スキルを教わります
私は私なりの結論を出した。
格闘は武器を使うにしても有用だと。
戦闘中に武器を落としたり壊れてしまったりした時に、予備の武器を取り出す余裕がないかも知れない時に格闘スキルが有る無しは重要になる。
それ以外にも通常攻撃に格闘を混ぜれば敵を撹乱させる事も出来るかも知れない。
以上の事から他の武器より先に格闘スキルの獲得を目指す事にした。
あくまでも憶測だけど、他の武器の熟練度を先に上げ始めたら格闘の熟練度を上げるのは後回し後回しとなって結局上げる事をしなくなりそうな気がする。
その点で考えると格闘はリーチが無い攻撃方法だから、それを補う為の武器スキルの取得を模索すると思うから一番最初に獲得するのが良いと思い至ったんだ。
でも不安もやっぱり有る。
だからそういった事を全て不知火さんに伝えてみた。
「確かにその懸念はあるか……だが度胸という意味では貴様は申し分ないはずだ」
「ん?」
「なにせ俺様を見据えて喧嘩を売るくらいなんだからな」
あー、そうかも。
あの大きくて厳つい顔より怖い見た目の生物ってなかなか居なさそうだね。
「それ以外の懸念だが、スキルで補うのが良いだろう」
「スキル?」
「うむ、【身体操作】【魔力操作】」
「【身体操作】に【魔力操作】……それってどうやって覚えるの? 街で売ってるの? 本を読むとかするの?」
「売ってもいなければ、本を読んでも覚えん。魔法や生産職じゃあるまいに。自力で覚えるのだ」
「え?」
ここに来て無茶振りがきた。
自分の体に糸でも括り着けて操ると【身体操作】ゲットとか?
あっ!
魔力を糸みたいにして体に括り着けると一石二鳥?
いやいや、そもそも魔力ってなに?
そこから分からないから無理!
「覚え方は俺様が教えてやる。なに然程難しくはない。先ず【身体操作】だが………
確かに聞くだけで判断するなら難しくはなさそう。
【身体操作】は自分の体の稼働限界を全身隈無く知る事。
【魔力操作】は自分の体内にある魔力を感じとり、一ヶ所に少しでも良いから集める事。
それだけで覚えるそうだ。
それで実際にやってみたんだけども……ムズい!
全身の稼働限界と言うけども、殆んど動かした事の無い箇所があるみたいなんだ。
ラジオ体操第一第二・思い付く限りの柔軟とストレッチ等々やってみたけども【身体操作】を獲得する事が出来ない。
むぅ……リアルに戻ったら体操とストレッチで検索してみよう。
もしかしたら分かるかも知れない。
現状分からない事を続けても分かる訳が無いから【魔力操作】を獲得する事にしたんだ。
これも聞くとやるじゃ難易度が違ったんだ。
先ず体内の魔力とやらを認知する方法が目を閉じ体内に意識を向け異質な何かが有る所を探す。
異質な何かってなに?
そっから分からない。
分からないけども、分からないとスキル獲得にならないから思い付く限りの事をやってみた。
心臓の鼓動を認識してみたり、呼吸して膨らむ肺を意識したり、収縮拡大させている横隔膜の動きをイメージしたり、胃臓・肝臓・腎臓・膵臓・十二指腸・小腸・大腸等々の位置をイメージしてみたりした。
それでも分からなかったから、最後には丹田、お臍の少し下辺りに意識を集中し集まれ集まれと念じていたらジワジワと熱を帯びて来たんだ。
その熱が丹田辺りから外に出て行く様な感じがしたら、メニュー画面の様な物が視界の右下の方に小さく出現して
『【魔力操作】を覚えました』
『【魔力感知】を覚えました』
と表示されてスキルを獲得したのがわかった。
新規にスキルを取ったり、レベルが上がったりすると頭の中で声がして知らせるのが漫画やラノベのセオリーだから、このゲーム《FB》も同じかと思ったら違ったね。
個人的には、いきなり声が聞こえたらビックリするだろうから、この方法で知らせてくれる方が有難い。
なんにせよ、スキルを初ゲットだー!
嬉しくて思わずガッツポーズしちゃった。
「ふむ【魔力操作】の方は覚えたか」
「うん!【魔力感知】も覚えたよ」
「ほう、ならばこの場に漂う魔力の流れは見えるか? いや、漂っているのが分かるか?」
漂う魔力?
……あ……外から部屋の中に入って来て廊下に抜けて行ったり、逆に廊下から外に出て行く何がある……これが魔力?
「ふむ、分かる様だな。ならば!」
むおっ!
不知火さんから何かが溢れ出てる。
凄い量だな。
あっ!
【魔力視認】を獲得した。
不知火さんから溢れ出る何かが透明な赤色だったのが見えたら【魔力視認】を……
「やはり貴様は度胸だけは並外れているな」
「え?」
「俺様の魔力放出を目の当たりにして平然としているのが証拠だ。並みの存在なら恐怖を覚えるはずだからな」
……良く分からない。
確かに膨大な何かが溢れているのは見えたけども、それだけ。
お湯を沸かしていた鍋の蓋を取った時みたいに一気に大量の湯気が立ち上ったのに似ていた。
恐怖を覚える要因なんて無かった、むしろ不知火さんの素顔、ドラゴンの顔の方が怖い。
「まぁいい、魔力に疎い様だから、まだ分からんか可能性もある」
「あー、それ有り得るかも」
魔法について何も分かっていない状態なのが初期状態だからね、今後魔法の理解度が深まって行けば分かる様になるのかも。
「【魔力操作】だがな、最初は両拳に収束する事から始めるがいい。そして意識をせずに収束出来る様になったならば、その範囲を肘までだ。その後は脛だ」
「脛?」
「殴るのみが肉弾戦ではないだろう?」
確かに格闘から蹴りを抜くのは有り得無い、拳よりも攻撃力の有る一撃は間違い無く重宝する。
「その後は全身隈無く覆う事だ」
「全身を……」
「そうだ」
先は長いと言った所だね、マジで!
スキルをゲットしたと言っても、集めようと思う箇所を意識しないと魔力は集まらない。
しかも集まるまでに、それなりの時間が掛かる。
あっ!
スキルが獲得できると言う事で、すっかり忘れていたけども。
魔力を集めてどうなるんだろう?
「だが、この辺りの地表にいる魔物や獣なら拳に魔力を集める事が出来れば問題無く対処できるはずだ」
「そうなんだ。でさ、魔力が集まるとどうなるの? それ聞いて無かったよ」
「む! ふむ、先程見せた事が一通り出来る様になる」
おぉ! マジか!
一撃のダメージが上がる位だと思っていたけど、さっきの貫通・斬撃みたいな事が魔力でできるんだ。
あれは格闘か拳術? 有るのかは分からないけども、どちらかかの熟練度が相当溜まらないと全部が打撃のみになると思っていたから嬉しい話だよ。
あ、でも、只纏うだけじゃ駄目なんじゃ?
纏っただけだと、ドラ◯もんの手と変わらないんだよ。
この手で斬撃とか無理としか思えないから、多少は斬るに向いた形状に魔力を変形させないと出来ないんじゃないかな。
纏う範囲の拡大の練習と同時に形状変化の練習もしよう。
「【身体操作】は重心の均衡とりや筋力・俊敏力を制御・増大・減少をする」
「減少もなの?」
「そうだ、何かをする時に余計な力が入る事があるだろう? それを制御し減少させるのだ。しかしな……
第一印象と違って意外と良く喋るんだな。
ムスッとして黙りを決め込まれるよりはずっとましだから良いけど。
おっと、私の感想は後回しだ。
スキルについて重要とまでは行かないけども覚えておいた方がよさそうな事を言ってる。
なんでも【身体操作】は【筋力増大】【俊敏力増大】等の特化スキルと比べると降り幅が少ないそうだ。
特化の降り幅が10とすると【身体操作】は2、良くても3行くか行かないかだそうだ。
だけど特化の方は減少系のスキルを別個に獲得していたとしても、その効果を効率的に使う事は、まず出来ないそうだ。
【身体操作】がその役割をするスキルなんだって。
更にお徳な事を聞いた。
【身体操作】で増大減少をしていれば特化のスキルも、いずれは獲得できるそうなんだ。
ここまで教えてもらったら【身体操作】を獲得しないと言う選択は有り得ない、何が何でも何を後回しにしても早急に獲得するしかない。
「おおっ! そうだっ! 暫し待て!」
「うん、待つけどどうしたの?」
「俺様が戻ってからの楽しみにしておけ」
そう言うと、スキップをしても可笑しくは無い位に上機嫌で部屋を出ていった。
あれと同じのを見た事がある。
あれは誕生日やクリスマスの時のお父さんと同じだ……
私が喜ぶと思って買った、お父さんチョイスのプレゼントを取りに行く時の雰囲気と同じだ……
正直困るプレゼントが多いんだよね。
そりゃね、要らない物をくれたりはしないんだけど、デザインとか色が自分じゃ絶対に買わない物をチョイスしてくるんだよ……
物自体は嬉しいんだけど……実用したいと思えないから、どうにも困るんだ。
きっと不知火さんも……
「待たせたな!」
「いや、全然」
「そうか? で、これだ!」
部屋の中央にデンと鎮座する大きな座卓に置かれた物は白色のガントレットとグリーブだった。
素材は……鱗……かな?
ガントレットもグリーブも鱗状に装甲が付いているんだ。
その1つ1つの形状も何かを加工している様には見えない。
「こいつは俺様が幼少の頃に使っていた物だ。今は使う事の無い装備品だ。遠慮無くもらっておけ」
「はぁ……とりあえず『鑑定』」
輝白鱗の籠手 1等級
ダメージ削減値 150
生命力 +100
精神力 +0
体力 +50
筋力 +255
敏捷力 +0
魔力 +0
運 +0
拳術
耐撃(打斬・中)
耐属性(火水風土雷光闇・弱)
贈与不可
収奪不可
輝白竜の指の鱗で作られた籠手。
抜け落ちた鱗を使用している為に発光現象は失われている。
輝白鱗の脛当て 1等級
ダメージ削減値 150
生命力 +50
精神力 +0
体力 +100
筋力 +0
敏捷力 +255
魔力 +0
運 +0
蹴術
耐撃(打斬・中)
耐属性(火水風土雷光闇・弱)
贈与不可
収奪不可
輝白竜の指の鱗で作られた脛当て。
抜け落ちた鱗を使用している為に発光現象は失われている。
空いた口が塞がらないとは、こんな感じなのかな?
なんなのこれ!?
また1等級の装備じゃないか!
しかも御丁寧に装備したら私専用になる。
いくら昔自分が使っていた物だからって1等級の装備をポンと寄越すってどんな神経してるんだろう?
しかもこれ、母上の手作り品じゃないの?
こんな物を貰える訳がないじゃないか!
そこのドヤ顔でこっちを見ているドラゴン!
一体どんな脳ミソをしていやがるんだ。
全く男ってのはセンスのネジが歪過ぎる。
もっと気兼ね無く貰える物を出してくれえ!
よし、スッキリはしなかったけど一通り愚痴ったから次に進もう。
どうやって断るか……
「ありがとう……」
「む?」
「でもこれ貰えないよ」
「む?」
「これお母さんの手作りでしょう? 使わないとは言え、軽々しく誰かにあげて良い物じゃないよ? あげるなら自分の子供にあげる物じゃないの?」
「むむ……構わん! 俺様に子が出来るなぞ何時になるか分からんからな」
出した手前引っ込みがつかなくなったとかじゃないよね?
変なところでプライドが高い生き物だからね、男って。
「はぁぁ、私が構うんだよ……これも装備したら返せないからね。ふぅ、子供にお手製の物を作る親の気持ちも考えてあげなよね?」
「む、むうぅぅ」
ちょっと揺らいでいるかな。
もう一押し。
「だが、それを装備しておれば懸念も危険は減るであろう?」
「確かに減ると思うよ。でもね他のプレイヤー、転移者の装備は今はまだ4等級ばかりなの。それなのに私だけ1等級の装備で固めていたら目立って別の意味で危ないと思うんだけど?」
「そ、それは……むうぅぅ……」
本当に勘弁だよ。
着物も籠手も脛当てもパッと見ただけで並外れた装備だと誰が見ても思う威厳の様なものがある。
良い装備が欲しい人に見付かったら面倒事が起こるのが火を見るより明らかだよ。
それに……
「1回も戦闘をした事が無い私には過ぎた装備だよ」
初っぱなから高ステータスでの戦闘は楽しくない。
弱い装備で頑張るから楽しい部分も多いんだよ。
それと、あーでもないこーでもないと知り合った人と話し合う楽しみすら無くなる。
したいじゃない?
勝つ為にはどうすれば良いのかの話し合いをさ。
現状でも工夫をすれば勝てるのか。
火力が足りないから装備を新調する為に採集したり金策したり。
あのスキルが有れば……獲得頑張ろうとか。
一緒に遊んでると思える瞬間、MMOの醍醐味を味わいたいもの。
それをこれ等の装備は台無しにするんだよ。
「ならば! 其れ等はいざと言う時の装備とすれば良い。普段は違う物を使えば良かろう」
「やっぱりそうくるか……あのさ、私に渡すのを諦めるって選択肢はないの?」
返事次第では私が諦めて装備をもらって御蔵入りさせちゃおう。
御蔵入りしかないんだよ。
ソロ活動での窮地なら気兼ね無く使えるけどもパーティー組んでの窮地なら使えないもの。
もし窮地に陥って装備を強力な物に換装したらどうなる?
『そんな物を持ってるなら最初から使え』と言われる?
『下に合わせた装備で見下して居たのか』と言われる?
何にしても前向きな言葉をくれる人は少なそう。
だから使えないんだよ。
周りが1等級装備を手に出来るまではストレージの肥やしになるしかないんだ。