初戦闘します
特殊効果で悪目立ちする輝白竜の装備に着替えて少しばかし後悔をしたけども。
やる事をチャッチャと済まして、この場を立ち去れば、コッソリと見ている人達に夢だったのでは? と思わせる事が出来るのではないかと言う泡沫の期待を掛ける事にした。
「チャッチャと済ませるよ!」
繁々と装備を見ていた視線をDV野郎の方に向けると、野郎は腰を抜かした様に座り込んでいた。
……なぜ?
イミフだよ?
まぁいいか。
やる事に変更は無いからね。
先ずは、お姉さんがやられた事をやり返す。
平手打ちだっ!
パン!
え?
えぇぇぇえええ!
自分でやっておいてなんだけどビックリした。
野郎との距離は3メートルくらいはあったのだけど、平手打ちをしようと一気に距離を詰めたの。
その距離を詰めるに掛かった時間に先ず驚いた。
多分、瞬きをするよりも早かったはず、一瞬で間を詰めた感じがした。
そこで驚いて居れないから平手打ちを結構な力を込めて掬い上げる様に打ち据えた。
そしたら野郎は独楽みたいに高速回転をして5~6メートル吹っ飛んだ後、惰性で更に数メートル転がって行った。
いやいや……ステータスの上昇値が筋力・敏捷力共に485もあると、こんな事が出来ちゃうの?
これって、現状普通にチートじゃん!
駄目じゃん!
やっぱりお蔵入りだよ、ストレージの肥やしだよ。
と言うか、チートに平手打ちされた野郎は生きてるよね?
首の骨が折れてポックリ逝ったなんて事はないよね?
恐る恐る野郎に近付いて確認してみると……
叩いた頬は盛大に腫れているけども首が有り得ない方を向いている事は無く、胸も上下しているから生きているみたいだった。
良かったよ。
ログイン初日にNPCを殺害とか勘弁して欲しい、悪い意味で噂になるのが確定だもの。
なんにせよ、良かった良かった。
心置き無く続きができる。
お姉さんが平手打ちの次にやられた事、髪を掴んで引き摺られていた。
だから野郎の髪を掴んで持ち上げる。
重くて大変かと思ったけど筋力の上昇値が高いお陰で枝を拾い上げるのと変わらない感覚で持てた。
そしてお姉さんの方に向かおと振り向くと、お姉さんは土下座をしていた。
……なんで?
ありがとうございます的な事だとしても土下座は行き過ぎじゃない?
《FB》の世界じゃ当たり前の事だったりするのかな?
むぅ……なんにせよ土下座は止めてもらおう。
・・・
・・
・
「お姉さんがされた事をキッチリ遣り返しておいたよ」
「あ、あの……」
「ん?」
やっぱり遣り過ぎだったかな?
「き、き……」
「ん? き?」
「輝白竜様あ、ありがとうございました」
「はい? 輝白竜様?」
え?
私が?
え?
「そ、その御召し物は輝白竜さ……
「ちょっと待って! 私、輝白竜じゃないから! この着物も貰い物だから!」
「ですが今の動きは……
「それもこの着物のお陰だから! ほら、私の髪は輝白じゃないでしょ? ほら、黒、無黒だからね!」
「では無黒竜様?」
「無黒竜? それも違うから! 私をトカゲの親分にしないでくれぇぇぇえええ!」
・・・
・・
・
何とか必死に言い聞かせて、私が輝白竜でも無黒竜でもなく、そこいらを歩き回っている転移者の1人である事を分からせる事が出来た。
だけどまだ土下座姿勢なんだよね……先ずはそれを止めて欲しいんだけど……ふぅ。
それにしても装備のお陰で難無く野郎を伸す事が出来たのは間違い無いけども大いなる人違いをされるとは思いも寄らなかった。
なんでも輝白竜の格好イコールこの着物なのがこの街の常識らしいんだ……やっぱり人前で着るのは止めておこう。
それが無難だね。
その事は決定事項でここまでとして、だ。
「お姉さんも何かするなら今のうちにやっといたら?」
「……これ以上はどうしようもないと思うですが……」
「そう? まいっか。それで……
《クエストをクリアしました。報酬として50貫手に入りました》
《クエスト『女性のこれから』が発生しました。クエストを受注しますか? Yes/NO》
連チャンクエストなのか。
Yesしかないよね。
ここまでやって放置とか薄情ここに極まりって感じしかしない。
それに、どうするのかを聞こうと思っていたから丁度良かった。
「お姉さんはこれからどうするの?」
「どう? ですか……」
「家に帰れるの?」
お姉さんは無言で首を振った。
「食べて行く事は出来るの?」
これまた首を振った。
「どうにもならない状態なんだ」
これは頷いた。
……どうしたものかね?
んー……住まいと仕事か……最悪仕事は自分で探してもらうとしても住まいか……私がお金を貸す? 貸したお金で宿住まいとか? 宿って一泊幾ら何だろう? フルーツポンチの値段から予想すると……安くて5貫位? 駄目だ全く予想がつかない。
ベアリさんに鱗代を全額貰ったとしたら相当長く泊まれるけど、寄生されるのは嫌だしな。
ん?……ベアリさん?……そうか!
ベアリさんのお店で雇ってもらったりは出来ないかな?
ベアリさんのお店が無理でも他所を紹介してもらうとかは出来ないかな?
紹介先も無いなら相談くらいは乗ってくれないかな?
なんにせよ虫がいい話だけど、他にあてはないし取り敢えず行ってみよう。
「お姉さん、私に付いて来て。もしかしたら何とかなるかも知れないからさ」
「え? はい……」
返事をしたお姉さんは漸く顔を上げて立ち上がった。
……美人さんだぁ。
掴まれて引っ張られた髪は乱れているし、叩かれた頬は赤くなって少し腫れているけども。
お姉さんが美人なのは間違い無い。
スッと小筆で引いた線の様な眉。
吊っても垂れても居ない二重の目。
小鼻が小さく筋の通った鼻。
厚くも薄くもない唇をした口。
鰓も頬も張り出してなく細く整った輪郭。
背丈も私より少し高い位だから160センチ位かな?
それで背丈の割りにスタイルが良さそうだよ。
プレイヤーの初期装備と《FB》のNPCの衣類は、ほぼ同じデザインをしていて、体の線が全く出ないゆったりした物になっているの。
その服を着ていて胸が張り出し、ウェストが引き締まっているのが分かる。
尋常ならざるスタイルの持ち主だ。
どうしてこんなゴミ屑と連れ添って居たのかが不思議な逸材だよ。
「あ、あの……どうか致しましたか?」
「うん、見惚れていた。凄い美人さん」
「え? あの、わ、わたくしは女性と夜伽をした事は……」
「ブッ! 何でそうなるの! 私はそっちの趣味は無いから!」
「そ、そうですか……良かった」ボソッ
全く、今までどんな生活してたんだろう?
確かにこの上無い美人さんだから、夜の仕事なんかしたら引く手あまただろうけど、それが嫌だから反抗していたんでしょ?
なのに自分から夜伽って……ちょっと重症なのかもね。
なんとかして働くのは昼だけ、夜はしっかり睡眠をとる生活が当たり前に思う様にしてあげないと。
先の人生の色合いが暗くなっちゃう。
「兎に角、私はお姉さんを……名前はなんて言うんだろう? 私はアニスベルって言うの」
「わたくしは、アンシェティオと申します」
私好みの響きの名前だ。
でも私の名前同様、さん付けで呼ぶには少し長いかな。
「アンシェ? ……これは駄目? ……ゴミ屑野郎が呼んでいた可能性高いな。なら……ティオしかないかな? ……うん、ティオさんって呼んでいい?」
「はい、その様にお呼び下さい」
「んー……あのさ、その丁寧で話すのは止めて欲しいんだけど……」
年上に敬語とか丁寧語を使われるのって違和感が半端ないし偉そうに見えるから嫌だ。
私はただの転移者設定の1プレイヤーでしかない。
確かにティオさんからしたら、窮地から救ってくれた人になるんだろうから、恩義と感謝が言葉にも含まれているのかも知れないけど、わたしみたいな小娘に対しては過剰だと思う。
もう少し砕けた喋り方で良いと思うんだ。
「わたくしは普段からこの喋り方に御座います」
「そ、そうなんだ……でも、出来たらもう少し砕けた喋り方が良いかな」
「……努力致します」
「あ! いや、無理はしなくて良いよ? 身に染みちゃった事を改めるのって大変だからね」
簡単に修正できるなら『癖』なんて言葉は存在しないんだよ。
あっ!
そうだ、歓楽街に着く前に着替えなきゃ。
「『換装1』」
「あっ!」
「あははは、ティオさんみたいに輝白竜に間違えられたら面倒だろうからね」
「そうですか……お似合いでしたのに……」
な、なんだぁ?
ティオさんがしゅんとなるとヤバイ。
凶悪なまでに可愛い、美人が可愛いくなるなんて反則だよ?
しかもありふれた服装でこれでしょ?
もう少しでも仕立ての良い服装だったら……傾国とか呼ばれる立場にまで行きそうだよ。
あ、そういえば。
「着物の事は内緒にしておいてね?」
「……ですが……」
「内緒しないと、あれをもらった所まで連れて行っちゃうよ?」
「え? それは……」
「輝白竜の息子の所まで」
「御子息の……」
「そ、炎灼竜ね」
「!!、分かりました。決して口外致しません」
「うん、ありがとう♪ あ、ここは早足で抜けちゃおう」
返事を待たずに歓楽街を小走り近い早足で横切る事にした。
どこにティオさんの顔見知りが居るか分からないし、見付かって声を掛けて来るのが客だったら、私が我慢できないかも知れないし。
あくまでイメージだよ。
ファンタジーの歓楽街の客って品の欠片も無く露骨な物言いをしそう。
そんな言われ方をして喜ぶ女なんて居ない。
もし居るなら精神的に壊れかけてるんじゃないの?
それに、ティオさんは歓楽街に行くのを嫌がって反抗したんだから、さっさと通り抜けるに限るんだよ。
・・・
・・
・
急ぎ足で南東区画の広場まで到着した。
こっから『火掌ベアリ』までは数分あれば着く。
広場で一息つくのに一休みしよう。
「ちょっと急ぎ足だったから少しだけ休憩しよう?」
「はい」
そう言ってベンチに座ってから広場を見渡してみた。
夕刻の賑わいが幻だったかの様に人っ子一人居ない、露天を開いていた人達もすでに撤収している。
だけど人の声は聞こえる。
この辺りには食堂兼酒場兼宿が密集していて、1日を通して人口密度が街一番との事。
取り敢えずそこいらの宿に駆け込んで部屋をとるのも良いかも知れないけど、顔が腫れて髪が乱れている女性を伴っていたら厄介事が来たと捉えられる可能性が高いと思う。
だとすると、ベアリさんを頼るのが一番だと思う。
厄介事に巻き込んでしまうかも知れないという引け目は有るけども、ベアリさんなら渋い顔をしつつも受け入れてくれそうな気がする。
勿論理由は無いから当てが外れる可能性も多々ある。
……本当はね、不知火さんを頼りたい。
炎灼竜たる不知火さんなら何が起こっても不安無くティオさんの今後を模索・実行できるからね。
多分、まだ街に居ると思う。
不知火さんの魔力を感知しているからね。
街に来て分かったんだけど、不知火さんの魔力は異質な物なんだ。
街の人達と比べて濃いと言うか、ねっとりとしていると言うか、はっきり分かるんだよ。
その魔力が隣で歩いて居た時と変わり無いから街にいると思うんだ。
でも、何処に居るのか分からないから頼れないんだ。
さて、あんまり遅くなるとベアリさんが寝ちゃうかも知れないから、そろそろ行こう。
「ティオさん、少しは休めた?」
「はい」
「じゃあ、そろそろ行こう」
「はい」
腰を上げ、『火掌ベアリ』のある東の方へ行こうとした時、行く手を塞ぎ立ちはだかる人達が居た。
その人達をジッと見ていると、歓楽街に繋がる道の方から複数の態とらしく足音を立てて近付いて来る人達が居た。
他にも北と南の道も塞がれていた。
「大丈夫だよ」
怯えて私の腕に縋るティオさんは言われるまでも無く自分を追って来た人達だと理解していた。
やはり、早足で抜けたとは言え誰にも見付からずに歓楽街を抜けるの無理だったみたいだ。
何事も無かったらラッキー位にしか思ってなかったし、順当に来ている感じなんだろうね。
「おい、ガキ。その女はうちの稼ぎ頭なんだわ、返してもらおうか」
無視する。
いかにもファンタジーのチンピラと言った風貌と態度をした輩の話なんぞ聞く必要は今のところは無い。
「聞いてんのか! あぁ!」
下らん事を言うね、無視だ! いや……
「さ、行こうか」
その場に留まっているのも時間の無駄、奴等の包囲が完成する前に人数の少ない方から擦り抜けちゃうのが賢い行なはず。
かといって最初から走るのは愚策、完全に逃げますよと言っているのと同じだもの。
だから……
「いつでも走り出せる準備をしといてね」ボソッ
声を掛けて来た奴等がどうでるか、それに掛かってる。
もし走って距離を詰める様なら、私達も直ぐ走る。
余裕ぶって歩いて距離を詰めるなら、適当な所で走り出し意表を突いて出し抜く。
……多分上手く行かないだろうなぁ。
漫画じゃあるまいに、こうした状況に陥った事が無い付焼刃な策が上手く行くほど世の中甘くないだろう。
それがゲームの中だとしても変わらないはず。
「どこ行こうってんだ? あぁ?」
チンピラ共も歩いて付いて来るけども……駄目か。
動いて欲しい行く先に居る奴等は動かないで相変わらず道を塞いでいる。
別の手段……あれをやってみる?
一か八かだけどやってみる価値は有りそうだな。
上手く行けば切り抜く事ができる。
駄目なら最後の手段を、やりたくないけど、凄い嫌々だけど、やるしかない。