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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

チートデイ

作者: 水綺はく

 校舎の外を覗くと季節外れの雪が積もっていた。

 昨日から降っていた雪がようやく止んで太陽が地面の雪を照らしてキラキラと輝いている。

 窓の外から銀色の景色を眺めると眩しくて目を細めた。

 ゆっくりと歩く私の横をお喋りするクラスメイトたちが足早に抜かしていく。

 私の頭の中にはさっきまで三年生が歌っていた「仰げば尊し」が流れ続けていた。

 体育館のステージの下で綺麗に並んだ三年生たちが遠くを見つめながら歌っていた唄。

 それを目の前でみんなと一緒に体育座りをしながら黙って聴いていた私は三上先輩と目が合わないことを新鮮に思いながら眺めていた。

 三上先輩の視線は私ではない遥か先を見据えていて、指揮者ですら視線を奪うことは出来ていなかった。

 私を見つけた時の三上先輩はいつだって私だけを見ていたのに、まるで彼の心と体がこの先遠くへ行ってしまうことを予兆するかのようだ。

 三年生の卒業式が終わって、授業がないことに浮かれるクラスメイトたちは帰りのホームルームが訪れることを今か今かと待ち望んでいた。

 廊下で誰かが鼻を啜る音が聞こえた為、教室の扉越しに覗くと、1人の女子生徒が泣いていて、それを数人の女たちが顔を覗き込んだり背中をさすったりしながら慰めていた。

 きっと誰かの卒業を悲しんでいるのだ。

 その相手が三上先輩でなければいい。

 三上先輩は二年生に注目されるほど特別なイケメンではないけれど底抜けに明るくて優しいから話せば誰もが好きになってしまうだろう。

 陰鬱で同級生とすらほとんど会話を交わさない私に話しかけてきた一年前の出来事を思い出す。

 購買のパンを買いに財布を持って廊下を歩いていた時、階段を駆け降りる彼が私に向かって叫んだ。

 「そこの髪を二つに縛った二年生!そう、君!!焼きそばパン、俺の分も買っといて!!」

 立ち止まって先輩の顔を見上げながら目を丸くした。

 先輩はそんな私に向かって、早く早く‼︎と急かした。

 私は、パシリかよって思いながら名前も知らなかった先輩の分の焼きそばパンを買って渡した。

 「ありがとね、宮崎さん。」

 焼きそばパンを持って微笑む先輩を見て、それだけで足りるのかなって思った。

 あとで聞いた話だと実は先輩は毎日お母さんが作ったお弁当を持ってきていた為、昼食は焼きそばパン一つだけではなかったらしい。

 「俺は普段、パンは買わないんだ。ただ花ちゃんと喋ってみたかったから無理やり頼んだんだ。」

 先輩が私にそう打ち明けたのは数ヶ月前のことだった。

 私はその時、先輩の隣で幸せだと感じた。

 久方振りの温かな幸福感だった。

 私の幸福はニ年前に大きな音を立てて消滅していき、やがて愛おしさの中にある重くて暗い気持ちだけが身体に張り付いて永遠に朝の来ない夜が生まれた。

 先輩と過ごす時間は夜のままで溶けずにいた雪を朝が来て、太陽がゆっくりと溶かしていく状態のようだ。

 暖かい光が出てきて私には眩しい。けれどいつまでもそばにいたいと思える優しい光。

 それがあと1か月もしないうちに消えていく。

 私の心を唯一照らすのは三上先輩だけなのに。


 ホームルームを終えた生徒たちが下校していく。

 学校から離れると教師の目から離れた複数人の男子生徒たちが雪合戦をしていた。

 静かに横切ると明るい笑い声が背後で轟く。

 「おーい!」

 「うわっ!いってぇな!!」

 「あははっ」

 子供っぽいなぁ…。背後で遠のいていく声を聞きながら歩き続けていると背中に何かが当たって、鈍い音を立てた。

 イラッとしながら勢いよく振り返る。

 すると雪の塊を持った三上先輩が私の顔を見て微笑んでいた。

 私は嬉しいのと同時に雪合戦に応戦することへの躊躇いもあって、降参するように両手を上げた。

 先輩はそれに応じるように雪の塊を下に落として私の隣へと寄ってくる。

 「卒業おめでとうございます。」

 二人で肩を並べて歩きながら祝言を述べると先輩はいつもと変わらない様子で、「あんまり実感が湧かないなぁ…」と呟いた。

 「仰げば尊し、ちゃんと歌ってましたね。」

 「うん。あれ、奥田が声小さいとキレて叫ぶんだよ。おい!全然、声出てねぇぞ!!そんなんで卒業出来ると思うなよ‼︎って…あの学年主任は最後まで鬼だね。」

 教師の声真似をする先輩に私はクスクスと笑う。

 「でも奥田先生も今日はいっぱい泣いてましたよ。」

 「鬼の目にも涙だな。あれは俺もビックリした。」

 先輩と歩いているとあっという間に駅に着いた。

 私達は駅前のさびれたゲームセンターに寄った。そこでクレーンゲームをしたり、先輩がする格闘ゲームを観戦した。

 遊び尽くして外に出ると日が落ちて暗くなっていた。

 夜空を無数の星と満月が照らす。

 「私、帰らないと。」

 天を仰いで呟いた。先輩は、うん。と返す。

 「……東京は遠いですかね。」

 別れが寂しくて思わず口をついて出た。

 「そんなに遠くないよ。…長期休みになったら俺も会いに行くし。」

 別れを惜しむように立ち往生しているとそばにある交番の掲示板にいつまでも貼られ続けている掲示物が目に入った。

 それは約一年以上前から貼られている殺人事件の犯人情報を募るものだった。

 掲示物を静かに眺めていると先輩が私の手を握った。私は握り返していいのかも分からず、視線を掲示物に向けたまま不自然なくらいに無反応を貫いた。

 「見ちゃダメだ。」

 先輩が私に言い聞かせる。だけど私は掲示物の中でニッコリと笑う二人から視線を外すことが出来なかった。

 「花、卒業したら東京に来い。そしたら俺がずっとそばにいるよ。一緒に暮らそう。」

 脳内で先輩の言葉を噛み締めながらゆっくりと目を閉じる。

 私と先輩が一緒に暮らす…夢みたいな話だ。決して叶わない夢の話だ。

 「さようなら。」

 私は先輩に手を振って改札の中へと消えていく彼を見届けると自分が帰るべき帰路につく。

 真っ暗な田舎道は雪かきされた跡が残っていて時折、大きな白い塊が朧げな視界に入ってきた。

 家に着くと屋内は明かりが灯らずに真っ暗なままで外の暗さと同様に溶け込んでいた。

 玄関に明かりをつけて中へと入っていく。

 キッチンでキャンドルに火を灯すとランタンに入れてそのままラジオの音が聞こえる部屋へと向かい、扉を開けた。

 「おかえり、また遅かったじゃない。」

 暗闇の中で毛布にくるまったクロがソファーで退屈そうに寝転んでいた。

 首には鉄の首輪がつけられて鎖で繋がれている。クロは色白で華奢な痩せ細った体に肩までの黒髪を二つに結いた少女だ。

 「また三上先輩と遊んでいたの?」

 彼女の真っ黒な瞳が好奇心に溢れたように光を入れて尋ねる。

 「別に…関係ない。」

 テーブル上にランタンを置いて向かいにあるベッドに座る。するとクロが毛布にくるまった状態で立ち上がって私の隣へと寄ってきた。

 「寂しいこと言わないでよ。あんた、友達いないんだから三上先輩以外あり得ないって分かるんだから。それで、三上先輩とはどこまでいったの?キスした⁇それとももっと…」

 「クロ、うるさい。」

 クロの言葉を遮るように窘めるとスマホからメッセージ受信の音が鳴った。

 暗い部屋の中で画面から先輩の名前が光り出す。その後ろでは私と先輩が二人でカメラに向かって微笑む写真が待ち受け画面として照らし出された。

 明日、また会える?

 受信されたメッセージにはそう書かれていた。

 「ねえ、なんて書いてあるの?」

 文字の読めないクロが私に尋ねる。

 「別に…関係ない。」

 素っ気ない私にクロが不服そうに唇を尖らせる。そうかと思うと何かを思いついたように怪しい笑みを浮かべてクロが口を開いた。

 「ねぇ、花。三上先輩をウチに連れ来てよ。」

 彼女の思いつきに私はため息を漏らす。

 「ダメ。来たら食べちゃうでしょ。」

 「大丈夫よ‼︎ちょっと味見して不味かったら全部、花にあげるわ‼︎」

 「味見なんてしちゃダメよ。三上先輩が怯えちゃう。」

 「何よ、花…私がどれだけこの生活で我慢を強いられているか分かってないの⁉︎昔みたいに夜になったら自由に外を飛び回ることも出来ないし、食事だって…毎日少ないのに…」

 「私の血が全部欲しいの…?」

 私が尋ねるとクロは当惑した顔を浮かべた。そして体をもじもじとさせながら躊躇いがちに話す。

 「欲しいわ。でも花が死んだら私、寂しくて一人で生きていけない。だから毎日、制限された中で少ない血を吸って我慢しているの…そのせいで私、随分と痩せたでしょう?……ラジオで言っていたんだけどダイエットしている人には必ずチートデイっていう日が定期的にあって、その日だけはお腹いっぱい好きなだけ食べていいんだって!だから私にもチートデイが欲しいの。」

 クロが私を優しく押し倒すと上に跨った。

 「お腹が空いたわ。いつも通り食べ過ぎないようにするね。でも今日はあんた生理じゃないから一昨日よりかは多く飲んでいいのよね。また意識が飛びそうになったら言ってね。」

 クロの歯が私の肩に突き刺さって一瞬だけ鈍い痛みが走る。

 彼女が食事をしている間、私は三上先輩のことを考えていた。

 三上先輩に連絡しないと。早く三上先輩に会いたい。

 彼のことを考えている時だけが私の中にある恐怖心と憎悪と逃げたくても逃げられない、捨てたくても捨てられない同情心から解放してくれる。

 食事を終えたクロが私の肩から歯を抜いて口元を拭った。

 「…これで我慢するの?」

 私の言葉に欲望を隠すように目を背けて頷く。

 起き上がった私は外のカーテンを開けて窓の外を眺めた。

 窓の外には満月が我が家を照らしている。

 天からの光を見上げながらクロと出会った日のことを思い出す。

 クロと出会ったのはニ年半前だった。

 当時、家族と住んでいた一軒家の屋根裏にクロとその家族が住み着いていた。

 暗くて湿った屋根裏で彼らは逆さまになってぶら下がっていた。クロは当時まだ小さくて幼かった。その隣を彼女のお父さんとお母さんがぶら下がってこっちを見ていた。

 「お母さん、屋根裏にコウモリの家族が住んでいるよ!」

 私が嬉々とした声を上げるとお母さんは、「あら、いやだ…」と言って私が梯子から降りると上に上がって彼らの姿を確認した。

 「本当だわ…困ったわね…」

 それから数ヶ月、私は時折、屋根裏に上がって彼らの側に近づいたりした。お父さんコウモリとお母さんコウモリは私の存在に警戒して飛び回ったが、クロだけは何故か私に警戒心を見せず近づいても逃げることはしなかった。

 「お父さん、屋根裏のコウモリの赤ちゃんがね、私が近づいても逃げないの。コウモリってすごく可愛い目をしているんだよ。」

 私の言葉にお父さんはニコニコしながら、そうか。と返した。お父さんは仕事で夜遅くまで帰ってこないことが多かったけど、いつも微笑んでいる人だった。

 ある日、お母さんが休日に誰かに電話しているのを目撃した。

 「誰と喋っていたの?」

 電話を切った母に尋ねると母は私にこう言った。

 「これから屋根裏にいるコウモリを駆除してもらうのよ。」

 その言葉を聞いた私は慌てて梯子に上って屋根裏に入った。

 私が来たことで逃げ惑うお父さんコウモリとお母さんコウモリに向かって私は叫んだ。

 「そう、逃げて!もっと遠くに!」

 鳴き声をあげて飛び回る彼らとは対照的にクロは大人しく私のそばでぶら下がったままだった。

 私は警戒心がなくて純真無垢なクロが大人しく私を見つめていることに危機感を覚えた。

 このままだと真っ先にクロが殺される…

 私は咄嗟にクロを両手で掴んで抱き込むと鳴き叫ぶ親コウモリを無視して屋根裏を降りた。それからクロを虫カゴに入れて光が当たらないようにベッドの下に隠した。

 コウモリの駆除が行われたのはそれから数時間後だった。

 業者の人たちが母に案内されて中へと入ると駆除作業は淡々と行われているようだった。

 私はクロの家族が殺されていく姿を見るのが辛かった為、部屋の扉を閉めて何も見ないようにした。

 ベッドの下ではクロがキィーキィーとさっきまでお父さんコウモリたちがあげていた鳴き声を発していた。

 「屋根裏のコウモリはどうなったの…?」

 業者が帰った後に母に尋ねると母はニッコリと笑って、「死んだのよ。」と答えた。

 その夜、私は家族が寝静まった夜にクロを虫カゴから出して窓の外に放った。

 「絶対に死なないで、ちゃんと逃げてね。」

 そう言ってクロを放つとクロは戸惑った様子で満月の方ではなく、地面へと落ちていった。

 庭の土の上で元気なく倒れるクロを見つめると私は眠い目を擦ってベッドの中へと入った。

 そのまま毛布にくるまって眠りに就くと朝が来ていた。

 目を覚ましてうつらうつらしながら時計を見るといつもならとっくに母が起こしてくれている時間を過ぎていた。

 「お母さん、なんで起こしてくれないの⁉︎」

 怒りながら下に降りるとリビングはシーンとしていて誰もいなかった。

 家内の異様な静けさに違和感を覚えた私は奇妙に思いながら父と母が眠る寝室へと向かった。

 二人が眠る寝室は扉が開け放たれていていつもとは異なる雰囲気を放っていた。

 私はゆっくりと忍び寄って中を見ようとすると裸足に何かを踏んだ感触がした。

 こぼれたジュースを踏んだような感触に顔をしかめて足元を見ると真っ赤な血液がべったりと足下についていた。

 私は恐怖で数歩、後退りしたがすぐに父と母の顔が浮かんで慌てて寝室の中へと走っていく。

 中に入ると二人が首や腕から血を流して目を見開いたまま倒れていた。

 体中の血の気が引いていき、頭が真っ白になる。

 声を出そうにも声が出なかった。

 仰向けに倒れる二人から目を離せずにいるとそのすぐそばで若い女の脚が見えた。

 戦々恐々としながら顔を上げると私の持っている黒いワンピースを着た少女が血まみれで座り込んでいる姿が目に入った。

 彼女は私と目が合うと涙を流しながら口を開いた。

 「どうして私だけ助けたの?一匹にされたって辛いだけなのに…」

 膝から崩れて泣き叫ぶ私のそばにクロが駆け寄って私と同じように鳴く。

 その鳴き声はキィーキィーという音ではなく、人間の声と全く同じものだった。



 満月を見つめる私の後ろからクロが繋がれた鎖がチャリッと音を立てる。

 振り返るとベッドの上で寝転んだクロがこっちを見ていた。

 「花は三上先輩が遠くに行ったら自分を愛してくれないんじゃないかって不安なんでしょ。それだったら三上先輩をここに呼べばいいじゃない。そうすれば三上先輩は永遠に私達のものよ。」

 頬杖をついて妖しく笑うクロに視線を外すと再び満月を眺める。

 私の頭の中では二年前まで存在していた父と母の私を呼ぶ声が聞こえた。

 (花、花…)



次は連載がんばりまーす。

読んでる人がいたらサボってすみません。

モチベーションってやつが不足してますね。

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