別れ③
かずさは社へと続く200段の階段を駆け上がる。 たどり着いた社の前両端には例によって槍を持った二人の守り人がいる。見知った顔かもしれないが、仮面をつけているため誰かはわからない。
かずさは特に気にせず、守り人の横を通り過ぎようとする。
「待て」
かずさの目の前で槍を交差され、強制的に止められる。
急に出てきた槍にのけぞりながらかずさは守り人に懇願する。
「わ、私かずさと申します。巫子様への取次ぎをお願い致します」
守り人二人は互いを見てうなずき、一人の守り人が社の階段を上り、扉の前で何やら話している。話が付いたのか、上から入室の許可が出た。
槍の警戒を解かれ、一足飛びで階段を上ると、中から前の老婆とは別の若い侍女が扉を開けて出てきた。
「お入りください」
気の弱そうな侍女はか細い声でかずさを中に招き入れた。
床に座って待っていると、御簾の奥から人影が出てきた。
「かずさっ!昨日の今日で会えるとは思わなかったわ。昨日は、本当にごめんなさい…」
落ち込んでいるような声音に、かずさは明るく返す。
「気にしないで。むしろ事の重大さがわかって感謝してるくらいだよ。ありがとうめぐみ子」
御簾ごしに安堵している様がわかった。緊張がほどけたのかめぐみ子は明るく話し出す。
「ふふ。あなたにあんなに声を張り上げたのはいつぶりかしら。かずさは覚えてる?あなたが昔森で危ないキノコを食べた時の事…」
かずさはばつの悪そうな顔をして顔を掻く。
「そんなことも…あった…かなぁ」
思いきり言葉をにごす。めぐみ子は見透かしたように言う。
「しらばっくれても無駄よ。昔ナオトと三人で山に行ったとき、珍しいキノコだーなんて言って、あなたそのまま食べて、血を吐いたのよ?あなたがいくら丈夫だからって、あんなに口から血を吐いちゃったら死ぬかもしれないって、ナオトと二人ですごく心配したんだから」
確かにその時の記憶はある。7歳くらいの時だ。好奇心に身を任せてキノコを食べてしまったかずさは吐血しすぎて、さすがに危険を感じたが、何もできずそのまま気を失ったのだ。家で目を覚ますと傍にいた無表情のノエルや心配そうな幼馴染ふたりがいたのを思い出す。
「あなたが目を覚ますと、あまりにものんきなことをいうものだから、私こんなに心配したのにって腹が立って、あなたをぶったのだったわね。ふふ、いい思い出ね」
起き上がって早々かずさは、なんで皆しんこくそうなかおしてるの、と言ってしまった。その言葉でめぐみ子の堪忍袋の緒が切れた。あの時のめぐみ子はおっかなかった。普段静かでおっとりしためぐみ子が声を荒げて、怒ったのだ。その怖さか心配をかけた申し訳なさか、かずさも泣き出し、二人で抱き合った。
「はは、あの時のめぐみ子はおっかなかったなぁ」
二人の大切な思い出だ。かずさは頭の中でめぐみ子と過ごした思い出を反芻する。
思い出が大切だからこそ、かずさは自分のエゴを通したかった。
「ねぇ、めぐみ子。私、明日この村を出る」
笑っていためぐみ子の動きが止まった。
「え…」
「私このままここで自分自身が消えていくのを待ちたくない。最後はこの村の、皆が知ってるかずさとして別れたいの」
静かに語るかずさ。
慌てためぐみ子が御簾から飛び出してきてかずさに抱き着く。横で控えていた侍女は御簾からめぐみ子が出たことにわたわたと慌てているが、それ以上何もしようとしない。
白い巫女の衣装にいつもの赤いリボンで髪をまとめている。黄蘗色の美しい瞳が潤む。笑顔が美しい子なのに泣かしてばっかりだなとかずさは反省する。
「どうして…」
めぐみ子はかずさの袖を握る。
「私、皆が私のせいで悲しむのを見ながら過ごすのは耐えられない。記憶を失っても、私の身体は残るけど、それはたぶん、もう私じゃないでしょ?わがままかもしれないけど、私は私のままこの村から消えたいんだ。ごめんね。でも…お願い」
「お願いって…そんなの。待って、私が巫子の力で呪いを解除して見せるからっ。だから、一緒にいよう?大丈夫、私できるよ…」
めぐみ子のかずさの裾を握る手に力が入る。
「私、儀式の時のこと、あの時私がもっとしっかりしていればって、神様の怒りをおさめられたんじゃないかって…ずっと、ずっと後悔してて…だから、今度は私にかずさを助けさせてよ…」
かずさは困った顔をして、左手でかずさの頬に触れ、めぐみ子を見つめる。
「そう言ってめぐみ子は自分を追い込んじゃうでしょ。私のためを思ってくれてること、すごく嬉しい。だけど、私もめぐみ子をこれ以上追い詰めたくないんだ。だから離れる。それに、この村の神から離れたら呪い解除されるかもしれないし」
「そんなのっ…わかんないでしょ…」
「そうだね…」
かずさはめぐみ子の宝石のような瞳からあふれる涙を指で拭う。そして目の前で精いっぱいの笑顔で言う。
「めぐみ子、大好きだよ。今まで本当にありがとう」
かずさの心からの言葉に、めぐみ子も声を詰まらせながら答える。
「…っ…そ、そんなの…私もぉ…大好きだよぉ…」
かずさの蒼い瞳からも涙が流れる。
大好きな親友との時間を一生忘れない。忘れたくない。
抱きしめ合う二人は存分に泣き続け、親友との最後の時間を惜しんだ。
かずさの別れの物語の残すところあと一話です。
最後までお付き合いいただけると幸いです。
最終話は明日、金曜日の21時半頃投稿予定です。
よろしくお願い致します。




