幼馴染②
風が冷たい。体温が下がるのを感じたかずさはさすがにこのままではまずい、と移動することにした。
「めぐみ子、このままじゃ風邪ひいちゃうから中に入るよ」
そういうと、抱き着いて離さないめぐみ子を持ち上げ、そのまま階段を登っていく。抱きかかえられためぐみ子は特に動じず、されるがままだ。
涙目でこちらを見ていたナオトも慌ててかずさの傍に行き両手を突き出す。めぐみ子をこちらに渡せと言う意味らしいが、かずさはとぼけて小首を傾けずんずんと社の中へと入っていった。
中に入ると、そこには人と巫子との領域が完全に区別された空間が広がっている。奥の巫子が座る場所から半分までは天井から壁からあらゆる場所に金の装飾が施されており、対する手前の謁見者側は装飾など一切なく、木造の造りがそこにあるだけである。
真ん中を境に二つの空間が綺麗に分けられており、上座は巫子以外の立ち入りを許さないといった造りになっている。
巫子が座る奥の上段にはこれまた豪奢な御簾があり、はっきりとは見えないが小棚やひざ掛けなど、様々な調度品がある。本来ならめぐみ子はここに鎮座するべきなのだが、かずさが上段に上りめぐみ子を置いてくるわけにはいかない。
「めぐみ子~そろそろ降りてくれると嬉しいな-」
かずさが促すと、う〜、とぐずりながら足を下ろして立ってくれた。
ようやく正面から顔を見ることができたかずさは笑う。
「とりあえず、めぐみ子が無事でよかった。ユズハも元気だったし…。皆に被害が無くて本当によかった」
優しい言葉に、めぐみ子はまた泣き出そうとする。
「君も無事でよかったね、ナオト。まぁ、君にしてはよくめぐみ子を守ってくれたよ」
挑発的な言い方だが、ちゃっかりついてきたナオトにもとりあえず労いの言葉を送っておく。
コイツ…と一瞬拳を握るナオトをよそに、かずさはずっと気になっていたことを話す。
「ねぇ、二人とも。私はどうなるんだい?」
いい結果ではないと分かっているから、笑顔で、あえて茶化した言い方ををする。
二人は、はっとした顔をしてかずさから視線を外し、口を開かない。
「ねぇ、教えてよ、二人とも」
かずさはめぐみ子の震える手を握りながら、めぐみ子を見つめ、ナオトにも視線を向ける。
かずさと目が合ったナオトは一瞬ためらったが、かずさの強い瞳に気圧され、ゆっくりと重い口を開けた。
「お前は神から呪われたんだ。…一年後お前はお前自身のすべての記憶を失う」
聞いたかずさは、思ったより寛大な神の対応に拍子抜けした。
「そっか。死なないなら、まあ、大丈夫だね」
その言葉にすかさずめぐみ子はかずさの両肩を掴んで叫ぶ。
「そっかじゃないでしょ!かずさ、私たちのこと忘れてもいいの?!ユズハのことも、ノエルさんのことだって、ぜーんぶ忘れるってことだよ?!今までこの村で過ごしてきたこと全部忘れて、今のかずさは何処にもいなくなっちゃうんだよ?!」
普段声を荒げない親友の悲痛な声と必死な形相。
それは自分が置かれている状況の真の恐ろしさを自覚させた。
一年後もかずさは生きている。しかし、それは本当にかずさなのだろうか。
身体的には紛れもない本人だろう。しかし、それは本当に村で過ごしてきたかずさと同一の存在なのだろうか。
一年後には自分が何者なのかすらわからなくなる。すべての記憶を失ったその存在は、はたして何者なのだろう。
かずさはことの重大さがわかったと同時にこれまで感じたことのないショックを受ける。
「そ、うだね。そっか…。わかった…二人とも急にごめんね。もう、帰るね」
かずさは作り笑いを浮かべ、力なく立ち上がり社の扉を開け外に出る。
「かずさ?!」
めぐみ子が止めようとするが、肩に手を掛けナオトがそれを静止した。
「あいつには今考える時間が必要だ」
めぐみ子は不安そうにかずさが出て行った扉を見つめた。
外はもうすっかり夜になっていた。月明かりが夜道を照らす。しばらく、先ほどのめぐみ子の言葉を反すうしながら歩いていたかずさたったが、徐々に歩く足は早くなり、気づけば駆け出していた。夜の闇は昨夜の恐怖を思い起こさせる。
――この世から今の『私』という存在は消えてしまう。
呪いの怖れを振り切るように、かずさは家まで駆けて行った。
記憶を失うって、物語でよくありますけど、改めて考えると恐ろしくありませんか?自己の存在の喪失であり、失ったあとの存在が自分の存在になり替わる、みたいな気持ちにもなって、昔の自分は忘れ去られてしまうんじゃないか、とか。想像なんですけど。




