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選定の儀②


 誰もが期待と不安の中、巫子の言葉に耳を傾ける。

「――めぐみ子ぉ」

 発表されてすぐ一同は緊張からか何の反応もせず、沈黙が流れる。しばらくしてちらほら拍手が起こる。 それぞれが安堵や失望の気持ちを心に秘めながらも神によってこの村の次代の巫子が決まったことに賛辞を贈る。頭を垂れたままの拍手は不格好であるものの、号令がかかるまで上げるわけにはいかない。

 少しずつ事態を受け入れた大多数の人々の心情は安堵の気持ちが大きい。畏ろしい存在とこの先五十年間共に過ごす覚悟など、そうそう持てるはずが無いのだから。

 かずさはそんな大多数ではなく、自分が選ばれなかった事を残念には思ったが、それよりも巫子になりたくないといっためぐみ子が心配だった。気になって視線だけ左隣のめぐみ子に向ける。

 全身から汗がにじみ出し、明らかに震えている。それでも拍手だけはしようと思ったのか両手を胸の前まで持って来ているが、そこから先動かせないようだった。

 血の気が引いた顔からは目が見開いていてかずさが今まで見たことのないおびえた表情をしている。

何か、何か声をかけないと――。

 しかしかずさにはどう声をかければ良いのかわからなかった。「おめでとう」「めぐみ子なら大丈夫だよ」「私が守るよ」。思いつく言葉はどれも軽い。どうすればめぐみ子を安心させられるのか、どうすれば――

 左から伸びた手がめぐみ子の手を掴んだ。めぐみ子の左隣にいたナオトは強く強くめぐみ子の手を握っていた。祭事中のため大きな行動は出来ないが、ナオトなりの精一杯の優しさだ。

 めぐみ子はその手の温かさにほんの少し安堵したのか、目から涙がこぼれそうになる。何か言葉をかけようかと考えていたかずさも、ナオトの行動に面食らったと同時に今はこれしか出来ないと、めぐみ子の空いた右手を左手で優しく包み込む。

 かずさの温かい手のぬくもりを感じためぐみ子はこの時は涙を堪えられなかった。目だけでめぐみ子を見ながら頷くかずさ。

――一人じゃない。

 ナオトもめぐみ子もそう伝えんばかりにめぐみ子の手を強く握った。



 巫子が再び声を上げる。

「次代の巫子めぐみ子。面を上げ、前へ」

さらに数滴、地表に涙がこぼれる。下唇を噛み、必死に涙を堪えながらめぐみ子は前を向いた。いつの間にかめぐみ子の手は温かくなっていた。

「……はいっ」

 めぐみ子は二人の手を最後にぎゅっと強く握り返してから手を離し、ゆっくりと前へ進み出る。

 送り出したかずさとナオトは地面に視線を向けたまま、儀式が何事もなく終わることを願った。

 めぐみ子は神と巫子の前に立つと、巫子の指示に従い、頭を垂れ地に膝を着く。

 巫子がめぐみ子の額に手を当て、瞼を閉じ沈黙する。それと同時に神から触手が伸び、手の形になったものが巫子の手の上に重なった。

 周囲の森がざわめき出し、ゴーという音が周囲を覆う。

 異様な気配が周囲を駆け巡る中、巫子が声を張り上げる。 

「今、この時を持って、めぐみ子が新しき巫子となるっ」

――瞬間、強い突風が人々の間を通り抜けた。一瞬の予期せぬ突風によろめく大人たち。

 落ち葉や小枝、小石などが人々の顔をかすめ、擦り傷をつける。一同顔を腕や手でかばったり、服がめくれないように抑えたりしている。

 儀式中顔を上げてはいけなかったが、予期しない事態に焦った村人たちは顔を上げる者もおり、少しざわついている。

 かずさも風が吹きつけた一瞬顔を上げてしまっていた。目に砂が入り、涙がにじむ中、ふと視界に一人の少女が映った。横にいた母であろう女性の手を振りほどき、周囲の村人の輪から離れ、能力者たちがいる中央へ駆けていく。少女はおかっぱ髪に愛らしい顔をしたかずさの良く知る顔だった。

 「ユズハッ」

 突然の出来事に母親が名を呼ぶが、ユズハは足を止めない。

 落ち着きだした周囲もユズハが中に走っていく様子を驚きながら見ている。止めようとする者もいたが、この場で巫子候補以外が神に近づくことを許されていないため、中に入る前に他の者に止められている。

 ユズハは能力者たちを掻き分けそのまま一直線に神がいる方へ走っていく。能力者達の中へと入り込んでも周囲の者たちは俯いたままで、気にする様子もない。

 運悪く真逆の位置にいるため、かずさは大きな動きが取れない。

 誰の制止も受けないまま、ユズハはとうとうめぐみ子と巫子、そして神の目の前に着いてしまった。ユズハは息を切らせながらそのまま膝を曲げ、何かを拾った。

 手には桜を模ったいつもの髪飾りがある。先ほどの突風で風に飛ばされてきたのだろう。しかし、場所が悪かった。

 両手で大事そうに髪飾りを握りしめ、ほっと一息つきながら顔を上げたユズハの前には目を剥いた巫子と恐怖で開いた口が塞がらないめぐみ子がいた。

 そして、自分に一番近い存在に目を向けた瞬間、ユズハは動けなくなってしまった。

 今まで何故気がつかなかったのか。恐ろしく歪んだ圧倒的な存在に息をすることも忘れてしまう。全身から汗が吹き出し、かろうじて吐く息もヒューヒューという音がするだけで、上手く息ができない。

 この切り抜けようの無い絶望的な状況にその場にいる誰もが少女の死を覚悟した。儀式の大詰めで無能力者の少女が断り無く神の前で頭も下げず、見上げている。神にとってこれ以上なく不敬な事であろう。誰もがユズハの未来を諦めた。

 ユズハを追って中に入ろうとしたユズハの母親は周囲の制止に必死にあらがっていたが、やがて周りが凍り付いたように動かなくなったのを不思議に思い、ユズハの方向を見る。

 我が子の絶望的な状況を目にし、口を押さえその場に崩れ落ちた。

 もう無理だ。ユズハは神の不敬を買った。助からないだろう。絶望的だ。かわいそうに。村人たちは各々に諦めを抱き、ユズハを哀れんだ。

 再び月が雲に隠れ、闇が深まる。どれくらいの沈黙が流れただろう。突然神が痙攣し始め、ボコボコと球体の身をあちこち伸ばしながら瞬く間に肥大化していった。元の三倍ほどの大きさになった神の中心部にはいつの間にか大きな瞳ができていた。大きな目玉にも見えるその姿に村人たちはさらに恐れ、巫子までもが後ずさっていた。

 「あ…ぁ…」

 ただただその大きな瞳を見つめ動くことも出来ず、かつてない恐怖に捕らわれたユズハの手から髪飾りがすべり落ちた。


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