選定の儀③
かずさは立ち尽くす他の候補者たちの間を縫い、わずかでも早くユズハのもとに駆け付けようと動き出していた。他の者が怖れ、動けない状況で、かずさだけはユズハを助けることだけを考えていた。
どうすればユズハは傷つかず、村にも迷惑をかけず、切り抜けられるか。
めぐみ子は神とユズハを一番近くで見て、ただただ動けずにいた。想像を絶するほどの恐怖が全身を巡る中、同時にどうしようもない怒りが込み上げてくる。 神に対してではない、ユズハに対してだ。明らかに、自分の感情ではないこの感情が神のものであることは間違いない。怒りの感情が徐々に大きくなっていく。この感情を声に出さずにはいられないほどに。
「こぉわっぱぁぁぁああああああっ!お主がしたこと許サれることではないゾォォオオオオ…!」
急に大声を出すめぐみ子に一同はこれが神の声であることを理解した。神の代弁者となっためぐみ子は正式に巫子になったのだ。
しかし、決してめでたい状況ではない。両手で髪を掻き、言語にならない言葉を発している。神の怒りの感情を制御できず、めぐみ子が飲み込まれかけている。
「うう…ぁあ…許されルと思うナ…許さん…あぁ......あぁあああああああああああっ」
めぐみ子の悲鳴が周囲に轟く。
明らかに異常なその姿にナオトは思わず駆け出したが、その腕をかずさが掴む。何故止めるのか、と振り向くナオトにかずさは十全たる意思を持った瞳で、声に出さずに言う。
『わたしがいく』
今までにない鬼気迫る気迫にナオトは気圧されつつ頷く。
ナオトの前にそのまま出て、神を見ながら、振るえる手をゆっくりと腰にまわし、小刀の柄を掴む。
かずさは今、自らしようとしてることを実行すれば、無事では済まないことを承知している。恐怖が全く無いといったら嘘だ。だが、ここでユズハが危険な目に遭うのを傍観することは出来ない。間違いなく一生後悔する。そのことだけはわかっていた。
ユズハの抱きしめたくなるようなまぶしい笑顔、大人になりたいと言った、優しいまなざし。笑顔で父親に抱かれる幼いユズハ。いつかの夕暮れに手を引いた小さな手。失ってはいけない。決して失わせない。
――必ず、守って見せるっ!
気づかれないように、顔は下にしながら、気配で神をしっかりと捉える。息をゆっくりと吐き、瞬間、手に持った小刀を大きく振り上げ、神に投げつけた。
飛んでいった刀は間違いなく神の中心部を貫いたが、そのまま通り抜け、後ろにある社の扉に突き刺さった。ダンッと刀が突き刺さった音だけが周囲に響く。
あまりに突然の出来事に、村人たちは何が起こったか一瞬理解できず、突き刺さった刀をしばらく見た後、刀が飛んできた方向を向く。全員の視線をよそに、かずさは自分がやったと言わんばかりに神の前へと歩み出る。
許しも無く顔を上げ歩き、あまつさえ刀を投げるなど無礼極まりない状況だ。あまりの出来事に誰もが呆けていた。
神の目の前に着いたかずさは右手を上げ、真正面から神を指差した。そして、大きく息を吸い込むとその場にいる全員が驚くほどの大声を上げた。
「さ、さっきから見てりゃ、小さい子が前に出たくらいで切れ散らかしてさっ!どんだけ心の狭い神様なんだっ。こんな神様が私たちの村の守り神なんてし、信じられないっ。恥ずかしいったりゃありゃしない!自分が偉いとでも思ってんのかもしれないけどさ、こんな小さな子に慈悲すら与えないなんて、ホント、ど、ど愚図な神だねっ。クソ神だよっ。悔しかったら私に何かしてみろってんだっ。わかったかっ!」
始終所々詰まりながらも、はっきりと神を罵倒した。良い慣れない言葉を大声で、しかもこの世界で一番言ってはいけない相手に言った。
かずさは肩で息をしながら、言ってしまった恐怖より、不思議とやってやったという充足感のほうがあった。恐ろしいことをしてしまった。けれどかずさに後悔は無い。
かずさがが行ったことがようやく理解できたのか、村人たちは青ざめ、何もできず、立ちすくんでいた。
神は瞬きをして、かずさを見つめると急速に、先ほどの倍の速さで膨張しだした。それに呼応するようにめぐみ子も動きを止めたかと思えば、頭を抱え言葉にならない言葉を叫び出した。
「ぎぃゃぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
村人たちは神のその異様さに後ずさり、離れていく。神の周囲に残るのはユズハとめぐみ子、そしてかずさと後ろにいるナオトだけだ。前巫子はかずさが前に出た瞬間どこかへ逃げて行った。
神は怒りのあまりか、空中へと飛び出し、空を上下左右に飛び回ったかと思えば遠くから二本の手のような触手を伸ばし、かずさはありえない力で縛られた。
「っつ!ガァああ」
元から逃げるつもりなど無く覚悟していたかずさだが、不意に今までに感じた事のない圧で全身を縛られ、意識が飛びかける。かずさだからまだこの程度で済んでいるが、常人なら内臓ごと潰されていただろう。
薄れいく視界の中で、かずさはユズハに目を向け、優しく微笑んだ。
――瞬間。かずさが黒い霧の中に消えた。
黒い霧は肥大化した神だったが、もう視界で全体をとらえきれないほど膨張していた。かずさを取り込んだ神はしばらくの間とどまり、やがて、かずさが吐き出されたかと思うと黒霧は消え去ってしまった。
地面にはうつ伏せで倒れているかずさだけが残されている。
村人たちは遠目から様子を窺っていたが、その村人たちをかき分け一人の白髪の男がかずさの下へと駆け寄っていった。強靭な体躯を持つその大男――ノエルはかずさを抱き、必死に呼びかける。ナオトもはっとしてめぐみ子の下へ駆けだす。他の村人たちも恐る恐る広場へと戻ってくる。
先ほどまで叫び続けていためぐみ子はうつろな目で空を見ていた。駆け寄ったナオトが声をかける。
「おい!大丈夫かめぐみ子。おいッ」
呼ばれためぐみ子は首をゆっくりとナオトに向けそのあとに村人たちにも目を向けた。その瞳には誰も映っていないようで、金の瞳がらんらんと光っている。
「コの者は私ニ無礼を働いタ。万死に値スる。しかシ、私ハ寛大な神ダ。我が子の命までは取ラないでおコう。シかし、命ノ次にこの者ノ大事なモノを奪ってやろウ。ある意味、死ヨリも苦しムかもしレンな…ッハハッハハはははハハハッ」
その言葉を聞いたノエルがかずさを抱えながら怒気を孕んだ声で叫ぶ。
「この子に何をしたっ!」
「ハハっ……異国カラ来た者ヨ…ソナタも愛すルわしノ子じゃ。教えてやろウ……コノ者の記憶ヲ、一年後ニすべて消えるようにしタッ!これまでノ事も、愛スル者たちの事モ、こやつ自身の事モすべて忘レル呪イじゃ。せいぜい苦しンデ自分の死を待つコトになるジャろうのう…ふふハハははっ」
めぐみ子の顔をした神は口角を上げ歪んだ顔で笑う。
ノエルの抱える手に力が入る。
「…くそっ…」
苦虫をつぶしたような顔で言葉を吐く。
めぐみ子は笑い続けていたが、やがてふっと笑いを止めたかと思うと、意識を失いその場に倒れた。
ナオトは慌ててめぐみ子を支える。意識はないが落ち着いた呼吸をしているめぐみ子を確認して神がいなくなったのかと安堵の息を吐く。
だがナオトの胸には何もできなかった自分への苦い思いが広がっていた。
一応神の設定はあるけどそれは、まあ、今後の展開には出てこないかな~