初めてのクエストします
「ん~おいちい♪」
屋台で買ったフルーツポンチは、見た目と香りで判断した通り……いや、それ以上の美味しさだった。
シロップ自体は甘さ控えめで前面にでで来る事はなく、酸味の強いフルーツを食べ易く和らげている。
フルーツ自体も工夫がされていて、甘味が強い物は小さめにカットしてあったり、固めの物は切り込みが入っていて食べ易くなっていたりしている。
これで1杯500文だなんて、お買い得過ぎる!
しかし、貫の下に文と言う通貨単位……安直過ぎやしないか?
まぁ良いけどさ。
今はフルーツポンチの方が大事だからね。
でね、絶対にまた買いに行くんだ♪
こんなに美味しいのをタダで貰いっぱなしなんて不義理も良いとこだし、私がしたアドバイスが役に立っているかも気になるしね。
おじさんのとこはシロップのフルーツポンチしか無かったからね。
大人向けにお酒のフルーツポンチを作ってみたらどうかとアドバイスしてみたんだ。
おじさんは『考えもしなかった』と表情で言っていたけど、シロップとまでは行かないけど甘いお酒は有る、酒精の強い物で作ったらどうなる? そんな事を呟いていたよ。
なんかちょっとだけ良い事をした気分だよ。
上手く行くといいね。
「あ、有った有った『火掌ベアリ』。こじんまりとしたお店だね」
到着しました、不知火さんと屋台のおじさんも勧めていた食事処へ。
場所的には露店も少ない外壁近くの南東区画の外れの方で民家が多い地域みたいだけど、店内から溢れてくる声は沢山聞こえる。
『火掌ベアリ』では、お酒を提供していないから、もうじき閉店の時間だそうだ。
屋台のおじさん曰く。
不知火さんの鱗、『炎灼竜の鱗』を持って行けば閉店後でも何かしら作ってくれるかも知れないと言っていたんだけど……本当かな?
まぁ、駄目元で当たって砕けよう。
「あーごめんなさいねー。ラストオーダー終わっちゃったのよね」
「そうなんですね……残念……あ、そうだ。あのベアリさんの手はいつ頃空きますか?」
「女将さんですか? もうじき空くはずですけど? 何か御用で?」
「はい。ベアリさんなら買うかも知れないと言われた物を持ってるんです」
「そうですか。伝えておきますね」
「お願いします」
取り次ぎを頼んだ後、空いている席に座ってベアリさんが来るのを待っていた。
その際、ただボーッと待つのもなんだし、普通にどんな料理が有るのかが気になったから他の客が食べているのを見ていた。
見ていて分かったのは、この街には米がある事と醤油や味噌もある事だった。
でもどうゆう訳だか麺類は無いみたいなんだ、食べている人も居なければメニューにも載っていない。
お昼ご飯にうどんを不知火さんに御馳走になったから有るものだと思っていたのだけど街では未知の食べ物だったりするのかな?
もしかしたら、このお店が提供していないだけかも知れないか、他のお店も行って確かめてみるしかないか。
それにしても、麺類は無いけど……
「あんたかい? あたしに売りたい物が有るってのは」
「はーい、そーでーす♪」
「なんだい? やけに上機嫌だね」
「え? あははは、だって美味しそうな匂いだし、皆さん美味しそうに食べてるし、私も食べてみたくなっちゃって♪」
「ふふふ、嬉しい事を言ってくれるねぇ」
「お金が出来たら絶対食べに来ます!」
「そうかい、客が少ない時間ならサービスしてやるよ。んで、売りたい物ってのはどれだい?」
あまりにも美味しそうだったからテンションが上がって本来の目的を忘れてしまっていたよ。
豚っぽい肉の角煮・筑前煮っぽいの・名前の分からない魚の煮付け、和食ばっかりかと思いきや。
ビーフシチューっぽいの・ポトフみたいなの、豆をトマトで煮込んだみたいなソースを掛けた魚、洋食も有った。
どれもこれも美味しそうでね。
テンション上げるなってのが無理だよ。
っと、いかんいかん。
今は鱗の事だった。
「これです。フルーツポンチの屋台のおじさんがベアリさんなら買うかも知れないと言っていたから持って来てみました」
「炎灼竜の鱗かい……つい最近、買い換えたばかりなんだよ」
「え?あ……そうなんですね……それじゃ明日商業ギルドに持ってきます……」
当てが外れたけども、こればっかりは仕方無い。
元々が私の身勝手で期待をして来たんだから、売れない事も十分に有り得た事。
それを完全に忘れちゃって期待しちゃっていたの誰のせいでもない、私のせい。
だから肩を落としたり、ガッカリした表情をしちゃいけないよね?
初対面の飛び込みの売り手に気を使うかは分からないけども、気を使わせる様な事をしないようにしないと。
「明日お金を手に入れたら食べに来ますね♪」
「ちょっと待ちな」
退席の台詞を口にして席を立った時に呼び止められた?
……気を使わせちゃったのかな?
「これは何処で手に入れたんだい?」
「えっと……その……」
不知火さんから直接貰った事を言っても良いのかな?
他の店員さんも居るし、まだ食事中のお客さんも居る。
聞き耳を立てているのかは分からないけど、万が一聞かれて後々で面倒事になるとか嫌だし。
「この鱗は落下物にしては状態が良すぎるんだよ。等級は同じ様だけど、うち程度の店が使うには高過ぎる品質だね」
これ、誤魔化しきれそうにないかも……ちょうど良く立っているし耳打ちすれば周りに聞かれる事は無いかな。
「ちょっと失礼しますね……本人に貰ったんです」ボソッ
「……そうかい……幾らなら売るんだい?」
「ふぇ?」
「幾らなら売るのかを聞いてるんだよ」
「買ってくれるんですか?」
「まぁね。この品質は中々売りに出される事もないしね。買って損はないさ」
「ありがとうございます。えっと、相場を知らないから、ベアリさんが決めて良いですよ。あっ! でも、あんまり値切らないで下さいね?」
ある程度は仕方無いと思う。
私からしたら無理を言って買ってもらう様なものだし、何より今すぐにお金を必要としている訳じゃないから。
この後、街をブラついて衝動買いしても困らない位のお金が有れば良いと思ってる。
「なら、そうだね……9万貫でどうだい? 商業ギルドでの買い取り相場が7万貫前後だからね、これは高品質だからそれ位の値段になるはずだよ」
えっと……適正価格で買い取りをしてくれると?
あ! いや、違う。
買い取りの適正価格だから、ベアリさんは商業ギルドが得る中間マージンを払う事が無く安く手に入る訳だ。
「ベアリさんが良いならそれで」
「そうかい? なら決まりだ。ただねえ、今手元に9万貫も無いんだよ、手付けで2万貫、残りを明日でもいいかい?」
「はい! 急いでいないので大丈夫です。あっ! でも、明日来れるかは分からないので近々ででも良いですか?」
「……あまり手元に大金を置いて置きたくは無いけどね、構わないよ」
「ありがとうございます」
「持って来るからちょっと待ってな」
ゲーム内とリアルの時間経過の相違がどれくらいなのかを知らない。
だからログアウトして次にログインするまでにどれ位の時間が経っているかが分からないんだよ。
多分、お母さんは晩ご飯時間になったら呼び出しボタンを押すだろうから、押されたらログアウトしないといけない。
次にログイン出来るのは、リアルで最低でも2時間は経過するだろうから、下手をしたら《FB》では明後日になっているかも知れない。
そういった事が書かれているマニュアルとか無いのかな?
有って然るべきだと思うんだけどなぁ。
これも、ログアウトしたら検索してみようかな。
・・・
・・
・
『火掌ベアリ』を後にした私は南西地区を見てみようと移動始めた。
途中フルーツポンチの屋台で代金を払おうと思い寄ってみたんだけど、すでに屋台は無く撤収した後だったの。
支払いは次の機会に1杯買って2杯分渡せば良いと、おじさんも言っていたから、その提案で払う事にしたよ。
その時に北東地区の書籍院に行ってみようかと、チラッと思ったんだけど、露店や店舗が撤収・閉店している所が多くあったから、書籍院も閉まっているんじゃないかと思ったんだ。
もし閉まっていても周辺を見て回るのも良いかなとも思ったけど、北東地区って大きな建物が多い様に見えたんだ。
簡単に言っちゃえば、金持ちが住む地区の印象があった。
そういう地区には1人で行きたくないんだ。
正直、ファンタジー世界の金持のイメージが最悪に近いから、もし1人で行くとしても明るい時間帯じゃなきゃ嫌だ。
そんな偏見に満ちた理由で北東地区へ行くのを却下して南西地区に行く事にしたんだ。
それで南西地区だけど、大通りと1本裏の道は歓楽街になっている。
全部を見たわけじゃないけど見える限りは、その手のお店が並んでいる。
表通りは人通りが多いせいか客引きはやっていなかったけど、裏通りでは薄手の衣装を着たセクシーなお姉さんとかお兄さんが客引きをやっている。
こういった景色は映像でしか見た事が無いからなのか、眺めているだけなのに、ここに居る事が場違いな違和感しかなかった。
違和感が無かったとしても、妓館・娼館にスカウトされるのは嫌だし。
酔っ払いに絡まれるのも嫌だったから早々に通り過ぎる事にした。
歓楽街を通り過ぎて南西地区の奥へ入って来ると人が居ないのかと思うほどに静寂で、寂しさを覚えた。
店舗も既に閉まっているし、住宅が多い区画なんだろう。
建物からは灯りが溢れているから人が住んでいるのは間違い無いはず。
「離してっ! 何度も言ってるでしょう! もうあんたの言う事は聞かないって!」
広場着き北西地区の方へ足を向けた時、背後から女性の怒鳴り声が聞こえた。
何事かと思い振り返ると1組の男女が鬩ぎ合いをしていた。
『クエスト《とある男女》が発生しました。クエストを受注しますか? Yes/No』
視認したらクエストが発生した……えぇ……痴話喧嘩の仲裁クエスト?
初クエストだからやるけどさ……
犬も喰わない事なんだから放っておくのが良いんじゃ?
「ふぅ……」
Yesを選択し2人の方に向かい歩き出すと男性の方が女性を殴った。
パンと言う音から察するに、平手で殴ったんだろうと推測できるけど……どうにも許せない!
言う事を聞かないと判断したら力尽くで遣り込めようって考えも行動も許せない!
これはもう仲裁クエストじゃない、救出クエストだ。
でも……クリア出来るのかな?
うーん……他にクエストをしようとしてるプレイヤーは居ないみたいだし、近所の住民も介入しようとしていないみたいだし、使っちゃうかな。
不知火さんに貰った装備をね。
「キャアッ! 痛いっ!」
あっ!
苛々が増した!
女性は殴られた後、その場にへたり込んで呆然としていたんだけど、男の方は是見よがしに女性の髪を掴み引き摺って歓楽街の方へ行こうとしている。
こんな野郎に手加減とか要らないね。
女性を助けると決めた私が最初にとる行動は後ろから近付き野郎の腕を殴る。
チッ!
失敗した。
髪を掴んでる腕を殴ったので髪から手は離れたけど、その反動で女性も地面に投げ出される様な事になってしまった。
「ってぇな! んだてめえは!」
野郎が悪態を吐くやいなや殴り掛かって来た。
直ぐに反撃が来ると思ってはいなかったけども、殴り掛かって来るのは予想していた。
セオリー通りに顔に向けてね。
だから避けるのは簡単だった。
殴り掛かって来た野郎の方は、私の後方に数歩踏鞴を踏んで振り返って睨んできた。
「んだガキはすっこんでろ!」
「おぉっ! 凄いっ! ゴミ屑が喋ってるよ!」
「んだとクソガキがっ!」
どうしてなんだろう?
こういった類いの輩って何故か大きく振り被って顔しか狙って来ないんだよね。
だから距離があって自分がすくんで動けない事が無い限り避ける事は難無く出来る。
「ねえ、お姉さん?」
「……え?」
「これから叩き伸すけど止めたりしない?」
「え?」
「だから『もう止めて』とか言って間に入り込んで来たりしない? するなら私は止めて他の所に行く」
「………」
馬鹿らしいからね。
クエストだし、お節介からの善意だし、途中で止めに入るなら最初から反抗なんてしないで従っていろと思うからね。
「絆されたり、未練がましい気持ちが有るなら、私のしている事は無駄になるからさ」
「……しません……止めたりはしません!」
「ん、了解。『換装3』」
不知火さんから貰った装備に交換して、ちょっとだけ驚いた。
昼間着た時には気が付かなかったけど、この着物は薄っすらと発光している。
輝白竜の素材が使われているから?
元々が輝白竜の持ち物だったから?
理由は定かではないけども、1つハッキリしている事がある。
これ夜に着るとメッチャ目立つ、悪目立ちと言っても過言じゃないくらいに目立つ。
窓から様子を伺っているNPCの皆さん?
明日、変な噂を立てないで下さいね?
お願いしまっす。