゼインの顔が苦悶に歪む。


「……っ、バカ野郎……!」

 壁を拳で叩きつけると、ゼインは背を向けた。


「勝手にしろ……!」


 吐き捨てるように言い残し、ゼインは研究所を出て行った。

 扉が閉まる音が、重苦しい余韻を残す。


  リィナは深く息を吐き、奥の封印室の扉を開いた。

 冷気が一気に広がり、青白い光が部屋を満たす。

 中央の台座には、不気味な黒い鎧が静かに浮かんでいた。


 その鎧は低い唸り声のような音を響かせ、まるで生き物のように脈動している。

 闇を凝縮したかのような存在感に、アシェルの背筋が凍った。


「アシェル……あなたの手に、この鎧を委ねるわ。」


 リィナはアシェルの左手を取り、儀式用の器具を押し当てる。

 灼けるような激痛が走り、アシェルは思わず歯を食いしばった。

 アシェルの手の甲に鷲を思わせる紋章が浮かび上がる


「これが……契約の紋よ。あなたと鎧を繋ぐ証。」


 床に複雑な紋様が浮かび上がり、鎧がゆっくりと降りてくる。

 不気味な闇の光が部屋を包み込み、空気が重く沈む。


 アシェルは一歩踏み出し、深く息を吸い込んだ。

 母とアリアの笑顔が脳裏に浮かび、それが炎に焼き尽くされる光景がよぎる。


「……俺はアシェル。この命を懸けて……災魔を滅ぼす!」


 その誓いに応えるように、鎧が咆哮を上げた。

 黒い影がアシェルを包み込み鎧がアシェルに装着された。

 そして重厚な音と共に鎧のパーツが順に閉じていく。


 鎧と同調した瞬間、何かがアシェルの内部で砕け散った。


 最初に襲ってきたのは音ではない。無数の記憶の潮が、一斉に押し寄せる感覚だった。

 鋼の冷たさが皮膚  を這うよりも先に、見知らぬ声が頭蓋の奥底で囁き始める――低く、貪欲で、古い怨嗟の重みを帯びた声。

 断片的な情景が映像のように流れ込む。燃え盛る村屋の崩れる音。

 引き裂かれる肉の湿った匂い。刃に遮られた叫び。血で光る夜空。

 どれも既視感を伴わず、しかし痛烈に胸の奥を突き刺す。


 同時に鎧自体の「意思」が押し寄せてきた。

 霊鋼に刻まれた数多の災魔将たちの残り火が、冷たい触手のように彼の心を撫で、根を張ろうとする。

 彼らの怒り、執着、残虐の論理――それらが一つずつ、輪唱のように重なり合い、アシェルの理性を押し潰していく。

 鎧の意思がアシェルを飲み込もうとする。「力を使え。奪え。滅せ。」その命令の反響は、胸腔を震わせ、彼の血を沸かせた。


 身体は勝手に反応した。

 右手の甲の紋が灼けるように光り、紋から波紋のような痛みが全身に広がる。

 痛みは肉体だけではない。

 魂の筋が引き裂かれるように、芯から裂け、一本ずつ削ぎ落とされていく。そのたびに鎧の力が満ち、脈打つ。

 アシェルは声にならない叫びを上げ、地面に這いつくばってのたうち回る。

 肋の裏で何かが焼ける感触、視界の周縁が歪み、色彩が血の朱と煤の灰だけに染まっていく。


 頭の中では、数え切れぬ声が同時に叫んでいた。

 自らが滅ぼした者たちの断末魔、滅ぼした者たちの勝ち誇る咆哮、鎧が飲み込んだ命たちの怨嗟。

 どの声も彼に「戦え」「奪え」「お前の手で終わらせろ」と迫る。

 個々の声は時に優しく、時に暴虐に彼を諭し、時に嘲笑う。鎧の記憶が、彼の近親者の記憶と混ざり合い、現実と幻が判別不能になっていく。


 「やめろ……やめろ!」という理性の叫びが、遠く、かすかに鳴る。

 だがその叫びは次第に弱まり、代わりに燃えるような執着が胸を満たす。

 憎しみが粘土のようにまとわりつき、思考を歪め、時間感覚を奪う。

 彼は自分がどれほど叫んだか、どれほど時が経ったかも分からなかった。

 ただ、疼きが増し、刃が重く、世界が一点のために収斂していくのを感じる。


 やがて、鎧の意思の洪水に飲まれそうになったそのとき、アシェルの内側で何かが反抗した。

 幼い日の光景、母のひ弱な手、アリアの笑い、とても小さな温度。

 刃物のように鋭い憎悪の中に、かすかな温度が残っていた。

 アシェルは歯を噛みしめ、その温度を掴もうとした。

 理性ではない、信じるというより執着に近い行為だった。──ここで止めなければ、自分は完全に棄て去られる。

 ここで止めなければ、あの声たちの餌に成り果てる。


 彼は痛みそのものを受け入れることにした。

 声に従うのでも、声を否定するのでもない。ただ、痛みを道具として使い、——己の意思で刃を振るうために。

 掌で紋章を強く押さえ、吐き出すように吸い込む。

 叫びは嗄れ、のたうちまわる動きは次第に収束する。鎧の冷たさが骨に馴染み、裂かれる感覚は鈍くなっていった。


 その瞬間、荒々しい秩序が戻る。

 鎧の輪郭が身体に確実に馴染み、金属と肉の境界が一つの塊として機能を取り戻す。

 だがそれは救済ではない。得たのは「制御」という言葉に近い刹那的な均衡であり、代価として魂の断片が消えたことを意味していた。

 アシェルの瞳は濁り、そこには憎しみの燃えかすが灯っている。

 狂気と決意は紙一重、彼はもう以前の自分ではない。


 膝をついたまま、身体を震わせながらアシェルはやっと小さな声を漏らした。言葉は呟きにも満たないが、彼の中で決意を示す合図だった。


「……終わらせる。俺が……」


 声は風に消え、残ったのは鎧の浅い脈動と、彼の荒い呼吸だけだった。鎧は黒く、不気味に、彼を抱き締めるようにそこに在った。


 次の瞬間――鎧の表面に猛禽類の意匠が浮かび上がった。

 肩や胸には鋭い翼を思わせる紋様が走り、兜が変化していく。

 仮面はホルス神を思わせる鋭い形状へと変わり、その双眸が闇の中で妖しく輝いた。


 リィナはその光景に息を呑む。

 アシェルは重みに耐えながら、ゆっくりと顔を上げた。


 そこに立っていたのは、不気味な黒の守護者。

 世界を覆う災魔と新たな守護者との戦いが、今まさに始まろうとしていた。

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