招待されます
ドズゥゥゥン
私を影に包んだそれは大音量ではあったけども地味なオノマトペを放ち私の正面に現れた。
「ゴアアアァァァァ!」
それは着地後すぐに上下逆さになり、一声吠えると東の方向に飛んで行った。
あの後ろ姿は……
「ドラゴン?」
ドラゴンの実物なんて見た事は無いけど、色々な映像作品で見た後ろ姿に酷似してる。
長い尻尾、羽ではない膜の張った大きな翼、身体を覆うオレンジに近い赤色の体表、それらから連想されるのがドラゴンしか無かった。
……開始早々にドラゴンに遭遇するって……やっぱり予約に当選した時点で運を使い果たしていたのかな?
いや、開始早々に恐らくは最強種の一角だろうドラゴンに遭遇したのは運が良いから?
どっちにしても……
ゴゥ…ゴゥ…ゴゥ…
今度は何?
間隔をおいて強風が吹く。
しかも吹き飛ばされてからずっと座り込んでいるのにも拘わらず、飛ばされそうだ。
ゴゥ…ゴゥ…ズズゥン…
飛ばされない様に両手も地に着き踏ん張っていると何かが私の右側に着地した。
音から推察するに、中々の質量を持っているみたいだね。
多分……いや、間違い無く生物。
さっき飛び去ったドラゴンと争っていたなにか。
そうとしか考え付かない。
「なんだ、人間か……珍しい黒、無黒の黒と思い新種かと思えば……下らん失せろ!」
酷い言われよう……人間で悪かったな!
どうせ有象無象の人間ですよ。
塵芥な人間ですよ。
あ……なんかムカついて来た。
「さっさと俺様の領内から出て行け目障りだ!」
やっぱりムカつく、一言言ってやらないと気が済まない。
思い至った私は声の主の方を向いた。
そこに居たのは思った通りの生物だった。
私の視線の先には深紅のドラゴンが居る、そのドラゴンは東へ飛び去ったドラゴンよりも小柄に見える。
だけど威圧感は比べるまでもなく、こっちの方が強い。
視線を合わせてるから?
こっちの個体が勝者だから?
理由は分からない。
でも……こいつの視線はムカつく!
間違い無く侮蔑が視線にこもってる!
「ふん! さっさと失せ・・・
「あんた! 洗濯するから乾くまで其処に居ろ!」
「……俺様に命令するとはいい度胸だ!」
「あんたのせいで洗濯しなきゃいけなくなったんだから、やって当然!」
実は、連続して起こった脅威でお漏らししちゃったのだ……あっ!
リアルの私も連動してないよね?
「知るか!」
「ふーん、あそう。ボケっと座ってる事すら出来ない役立たずなのね。ならいいや、さっさと消えて」
こいつが其処に居るだけで動物は勿論、魔物すらも近寄って来ないと思う。
現に、出現地点から此処へ来るまでに生物と遭遇しなかった。
その理由は二匹のドラゴンが居たからなんだと思う。
だから洗濯と乾燥が終わるまで近くに居れば安全が保証されるはず。
魔物避けとして最適だと思う。
でも、しないってのなら邪魔なだけ。
下半身を丸出しにするのも見せる気は更々無いし、濡れたまんまで移動だってしたくないから、其処の川で洗って乾かすのは決定なんだ。
「人間風情が俺様に命令? 死んどけ」
「がっかりだね」
「なにっ!?」
「喋れるから、ある程度は知性が有るのかと思えば脳ミソも筋肉で出来てるのか、がっかりだね」
「貴様!」
「なに? 意思の疎通は拳でする馬鹿なんでしょ? やれば良いじゃん」
「ぐ……」
「やったら街で言い触らすから。この森の深紅のドラゴンは口で勝てないとすぐに力に訴える程度の低い脳ミソしか持ち合わせていないってね」
「死して言い触らす? 知性が無いのは貴様ではないか!」
「私は死んでも街に戻るだけだもん」
「貴様、転移者か!?」
プレイヤーは転移者って設定なのか。
何処からともなくワラワラと出現するんだから、強ち間違ってはいない。
しかもその全てが復活再生のチート持ちだしね。
地元生物からしたら私達が脅威になるのは仕方無いね。
納得だね。
私がプレイヤーと知って深紅のドラゴンは焦りと、さっきまでの見下し侮る侮蔑ではなく嫌悪と忌避のこもった侮蔑の視線に変わった。
殺しても死なない特異な存在だし、その視線は妥当だと思う。
「ちっ! 貴様が転移者だと言うのならば仕方あるまい。俺様の居へ招かねばならん」
「……はい? なんで?」
「創造神様との約定だ」
深紅のドラゴン曰く。
昨日創造神に最初に出逢う転移者と仲を持てと言われたらしい。
だから仕方無く私を家に招くそうだ。
仕方無くでも招いてくれるなら礼は言わないとね。
それと確実に安全な場所で洗濯出来るのだから、さっきの暴言についても謝っておこう。
他所様の家にお邪魔するのに暴言吐きっぱなしなんて礼儀知らずにはなりたくない。
でも謝ったところで深紅のドラゴンの態度が変わる事には期待はしない。
そんな事に期待するのは私の価値観を押し付ける事はと変わり無い。
本末転倒もいいとこ、礼儀を欠く行動に他ならないもの。
「ねぇ」
「あぁ?」
「さっき言った事は撤回するよ。約束を守るなら脳筋じゃないと思う」
「ほおぅ……謝罪を受けよう。では行くぞ」
・・・
・・
・
「ふうううぅぅぅ……温かいなぁ♪」
まさかログインして直ぐにお風呂に入る事になるとは予想もしていなかったよ。
しかもこの御風呂場、壁・床・天井・浴槽まで全部が木製で、木の香りにリラックス効果でもあるようで、かなり心地良い。
しかしドラゴンの家が古民家様式の純和風だとは思いもしなかった。
山肌にある洞窟とかだと思っていたからね。
本当に最初に上空から見た時は目を疑ったもの。
森にポッカリ空いた木の無い場所に瓦葺きの平屋が建っていて、場違いな印象しかしなかった。
おもわず私の襟首を摘まんで飛んでいるドラゴンの顔を見ちゃったしね。
そう言えば……
「ぷぷぶ……」
襟首を摘まんで連れて行ってと言った時のドラゴンの顔は面白かった。
ドラゴンに表情筋が有った事にはビックリだったけど、
『何を言ってるんだ、こいつ』
って感じで呆れていたのか、言われた言葉が瞬時に理解出来なかったのか、どちらかは分からないけども、間の抜けた顔をしていたもの。
意趣返しは完璧だったね。
あっちが
『人間ごときを背にのせるのか』
とか
『汚ならしい』
とか、聞こえない様に言わなかったら意趣返しなんてしなかったのにね。
デビルイヤーとかヘルイヤーと言われる地獄耳の私を侮るとは愚かなり!
まぁ、ドラゴンの家を見て意趣返し返しをされたから結果的には私の負けなんだよ。
さっきも言ったけども和風家屋が自宅だなんて思わなかったし、バカデカイ図体が入るとも思わなくて、どうやって入るのかと観察していたら小さくなった上に人型になるんだもの。
『マジっすか!?』
と、おもわず言っちゃったもの。
これもやっぱり現実じゃ目の当たりにする事が無いからVRの凄さに感心したね。
でも、演出の類いはまるでないから派手さは皆無だよ。
小さくなるにつれ体が変形するとか。
強い光を放つとか。
煙幕が張られるとか一切無かった。
一瞬でドラゴンから人型になったんだ。
派手さは無かったけど実を取るなら派手な演出は必要無いから、これが本来なら普通なんだよ。
変身を基本コンセプトにしている映像作品を見ていると思うもの。
『隙だらけで時間の掛かる変身とか合体シーン中に攻撃すれば良いのに』
とね。
悪を名乗ったり本気で潰す気があるなら、やって当然だし、やらない方が可笑しいもの。
まぁ、どっかの宇宙刑事みたいに変身時間がコンマ数秒なら隙は無いけどね。
「おい」
「ん? なに?」
「着替えを此処に置いていく。無遠慮に使え」
「あ、うん、ありがとう」
有難い事に着替えまで用意してくれたのか。
服が乾くまでどうしようか考えては居たんだよ。
脱衣場に大きな布が有ったから、それでも体に巻いて使おうかと思ってはいたけど、服を貸してくれるならそれを着よう。
あっ! そうだ!
街に着いたらしようと思っていたショートカット設定をしちゃおう。
いつ何と遭遇するか分からない所でなんて落ち着いてできないからね。
地図以外のショートカットは色々と有ったよね、えっと……
ステータス表示
鑑識
装着1~3
道具使用1~3
地図表示
パーティー招待
フレンド登録・解除
ブラックリスト登録・解除
メール
スクリーンショット
ログアウト
……あれ?
弄るのがほぼ無い。
今できるのって鑑識くらいだ。
ステータスなんてちょくちょく見ないだろうし、装着も初期装着しかない。
アイテムも……うん空っぽだ、何も持ってない。
他は言わずもがな、初めたばかりな上に他プレイヤーと遭遇していない。
ログアウトもわざわざショートカットしなくてもいいと思うから。
まぁいいか。
それじゃ鑑識の設定でもするか。
しかし、鑑定じゃなくて鑑識なんだね……なんでだろう?
意味合いは同じだと思うけど、細かく追及すると違うとか?
あ! いや、只単にオリジナリティを出したかっただけとかだったりして。
使う側としては、どうゆう時に使うか分かるから鑑定でも鑑識でも他の言い方でも問題はないから良いんだけどね。
それで設定だけども、どうしよう?
地図表示みたいにワードにするか、それとも動作にするか、どっちにしようかな?
……動作にしてみようかな。
動作にすれば人知れず鑑識できそうだしね。
っておい!
動作は指定動作しかない。
しかも全身を使うって、もろバレじゃないか。
止め止め!
ワードにする、ありきたりに『鑑定』にしておく。
早速何かを鑑識してみたいけど……湯船をしてみよう。
「『鑑定』」
加工良木(水) 1等
・質の良い木を加工した物
・水属性
これだけ?
木の名前とかは?
そうか、鑑識にも熟練度があって、一定数値を越えると見れる内容が増える使用なのかも。
うん、きっとそうだよ。
さてと、のぼせる前に上がろうかな。
・・・
・・
・
「こ、これは……」
体を拭いて、拭いた布を体に巻き付けて、置いてあった着替えを見てビックリしたんだ。
私が元々着ていた何処ででも売っている様な粗末な服が置いてあると思っていたからね。
まさかこんなに華麗な服……じゃないな着物が置いてあるとは思わなかった。
桜色のお尻が隠れる位の短い小袖、濃い紫の行灯袴、真っ白な羽織。
この羽織は少し変わっていて袖が無いの、袖が無い変わりに丈が長くて膝下まである。
そして縁には赤い厚手の布で装飾が施されている。
「いいのかな? こんな高そうなのを着ちゃって」
誰が見ても触っても高価な衣類と認めるはず。
なんの布なのかは分からないけども、手触りは絹みたいにスベスベとしている。
絹と言うと薄い生地なイメージが私には有るんだけども、この生地は薄くはない、厚手だけど柔らかくしっかりしていて耐久性もある感じがする。
「あっ! そうだ」
鑑識しちゃえば良いんだ。
結果、安物なら気兼ね無く着れるし、値打ち物ならドラゴンに聞いてから着た方が良いと判断できるから。
「『鑑定』……!! マジっすか……」
輝白竜の着物 一等級
ダメージ削減値 75
生命力 +230
精神的 +230
体力 +230
筋力 +230
敏捷力 +230
魔力 +230
運 0
体温調節機能(弱)
自動洗浄
自動修復
耐撃(斬打刺・弱)
耐属性(火水風土雷光闇・弱)
贈与不可
収奪不可
輝白竜が人型の時の普段着。
輝白竜(人型時)の髪とアラクネークイーンの糸とミラージュモスの繭糸で作られている。
一等級……高級品質……色々な特殊効果付き……しかも着たら私の所有物になって返却が出来なくなる。
「こんなの着れるかぁぁぁあああ!」
ここまで知った上で着たら窃盗の確信犯と変わらない。
もし着るにしたって確認してからだよ。
「大声を出してなんだ?」
「これ着れない!」
「?、サイズならば自動調整する」
アジャスト機能あるんだ。
って違う。
「これを着たら私の物になっちゃって返す事ができなくなっちゃう」
「?……そう言えばそんな事を言っていたな。いいから着ろ、母上は未だに休眠中だ。それに色違いの物が何着もある」
「尚更駄目じゃない! 本人の意思が分からないじゃん」
「その色合いの物を母上が着る事はない。自分で言っていた。『光を吸収する色の髪なら似合ったろうに』とな」
「……でも」
「なに、バレて文句を言われるのは俺様だ、気にするな」
「……じゃあ、有り難く貰っておく。ありがとう」
「うむ」
戸惑うところは正直ある。
始めたばかりで運良くドラゴンと出逢い、洗濯と言う名目で服を洗う事になって、ついでにお風呂まで頂いて、服が乾くまでの間に用意してくれた服が1等の装備……出来レース? 都合良すぎだよ。
しかも、害が及ぶとしたらドラゴンに?
私には御咎め無し?
やっぱり可笑しくない?
「あのさ、バレたら呼んで。やっぱり知っていて着るんだから、私も怒られないと駄目だと思うんだ」
「……いいだろう。渡した相手を知りたがるだろうからな」
「うん」
「ではさっさと着替えて居間へ来い。少々聞きたい事がある」
そう言うと返事を待たないでノシノシ歩いて行った。
私には聞きたい事は今の所は無いけども。
会話をして、この世界の事を知るのは良いかも知れないから。
知ればもっとゲームを楽しめるはずだからね。