第四話 圧倒
【半年前】
「臥龍よ、世に存在し得る人間で最も手強いであろう者とは、どのようだと考える?」
白髪の老人が臥龍問う。
「そんなの決まってんだろ。俺よりでかい奴だ」
臥龍は答える。今まで敗北を知らずに生きてきた男。
強面で筋骨隆々。そんな男だからこその単調な答え。
誰にも負けない、それだけで人は強いと錯覚する。
「…そうではない。よいか、お主は確かに強者じゃ。が、それはいつも対者がお主に畏怖しているからだ。闘いにおいてお主にとって最も手強くなるであろう人間とは…」
老人は途中で話を切り考える。
「なんだよ、」
臥龍が聞いた。早く答えが知りたい。そういうわけではないが気にはなる。
老人は考えた末、口を開く。
「…はっはっはっ!いや愚問じゃったな。その時になれば分かる。この話はなしじゃ。お主の思うようにすればよい」
「はっ!気になんじゃねぇか!まぁいい、俺は俺の好きなようにするぜ」
「あぁ、そうするがよい」
五十畳一間の広い空間に臥龍と老人二人。
床の間には刀と甲冑。虎の剥製が置かれている。
平屋で障子を開いた先から綺麗な松の木がその姿を覗かせる。
臥龍は口ではああ言ったものの、その人間が気になっていた。
誰にも負けやしねぇがな。そんなことを思いながら。
【現在】
「はっきり言ってお前じゃ俺には勝てねぇぜ!」
「そうだなぁ〜、俺じゃお前には勝てないなぁ。でも、ここにいるみんなが死ななきゃ俺の勝ちだろ?」
「違うぞ!お前が勝つには俺を倒すしかねぇ。そう言ってんだろ!」
「それはお前が決めただけだろ。俺の勝ちはみんなを死なせず逃すことだ」
「はっ!そこにお前は含まれねぇんだな!」
「俺のことなんてどうでもいい。勝ちはみんなを逃すこと。負けは誰かが死ぬ事、それだけだ」
そう言ってニッと口角を上げる。
獲物を決して逃さぬよう目を見開き、構えていないようでいつでも戦えるように重心をとる。
体の細胞が俺に伝える。お前じゃ勝てないと。
だが俺はそれを拒絶する。勝手に反応する体を無理矢理好奇心で捩じ伏せる。
ブルブルと震える手足は果たして恐怖なのか好奇心なのか。
今はそんな事どうでもいい。
…多分、好奇心だよ
「てめぇと話してても埒が明かなねぇ」
「さっ!皆逃げる準備はいい?」
俺の声に反応して皆がいつでもこの場を離れられるよう体勢を整える。俺と臥龍が話している間に気の利いたクラスメイトが神津を引っ張って距離を取る。
こいつ結構ムキになってたから気づかなかったんだなぁ。
とか思いました。
「おい!逃がさねぇに決まってんだろ!」
「お前。神津を引き離されてることに気づいてないのか?」
「なっ!?」
「俺との会話に夢中になっちまったかぁ〜」
俺は出来る限り臥龍の注意を引くよう煽り口調で話をする。
奴が俺以外のことに気が回らないようになるのがベストなわけだが。
「お前だけは殺す」
ナイス。人質なんて取られたら厄介だったが単純なやつでよかった。
「じゃあ殺してみろよ」
「言われなくとも!あの世に送ってやるよ!!」
臥龍がそう叫び距離を詰める。
それと同時に皆が教室を後にする。クラスメイトが散り散りになりながら校舎から逃げた。勿論、他クラス他学年教師を含めた全員がだ。
残されたのは俺と臥龍だけ。因みに俺の中では勝負はついたんだけど、楽しみなのはこれからだ。
「おいおい。みんな居なくなったぞ」
「安心しろ!てめぇを殺したその後全員潰しに行ってやる!」
「無理に決まってんだろ、名前もわかんねぇのに」
「るせーな!そのアホみたいに話続ける口はどうにかなんねぇのか!?あぁ!?」
「早く殺しちまえばいいんじゃねぇの?」
うーん。思った以上に煽りに弱いなぁ。なんか攻撃が単純になってきたし神津の時みたいに覇気がないわ。俺でも見切れるってことは相当だね。
一応体力ないだけで動けるからね。いるじゃん体力ないけど運動できる奴。あれだよ。
「はぁはぁ…」
「何だよ、もう終わりか?じゃあ俺もいくぞ」
そう言って俺は臥龍に足払いから回し蹴りをお見舞いした。
無情にもその攻撃は顔面に直撃。
臥龍はかがみ込み額に手を当てたまま動けずにいる。
「うっぐぅぶ…、てめぇ、ふー。あぁ!今ので頭が冷めたぜ。ありがとなぁ!これでお前を殺せる」
そう言う男はもう勝ち目がないように見えた。
力の差ではなく心の差で。
心に余裕があるってことは大事なことなんだよ。
「あー、言っちゃ悪いがもう俺を殺すのは諦めたほうがいいぞ」
俺は臥龍に忠告する。
「あぁ?!なんだよ今更どうしたってんだ!?びびったか?!雑魚がイキるからそうなんだよ。所詮お前は井の中の蛙だ!」
頭が冷めたぜって言った割には常に反発的だよなぁ。
そういう性格なんだな。
うんうん、わかるよ、その自分が中心に回ってるから相手のことなんてお構いなしみたいなスタンス。
生きてるなら誰もがその星の主人公だもんね!
そして俺は口を開く。
「いや、だってほら。さっきから攻撃が掠ってすらないから。もう無理だよ、さっさと自主しな」
「あぁ、舐めてるようだなぁ」
「舐めてるよ、もうやめろ」
強い口調でそう告げる。
臥龍の顔がみるみる赤くなっていく。
茹蛸みたい。
すると床に刺さったままだった包丁を掴み物凄い形相で迫ってくる。
「くたばれや!このゴミムシがー!」
「やべっ!にげよ!」
現在この学校に残っているのは俺とこいつだけ。つまり、わざわざこんな狭いリングの中にいる必要はないと言う訳である。
そりゃぁ、ね、逃げるしかないっしょ!
俺は全身全霊、この身果てたとしても捕まらんと学校を後にした。
それ!走れ!
「げっ!まだ追ってくんの!?しつこすぎんだろ!」
現在俺は交番に向かって逃走中。
一時は警視庁本部まで行こうかと思ったけど体力的に無理。
というか外に出たら標的が変わるかも、と考えた俺の気持ちを返して欲しい。
周りに危害が加わるならあとのことは世間に任せて俺はあいつに立ち向かおうって思ってたのに全然俺狙いやん。
発憤興起損だよ。そんな言葉ないか。
そんな訳で俺は頑張ってます。
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「ぅぅ、はっ!はぁ、はぁ、俺は、いき、てる?、」
ベッドの上で神津が意識を取り戻す。
外傷はあれど命に別状はない。
「よかったぁ!神津が目を覚まして〜!」
そう言って山野先生が神津の手を握り泣き出した。
「…先生?…あの俺ってどうなったんでしたっけ?記憶がなくって…」
そう尋ねる神津。
涙を拭って真剣な顔で山野先生が口を開く。
「それがだな、神津はあの男に殴られて気絶してしまったんだ。その後、宮島がやられそうになって、結城がそれを助けた。その後全校生徒及び教師である私たちも学校から逃げたんだが…」
「逃げて、どうしたんですか?」
神津が歯切れの悪い先生の言葉に続けて聞いた。
「結城が残った。そこからは私たちも分からない」
神津は唖然として言葉が出ない。
額に手を当てこれまでの話を整理する。
「それは、やばいって事ですよね」
そう口にする。
静かに先生が頷く。
「やばいなぁ、やばいなぁ!夏飛一人ってどうすんだよ!?なんかニュースとかやってないか?」
神津は個室のテレビをつける。
時刻は丁度昼頃。昼間のワイドショーで、もしかしたら取り上げられているかもしれない。
そう考えた。
「速報です!現在刃物を持った男が高校生と思われる青年を追って都内を移動しているようです!皆様外出の際は十分気をつけてください。また見かけた際は慌てず110番、決して近寄らないよう心がけましょう!」
アナウンサーの忠告の後、中継へと切り替わる。そこには挑発しながら走る青年と荒々しい形相の男が映し出される。
「……なんか大丈夫そうですね…」
「そう、だな」
その後先生と暫し話をして家に帰る。
神津も2日が退院して普段の生活へと戻る。
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「こっちこっちー!早よ追ってこいよー!どうした?もうつかれたのかぁ?!おまえの殺意はそんなもんかー?!そらーがんばれっがんばれっ!」
我ながら最高に腹立つ煽りだな。
追ってる相手に頑張れって言われたらもうやるしかないよな。
粉骨砕身してもらわないと。
ていうか、あいつ体力あるけど足遅いのね。
ギリ追いつかれない程度に走ってればいいからどうにかなりそう。
交番行ったけど人いなかったんだよなぁ。
だったらいくしかないよなぁ、本部。
「殺す!許さん!こっちこいや!ビビってんのか?!」
臥龍が叫びながらこっちへ走ってくる。
「はやくこっちこいよぉ!待ってんだけどー!」
「じゃあ止まったらどうなんだぁ!?あぁ!?」
もうちょいなんだよ。
本部。