旅の記録1 「ニート系魔術師参上!←えぇ!?本に埋もれてますよ!?」
イージス・ユートピアと兼任で書いていこうと思っております。
『全ての時空、時間は〝運命〟によって成り立っている──』
『未来は我が元にあり』から引用。
著者:クレステット・ワルツ
茹だるような暑さだった。
この暑さは尋常ではない。恐らく『灼熱』フィールド効果が適用されているのだろう。
でなければ11月という冬真っ只中なのにも関わらず、真夏と変わらない暑さを誇っている現状を説明できない。
黒のマントと白のシャツ、そして黒のミニスカートという夏にも冬にも対応できる軽装備で来てよかったと思っている青セミロングの少女 ミサは荒野を駆け抜けていた。
「あともう少し……!」
一刻も早くこの場から脱出しなくてはならない。
そう決心してから30分が経過し、ようやく目的地である『ウィザードⅡI』と呼称されている街が見えてきた。
この地帯には『ウィザード』の名で設定されている街が3つあり、それぞれ『Ⅰ~III』までの番号で区別されている。
ミサが目指しているのは『ウィザードIII』で、そこに探している人がいるはずなのだ。
しかし、それにしても──。
「しつこい」
後ろを振り返れば嫌でも目に入ってくる黒装束の『忍者』集団。
まだ返済期日まで2時間はあるはずなのに、何故こうもせっかちなのか。
しかしだからといって立ち止まり、戦闘を行う訳にもいかない。
ここで時間を浪費してしまえば、ミサの『目的』が達成されない可能性が出てくるからだ。
どうにかして振り切ろうと試行錯誤していたその時──。
「ぐあぁッ!?」
追いかけ回していた連中が1人残らず消えた。
いや、正確には消えたというより落ちたというべきか。
地面には至る所に穴が生成されており、その最奥で忍者どもが呻きながら悶えていた。
そして──。
「よっしゃあああ!!!『落とし穴生成魔術』完成だあああ!!!」
茂みの陰から突然、銀髪で眼鏡をかけている男が飛び出して叫んだ。
「やっぱここだと人通るから実験しやすいよなぁ。……といけねえ。大丈夫でしたか、お嬢さん?僕が来たからにはもう安心でえぇぇ!!!」
急に優男風なスタイルを醸し出しながら近寄ってきた男は自ら作ったものであろう落とし穴に吸い込まれ、叫び声を上げながら落下した。
……………………なんだったんだろう、一体。
謎の落とし穴男に助けられたらしいミサは、『ウィザードIII』に無事到着した。
中世の雰囲気が色濃く残る街並み。『マジックポーションショップ【レジル】』、『魔術本屋【レーフィ】〝現在、在庫処分のためセール中!〟』などと看板が掲げられた店がそこらじゅうにある。
そう、この街は『魔術師』における拠点で、尚且つ最大にして最高の都市なのだ。
そのため自分のような刀剣類を主に扱うプレイヤーはこの地では『忌むべき対象』として認知されており、そもそも専門の観光ガイドを連れていなければ入ることすら許されない。
ならば何故自分は入れたのか。
それは砂漠を横断する前からメインアームを装備一覧から外し、格好を魔術師と遜色ないくらいの軽装備へ変えたからだ。
もちろん長続きはしないだろう。急ぐ必要がある。
噂でしか聞いたことのなかった世界最高の魔術師を見つけるために──。
「確か裏路地に……」
ミサが根を張って生きているこの仮想世界『イージス・ユートピア』上のウワサや、現実世界でのネット情報によると、件の魔術師は人気のない路地にマイホームを構えているらしい。
しかし明確な場所までは分からず、更には予想以上に『ウィザードIII』の規模が大きかったため、訪れる前までは楽勝だろうと思い込んでいたミサの心は絶望の淵に追いやられていた。
取り敢えず探すしかない。
といっても、そう都合よく見つかるはずが───。
あった。ていうか、初回で見つけてしまった。
何かのスキルやアビリティを使ったかと言われればそうではなく、思い切り『勘』のみで探し当てたため、当の本人も驚いている有様である。
そんな気持ちのまま壁に埋め込まれていたドアと、その横に貼られている『クレステット・ワルツ』というネームプレートを確認し、ミサは息を呑んでドアを開けた。
「し、失礼しま~す」
部屋全体に轟くほどの声量ではないため聞こえているかは不明だが、ひとまず足を踏み入れることにした。
雰囲気は暗く、ジメジメとした湿気が肌に伝わり居心地が悪い。
本当にこんなところに世界最高峰の魔術師がいるのか?
構造も無数に乱立している本棚のせいで迷路のような仕上がりになっており、しかも置くスペースが無さすぎて魔術によって本を宙に浮かせているという有様だ。
もしこれで噂通りの人物じゃなかったら部屋を焼き払ってから立ち去ろうと不意に思っていた矢先───。
目を疑う光景を目撃した。
人が、本の中に埋もれている。
完全に沈んでいるわけではなく、正確には手だけが微かにはみ出ている状態だ。
予想外すぎて数秒間硬直してしまったミサだが、正気を取り戻してすぐさま手を掴んで引っ張り上げた。
このまま放置していては『窒息ペナルティ』によって死亡してしまう。
見知らぬ人の手を取るなど普段は絶対にしないことではあるも、今回だけは致し方なしだ。
手に力を込め、腕を伸ばして強く引き上げる。
「重……!」
本といえど流石に30冊以上の書籍が連立して重なっていればかなりの握力を有する。
ミサは負けじと体を反らし、見ず知らずの人間のために全身の体重をかけてようやく対象を救出した。
勢い余って尻もちをついてしまったミサだが、成功したことを目にするとすぐさま対象に駆け寄り、身体を揺さぶって声をかけた。
「だ、大丈夫ですか!?」
容姿は銀色の長髪に、ヒビの入っている眼鏡をかけた男。
そしてもし並び立つなら、この男の前では自分など半分にも満たないであろうと実感するほど背が高い。
しばらくすると男は唸りながらゆっくりと目を開け、目の前にいるミサに気がついた。
「君はだれ……?というか、なんで僕は寝転がっているのかな?」
「あの……」
「いや待って!ちょっと時間を頂戴!」
男は体勢を維持したまま辺りを見渡して周囲の状況を分析し始めた。
「なるほど。君はあの本の山から僕を助けてくれたのか。そういえば捜し物をしていたら、『浮遊持続期間』が過ぎてしまった本が大量に落ちてきたような気がする。やっぱり『浮遊魔術』系統も見直しが必要かなぁ。───ああ、ともかく助けてくれてありがとう。僕はクレステット・ワルツだよ、ヨロシクね」
立ち直りが早すぎる。
さっきまで生きるか死ぬかの瀬戸際だったのに、何故こうも軽快な挨拶ができるのか。
それに今なんと言った?
聞き間違えじゃないなら、確か『クレステット・ワルツ』とか───。
「あなたがクレステット・ワルツ……!?えっ……!でも……!えぇ……」
なんか思っていたのと違う。
事実は小説よりも奇なり、とはよくいったものだ。
こんなの、一歩間違えたら浮浪者にしか見えない。
「なんだい?そのゴミを見るような目は」
「だって想像と全然違いますし!ホントにあなたクレステット・ワルツなんですか?彼の名を騙ったニセモノとかじゃなくて?」
「いやー、初対面の人に対してスゴい言い様だねぇ。でも実際問題嫌いじゃない。むしろ本音が聞けてよかった」
クレステットは笑いながら右手の人差し指と親指を擦り合わせて音を鳴らした。
すると散らばっている本が命を宿したかのように浮遊し始め、元の位置である天井付近まで戻っていく。
「で、僕になにか用があるのかな?扉にかけていた『不可視結界魔術』を見破れるくらいだから只者ではないんだろうけど、もしかして僕を殺しにきたとか?」
「そんな訳ないじゃないですか。それに私は単に相談事があって此処に来ただけですし、そんな大層なものじゃありません」
「へぇ、どういう?」
そうクレステットに尋ねられると、ミサは真剣な面持ちへと切り替えて答えた。
「『スタートアップ・サービス』がないプレイヤーって、いると思いますか」
スタートアップ・サービス。
それは『イージス・ユートピア』においてキャラメイクを終え、初ログインをした後に手に入れることができるスキルや武器の総称である。
どの『スタートアップ・サービス』が貰えるかはプレイヤーの個性や性格によって大きく変わり、モノによればゲームバランスが崩壊しかねないほどのモノまで入っている。
そんな運営からの贈り物だが、ひとつだけ確かなのは例外なく全てのプレイヤーがこのサービスを受け取れること、なのだが───。
「……つまり、ミサちゃんは初めてプレイした時から今までずっと『スタートアップ・サービス』らしきモノを使ったことがないと?」
「まあそういうことです。というか、いきなり『ちゃん』付けって……。普通に引くんですけど」
「アッハッハッハッ。君の『口撃力』はやっぱり凄まじいなぁ。もしや『スタートアップ・サービス』ってソレなんじゃ?……ナンチャッテ☆」
ガチでウザい。
これでこいつがクレステット・ワルツじゃなかったら磔にしてから串刺しにしてやる。
いや、たとえホンモノでも次にくだらない冗談を言ったら斬ろう。
「んじゃ、揶揄うのはこの辺にして。───まず結論から言うと、そういった前例はないね。『スタートアップ・サービス』はプレイヤー全員が手にできるプレゼントだし、それが無いっていうのはゲームとして破綻している。その時に運営───『アイギス』に申告してれば補償が受けれたかもしれなかったのに、しなかったのかい?」
「したんですけど応答なくて……」
「クソ運営だからね。仕方ない」
軽いなこいつ。
実際クソだから否定はしないけど。
「ま、まあそれに種類によっては、プレイヤーが成長しないと使えないモノもあると聞いたことが……」
「それなら完全な発動はできなくても、能力の一部を断片的に使うことができるはずだよ。それすらないとなると───いやあ、全く以て面白い」
ゾクリ、と波打つ悪寒が背中に走った。
クレステットが纏っていたオーラが異質なモノへと変化していき、部屋の中を満たしていく。
「僕以外にその話をしたことあるかい?」
「い、いえ……。ありませんが……」
「しなくて正解だよ。僕ならいいけど、他のコレクターとか、ましてや魔術を開発している街『ウィザードⅡ』に住んでるイカれた研究者どもに話したりなんかしたら大変だ。それこそログアウト不可の牢屋に監禁されて生き地獄を味わわされるかも……」
クレステットは天井の片隅に違和感を覚え、体勢を変えぬままチラッと横目でその箇所を見た。
「小型の『使い魔』かな?それも自立行動型の」
ギギギ……と不気味な笑い声を出している黒い瞳を携えている『蝙蝠モドキ』は、任務を終えたかのように満足して壁の内側へ潜り込んでいった。
「なにやら誰かに盗聴されていたらしいねぇ。心当たりあるかい?」
「えっ?そ、それは……」
「あの蝙蝠型の『使い魔』はコチラ側───つまり『魔術側』では入手できない代物なんだ。逆に君がやってきた『戦士側』だとごく一般的な偵察用兵器として用いられている。だからアレは君を目当てにやってきた『誰か』が放ったモノってことになる」
イージス・ユートピアの世界は大まかに2つの勢力によって分断されている。
ひとつは剣や斧といった原始的な武器を使い、スキルやアビリティを用いて戦う『戦士側』。
もうひとつは魔術のみを使って生活や戦闘を全てこなす『魔術側』。
最近は両サイドによる蟠りはなくなりつつあるも、まだサービス開始初期の頃に起こしたイザコザの名残があり、それぞれのトップに君臨している者達は未だにお互いを敵視している状態だ。
現にミサはこの地に足を踏み入れるために魔術師に『成り済まし』てやってきているのだから。
次の瞬間、壁の一部が崩落し、見覚えのある黒装束のプレイヤー達がそこにいた。
「おー、これはこれは。主に『戦士側』で活動しているクラン『和旧連合軍』の忍者さんじゃありませんか」
「貴殿に迷惑をかけるつもりはない。我々が必要としているのは其方。その女は借金返済期日を過ぎているのにも関わらず、払わず踏み倒そうとしている。だが、正直なところコレはそこまで重要ではない。最も優先すべきことは、我々との約束を踏みにじったことに対する報復だ」
「へぇ。……なにやったの?」
「いやぁ、別に……」
特段、言えないような事柄ではないのだが、気恥しい。なんせ普段から世話になっている教会が資金不足だというから、そのために集めてきたお金を渡してしまったのだ。
まあ、後悔はしてないんだけど。
「どういった理由があろうと関係ない。だが、その前に貴殿には退散して頂こう。我々の目的はあくまでその女だ」
2人組の忍者プレイヤーは背に装備している忍者刀を抜刀し、逆手に構えた。
しかし自分を追いかけ回していた時よりも、明らかに数が減っている。
どうやらあの『落とし穴』が功を奏したようで、ミサは今頃になってようやく見ず知らずの銀髪の彼に感謝の意を示した。
「そう言われてもねぇ。ここは僕の家だし、壁を壊されて黙っていられるわけが───」
クレスが軽率に放った言葉を遮るように、忍者が抜刀した刀が首元に置かれていた。
「意見は聞いていない。たとえ貴殿がかの有名な『時空師』であろうと、任務の邪魔をするなら容赦はせぬぞ」
「おー、怖い怖い。ちょっと冗談言ってみただけじゃない。ほら外行くから、そこどいてどいて」
瓦礫と化した壁の残骸を除けながらクレスは隠れ家を出て、陽の当たる表通りへと足を運んだ。
『ウィザードIII』の表通りは古今東西様々な魔術師がひしめき合っている。
そのためPvP戦が始まれば物珍しさに見物しに来る野次馬もいるのだが、今回は魔術師同士の対決ではなく、鋼と皮の武装で身を固めた『戦士側』のプレイヤーが相手ということでより一層、人の目を集めていた。
「いやぁ、凄いなぁ。もしかしてコレって『僕vs忍者さん』を見たいがために集まってきてくれたってコトかな?」
だらしなくニヤけて照れているクレスだが、忍者と間を空けて準備を完了した瞬間、真剣な表情に切り替わった。
「集まってもらって悪いけど、すぐに終わらせようかな。わけも分からず家を壊されて内心、なにも感じてないわけじゃないし」
バッと正面に右手を翳した。
「『炸裂せよ、赤色の業火』」
魔術『スパイラル』の詠唱───。
着火したら最後、対象が燃え尽きるまで轟々と炎上する恐ろしい魔術がそれだった。
そう、クレスの手から放たれた炎は鋼を溶かし、肉を燃やし───尽くせていない。
そもそも炎が出てきていない。
コイツは何をやっているんだ、とミサは含めた全員が思い、頭上にハテナマークを浮かべたまま立ちつくしていた。
「あ、れぇ~?どーして出ないんだろ。おっかしーなぁ……」
そんな中、クレスだけが原因究明に勤しんでいた。すると観念したかのような表情でミサの方に視線を向け───。
「ミサちゃ~ん。どうしてだか解る?」
「は?」
私を巻き込むな!と内心毒づいたが、元々は自分がまいた種なので無関係とはいえない。
「お願いだよミサちゃん。いやッ!お願いしまぁぁぁす!!ミサ様ぁぁぁ!!」
なにやら拝んできた。
ここは仕方ないか。ていうかうるさい。
「えーっと……。魔術って体内にある魔力を消費して具現化させるんですよね。それが出せないなら魔力が足りてないってわけです。そして魔力を回復させるには自然からの恩恵───つまり日光を浴びる必要があるわけで……」
ミサはハッとなった。
そういえばこの男、出会った時───。
「クレスさん、最後に外出たのいつですか?」
「うーん……思い出せない……。最近出たはずなんだよね。たぶん本に潰された時のショックで脳内セーブデータが故障してるから思い出せないだけで……」
絶対私が来るまで引きこもってたなこいつ。
ミサは溜息をついて、クレスの前に出た。
「やっぱり自分の問題は自分で片付けます。下がっててください」
別にこいつが無惨にもやられても自分的にはデメリットはないが後味が悪い。
というか黙っててくれないとストレスで死にそう。
「いや!もう一度やれば必ずできる!だからここは僕に任せて───」
「黙って後ろいけ腐れニート」
これ以上はシャレにならん。また口を開こうものならコイツ諸共ぶち殺す。
「おい、早くしろ。さっきから10分は待っているぞ」
忍者どもが急かしてきた。いつもなら気の毒だと思い、たとえ敵だろうと謝るスタイルを取るミサだが、今回だけは違う。
「うるさいッ!こっちは引きこもり魔術師の介護で忙しーんだ!ちょっと待ってろ!」
もはやなりふり構っていられなかった。
「───では予定通り、お前が俺らの相手をしてくれるというわけだ」
「そーいうこと。まあ、最初からこんなのに頼らずに私が出ればよかったんだけど」
ミサは後ろでしょぼくれてるクレスを横目に、ストレージボックスから取り出した大型ナイフ『デストルダー』を腰に装着し、右手で鞘から抜く。
一方、先程まで話していたマスクのみを着用した茶髪の男とは別に、頭巾とマスクで覆っている若手の忍者が対戦相手として前に出てきた。
「見たことの無い武器だな……。油断しない方がいいか」
さすがは噂に名高い『和旧連合軍』だ。
他の有象無象と違って、たかがナイフ1本だろうが警戒している。
「さあ───行くよ」
ミサは地を蹴った。
突風のように勢いよく駆け、相手の懐に入る。
速度に追いついたらしい忍者は反応し、刀を盾にするも、ミサは構わずナイフを振るった。
「なにッ!?」
案の定、ナイフは刀に命中したのだが、弾かれるどころかナイフは刃を破壊し、相手の胴体に傷を作った。
劣勢になることを避けたのか、忍者は間合いを空けるために後方へジャンプする。
「どういうことだ……。耐久値はマックスだったはず……。なぜだ……?」
「だから貴様は未熟者なのだ。下がっていろ、俺がやる」
若手の忍者が後退し、代わりに後ろで見守っていた茶髪の強者感漂う忍者が前に出てきた。
「前座が悪かったな。俺なら退屈はさせん」
さっきの忍者と同じく、自信ありげに背中から忍者刀を抜いた。
やはり同一の武装だ。これでは『デストルダー』で薙いで終いだろう。
考えられるとすれば、何かしらのスキルまたはアビリティがあることくらい。
「別に楽しもうと思ってないけど」
ミサもナイフを構えた。
手順は変わらず同様だった。駆け抜け、刃を振るう。そうすれば刀身は砕け、本体にダメージを与えられる。
───はずだった。
「『拡張創剣』」
忍者が唱えた一言により、忍者刀の刃が伸びたのだ。
ミサは予想外の展開に驚きの表情を見せるも、立ち止まることはできず『デストルダー』を縦に斬り下ろした。
「浅はかだな」
広場に金属音が轟いた。
なんとあの柔い忍者刀で、大型ナイフである『デストルダー』を弾いたのである。
隙が出来てしまったミサは襲い来る第2撃を紙一重で避け、距離を取った。
「それ、リーチが伸びるだけじゃなくて武器本体の能力値の強化もできるんだ」
「理解したところで遅い。次は外さん」
完全に油断した。
これではまるで先程の戦闘と真逆ではないか。
油断していたところを突かれ、一気に不利となってしまった。
しかし何故だろう。今の忍者が出してきたアビリティ。
────なんだか、出来そうな気がする。
「『拡張創剣』」
ミサは徐ろに呟いた。
発動条件など知る由もない。ただ、出来そうだという根拠だけが彼女を動かし、そして実行させた。
周囲の野次馬、忍者勢も絶句している。それもそうだろう。
ミサが持つ『デストルダー』の刀身は伸び、彼と同じような青色の輝きを放っているのだから。
「なにが起きている……!?『拡張創剣』は、我々にしか使えないアビリティのはずだぞ……!」
「なんだかやれそうな気がしてさ。───で、どうする?まだやんの?」
歩み寄ってくるミサは見て、茶髪の忍者は静かにアビリティを解除し、背中に納刀した。
「このまま無駄に殺されるのはこちらとしても不本意だ。今回は退散するとしよう」
「わかったわ」
ミサも同調して『デストルダー』を鞘にしまう。
再戦の兆しも起きぬほど殺気が薄れた広場を尻目に、クレスの待つ方向へと歩を進めた。
「……得できねぇ。納得できねえよ、俺はァ!!」
ミサに刀を折られた忍者が立ち上がり、手を前に出して構えた。
───『忍術・雷光弾』
電光を纏った球体が放たれた。
不意をつけば致命傷にもなりかねない忍術に反応するも、身体が追いつかない。
しまった。完全に油断していた。
ここまでか、と思われた矢先、後ろから現れた何者かがミサの前に立ち、手の甲を顔の前に出した。
「クレスさん……!?」
まさかの人物に驚きを隠せないミサにクレスは微笑んだ。
「悪いね、最後はもらうよ」
「『反逆』」
手の甲から浮き出た五芒星の紋章はみるみるうちに拡大していき、クレスやミサを守るように壁となって球体を弾いた。
「これでおあいこにしてほしいな。君たちもそれなりの覚悟をもって任務を遂行しているとは思うんだけど、それ以上に両サイドの関係を悪くしたくはないでしょ?」
忍者側も、ミサも呆気にとられていた。
『忍術』といえば魔術の亜種に位置している最高峰の術のひとつだ。
途方もない熟練度を必要とし、鍛え上げれば上級者の扱う魔術さえも圧倒するといわれている。
それをいとも簡単に。まるで結末を既に知っていたかのように、1種類の魔術だけで。
───やはり彼が『イージス・ユートピア』最強の魔術師であり、未来を見通せる眼を持つといわれる『時空師』なのか。
「……解っている。このバカには俺が言って聞かせるつもりだ。───こんなことを言うのも、間違っている気がするが」
そう言って放心している忍者の襟を掴み、スマートフォン型携帯端末『フリージー』を取り出すと、転移アプリケーションを起動させ。
「すまなかったな」
謝罪の言葉を口にし、『和旧連合軍』の面々はその場から去っていった。
「───それで?」
「?」
「───ミサちゃんは僕になんの用があるんだっけ」
野次馬が散会し、一段落した後にクレスは聞いてきた。
なんでこいつは数分前に会話した内容を忘れてるんだ。
「だーかーらぁー!私のスタートアップ・サービスが行方不明なのはどういう訳なのかって聞きたいのよ!」
「ああ、それね。悪いんだけど、僕じゃわからないんだよね。というか誰に聞いても知らないって答えそうな気がする。だから1番手っ取り早いのはもう一度運営に質問することなんだけど、たぶん彼らにはスルーされるだろうね。面倒な案件だし」
つまるところ、打つ手なしってことか。
ミサはそう吐露し、露骨なまでに肩を落としてしょぼくれた。
「でも僕はまだ手はあると思っててね。『イージス・ユートピア』は今でもたくさんのプレイヤーによって進化を続けている。新しいスキル、アビリティもあれば新しいフィールドも生成されてる毎日だ。それこそ運営ですら知り得ない発見もあるわけで……」
クレスはくたびれたローブの袖に包まれた腕を伸ばし、手を差し出した。
「───どうだろう?僕と共に、この世界を旅するというのは。必ず目的が果たされる保証はないけど、たぶんきっと、君は変われると思うよ」
微笑みながら軽い口調で言っているが、瞳は真っ直ぐこちらを見つめている。
本気なのだ。
所々、抜けている面は見受けられるも、実力は相当なものなのは先程の戦闘で確認できた。疑心暗鬼ではあったが、恐らく本物のクレステット・ワルツに違いない。
そんな魔術師に誘われ、自分はどう回答すべきなのだろう。
「僕はミサちゃんと旅がしたいな。それとも───寝食をともにするのは嫌かい?」
「なんで一緒の部屋で寝る前提なんですか……。───わかりました。そもそも行く宛てもありませんし。末永くよろしくお願いします」
ミサはクレスの手を取った。
「なんだかそう言われると照れちゃうなぁ。それにしても同じ部屋でもいいとか、もしかしてミサちゃんって僕のこと好き───」
「は?」
「オーケーオーケー!もう冗談言わないからそのデッカイナイフは下げてくれないかな?あと数センチ伸ばしただけで僕の顔面に刺さっちゃうから」
ミサは怪訝そうな表情で『デストルダー』を懐にしまい、後ろを向いた。
「まあ何はともあれ、こちらこそよろしくね。ミサちゃん」
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
基本的な世界観は別作品の『イージス・ユートピア』から引用しています。
初めて書くギャグテイストの作品ですので、どうか暖かい目で見守ってください。
今回散りばめた謎や設定等は、後々回収していこうと思っております。
これからもどうぞよろしくお願いします。