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選定の儀①

 巫子選定の日。陽が沈み、村に闇と静寂の世界が訪れる。静けさに満ちた夜空には満月が浮かび、無数の星々が輝いている。冷たい風が大地を吹き抜け雲を運び、時折月を隠す。

 村人たちは北側にある社の前に集まっている。大きくはないが、民家とは違い装飾も豪奢な木造のこの社は、村の神事が行われる場所である。神の御神体のようなものは何も祀られていないが、巫子が住処とし、社の管理を行っている。

 選定の儀自体は二十歳以下の若い能力者達と今代の巫子で行われる。実際に儀式に参加しない村人たちは能力者たちの後ろで見守っている。

 ノエルはかずさが家から出る時、後で来ると言い、家で別の仕事をしていた。ノエルは村の催事にあまり出たがらない。自分がこの村の出身では無いから気を使っているようだと他の村人たちは言っていた。

 二十人ほどしかいない能力者達の中にかずさはいた。

 周囲の村人の中にユズハと母親が見えた。ユズハは今日もお気に入りの桜の髪飾りをつけている。おーい、と大きく手を振るかずさに気づいたユズハも恥ずかし気に手を振り返す。

 いつも通りあっけらかんとしているかずさの横で、めぐみ子は不安そうな表情で立っている。その横にナオトが俺が守るっと言いたげな表情で謎の覇気に満ちた表情でいた。

 かずさは明らかに緊張しているめぐみ子が心配になり、声をかける。

「大丈夫だよ。めぐみ子。私が絶対なってみせるから、心配いらないよ!」

へへっと無邪気に笑うかずさに、めぐみ子は緊張がほどけたのか、少し安堵した表情をした。

「ありがとう、かずさ」

「うん」


 突然、村人たちが騒ぎ始める。ナオトが張り詰めた声で言った。

「始まるぞ」


 唐突にどこからか笛が鳴りす。社の周囲の森から聞こえるその音は徐々に近づいてくる。森の奥からぼんやりと二つの灯りが浮かび上がり、ゆったりとこちらに近づいてくる。

 時折追い打ちをかけるように打ち鳴らされる太鼓の音がかずさたちの心音を速める。

 二つの明かりを持った一行が森を抜け、いよいよ社の前にやってきた。儀式の衣装に身を包んだ二人の壮年の男女が松明を持ち、その後ろに腰の曲がった老婆が杖を支えに歩いている。さらに後から笛と太鼓の奏者が続く。

 老婆は今代の巫子であり、今回の選定の儀を取り仕切る。山茶花さざんかの赤い花の刺繍が施された純白の着物を纏い、金色の帯でしめている。白髪もまた豪奢な金のかんざしで一つにまとめ、耳や首には金剛石をふんだんに使った装飾品がきらびやかに光る。歳は今年で七十とだいぶ歳をとっているはずだが、皺だらけの顔には最後の勤めへの使命感が表れ、凛々しいい顔つきをしている。まっすぐと前を見る瞳には能力者の深緑の瞳が光る。

 社の前に着いた一行は巫子を残しそれぞれ左右にはけていく。一人残った巫子は候補者の能力者たちに向き、言葉をかける。

「皆の衆。今夜、次代の巫子を決める。皆も聞いておろうが、おぬし等はこの儀で、することは何もない。ただ神に頭をたれ、神への忠誠を誓うのみじゃ。五十年に一度の最も重大な祭事じゃ。心して挑むように」

 挑むも何もじっとしておくだけなのか、と拍子抜けしたかずさだが、巫子は続けて先ほどより大きな声で皆を傾注させ、静かに、しかしはっきりとした声で発した。

「そして…これが最も大事なのじゃが……くれぐれも神に無礼を働くでないぞ」

 その場にいた全員が息を呑む。そうだ、神は能力という素晴らしい恩恵を与える素晴らしい存在であると同時に、一度怒りを買えば災害が起こり、多くの犠牲が出ることもある。心してかからねばならい。

「では、始める」

 巫子の号令の後、松明を持っていた男女が用意してあった水桶に松明を浸け、火を消した。辺りは闇夜に包まれ、月明かりがほのかに辺りを照らす。巫子の純白の装束だけが暗闇で浮いている。

 巫子は社に向き直り地に膝を着くとひれ伏した態勢でうやうやしく呼びかける。

「おお、神よ。われらに大いなる恩恵を与えしこの地の神よ。われらの呼びかけに答え、この地に新しき巫子を授け給え」

 かずさたちは膝をつきはしないが、頭だけ下げる形でその場にとどまる。この場にいる皆が頭をたれ、草木を揺らす風の音だけが周囲に聞こえる。

 かずさはいよいよだ、と期待に胸を膨らませつつも隣にいるめぐみ子が怖がってはいないか心配になり、ちらりと見る。

 意外にもめぐみ子は緊張しつつも落ち着いた様子である。杞憂だったかとかずさは儀式に集中しようとするが、ふとあることに気づく。

 めぐみ子の手をナオトがしっかり握っていたのだ。しかもめぐみ子の方が明らかに強くナオトの手を握っている。幼なじみ二人の予測しなかった行動にかずさはとっさに目をそらしてしまった。

 なるほどそういうことか、と納得したかずさだったが、当人たちよりもかずさの方が何故かドギドキしてしまう。やるじゃないかナオト、と感心しつつ儀式後に質問攻めにしようと決めた。

 予想外な事はあったが、一度大きな深呼吸をした後、落ち着きを取り戻したかずさは再び儀式に集中する。

 風が強くなり、雲が次から次に押し流されていく。やがてかずさたちを照らしていた満月が雲で陰りはじめ、あたりが暗闇に包まれた。

 いつの間にか、先ほどまで聞こえていた風の音も梟の鳴き声も虫の音すら聞こえなくなり異様な静けさが場を包む。


ギギッギー......

 無機質な、ゆっくりと社の扉が開く音が不気味に響き渡る。

 誰かの息を呑む音が聞こえる。


 ――瞬間、この場にいる全員が今まで経験したことの無い、とてつもなく大きく異質な存在を感じた。本能的に危険を感じた身体が固まる。

 身じろぎすることも、息をすることさえはばかられる。圧倒的な存在感。この畏怖そのものこそが神だと、誰もが認識すると同時に確信した。

 神とは紛れもなく畏ろしい存在であることを。

 静寂の中、心臓の音だけが異様に大きく聞こえる。

 かずさもまた初めて感じる神の存在に畏れを感じ手に汗を握る。顔は上げられないため実体を見ることは出来ないが、息を潜め気配で存在を探る。

 神はゆっくりと社の階段を降り、巫子の目の前に移動した。

 もちろん足音など聞こえない。

 巫子が張り詰めた声で発する。

「我らが神よ。我らが前に顕現していただき、厚く御礼申し上げまする。さあ次代の巫子をお決めくだされ」


 神は返事などしないが巫子とだけは意思の疎通が出来る。巫子の意思を汲み取ってか、神はゆっくりとかずさたち能力者の前へ移動してきた。

 異様な存在はかずさたちの頭上ほどの高さを浮きながら能力者達の周囲をゆっくりと移動し始める。


 ――どのくらいの時間がたっただろうか。神が廻り始めてからおそらく五分も経っていない。しかしその場にいる誰もが永遠にも似た時間を感じた。

 神は再び巫子の前へと移動し動きを止めた。しばらく巫子の前に留まり、何やら巫子と交信しているようだ。次の巫子が決まったのだろうか。

 

巫子は神からの意思を受け取ったのか、一度うなずく。大きく息を吸い、次代の巫子を担う者の名を告げる。

「今、神の思し召しが示されたっ!次代の巫子は――」




プロローグはほんと、文字通り、前日譚なのです。

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