日常④ かずさとめぐみ子
帰り道、かずさはめぐみ子と歩いていた。
山陰に入りかけた陽がかずさたちを赤く照らしている。二人以外誰もいない田んぼ道に秋の虫が寂し気に鳴いている。
別方向に帰るナオトとは先ほど別れ、二人でゆっくり話しながら帰る。
「それでかずさがその首飾りをしているのね。てっきり気になる人とかできてお洒落してるのかと思ったわ」
「いやいや、あり得んあり得ん。私はまだまだ修行中の身だし、第一そういったことはまだ早い」
腕を組んで隣を歩く親友に、この子もう何歳だと思ってるのかしら、と苦笑いを浮かべながらめぐみ子は話を続ける。
「でも私たちはもう十五。そろそろ旦那でも取って家族を作ってもおかしくない歳だわ。いつまでもそんなこと言っていられない…。…巫子になれば話は別なんでしょうけど…」
「巫子ねー。選定の儀まであと一週間ちょっとだっけ。なれたら結婚もしなくていいし、村を守るお勤めもできるし一石二鳥だよね」
巫子になれば結婚する必要がなくなる。厳密にいえば、神から“愛される”存在になるため結婚できない。 巫子の結婚は神の嫉妬を買う可能性があるからだ。 実際、過去に巫子と村人の結婚後、天災による犠牲者が出た事例がある。そのため巫子の硬い掟の一つとなっている。
「かずさ…不安じゃないの」
先ほどまで左隣で歩いていためぐみ子が後ろで止まっている。どうしたのかとかずさは振り返りめぐみ子の顔を見る。
「自分の家族を持てないのよ。巫子になれば村のために自分だけが神様に捧げられるの。村の皆は名誉なことだって言うけれど、本当にそうかしら…」
声音は震え、今まで見た事のない悲痛な表情をする親友にかずさは驚く。
「めぐみ子…」
この村は自分を育ててきてくれた場所だ。巫子として神との橋渡し役を立派にこなせば、村を守ることもできるし、婚儀等の一般的なしがらみからも除外される。
自分は家族なんて持つ必要もないし、それをしたいとも思わない。どんな存在になろうとも村を守れるのならそれがかずさにとっての幸せだと心からそう思っている。
しかし、めぐみ子の表情からはただただ不安だけがあふれている。自分では考えもしなかっためぐみ子の気持ちを知り、幼い頃からの親友の気持ちを理解していなかった自分を不甲斐なく感じた。
かずさは今にも泣きだしそうなめぐみ子をそっと抱きしめる。
「大丈夫だよめぐみ子。私が絶対巫子になる。こんなに望んでんだもん。なりたくない人よりか、絶対なりたいっていう腕っぷしが強い子を選ぶに決まってるよ」
「っ…かずさがなるのも嫌だよ……。それに腕っぷし関係ないじゃん…」
弱々しいツッコミを入れながら、めぐみ子はかずさの肩に顔を埋める。ははッと笑いながら幼い子をあやすように、かずさはゆっくりめぐみ子の頭を撫でた。
「よしよし」
確かに、めぐみ子ほどではないが巫子選定の儀において不安が無いと言えば嘘になる。それでもかずさは今まで通りの平穏で幸せな日々を信じて疑わない。 この村で皆と笑って、歳をとって、皆に見守られながら死んでいく。そういう日々をかずさは信じて疑わない。
しばらくして、めぐみ子はかずさから顔を離し、袂から出した手拭いで目元を拭いて、いつも通りほほ笑んだ。
「ありがとうかずさ。少しだけ楽になったわ。行きましょうか」
張れた目元は赤くなっているものの、いつも通りの笑顔に戻っていた。めぐみ子は何事もなかったようにすたすたと歩いていく。
「え、ちょっと待ってよ、めぐみ子っ。立ち直り早いー」
二人は夕陽を背に帰っていった。
かずさたちがいた野草の葉の上にはめぐみ子の涙が落ちていた。水滴は葉の表から葉脈に浸透していき、またたく間に葉は枯れていった。