弱酸性
当サロンでは弱酸性の洗浄成分で洗い上げております。
「申し訳ありません、ただいますぐにとは行きませんので、午後ならばよろしいので、いかがいたしましょうか?」
土曜日に朝から、癒されたいと思ってサロン・ドゥムンに行ったら、そんなことを言われてしまった。
まあ、予約なしで行く自分が悪いので、鈴木正直は。
「では午後で」
と予約を入れることにした。
一度家に戻ってから、ちよっと掃除でもするかなと、気になるところをフローリングシートで拭いたりした。
まだ昼前かと、せっかくサロン・ドゥムンに行くんだから、健康的な昼食にしよう。
そう決めた。
ただだ。
ただ。
健康的な昼食と言われても、まったく思いつかないというか、正直自炊してもダメなような気がした。
定食屋さんが近所に会ったかなと、考えて、あぁそういえばと思いついたお店に向かう途中。
『ランチ始めました』
寿司屋がランチを始めていた。
『お刺身定食600円』
値段的にもここでいいんじゃないかと、この寿司屋は行ったことないけど、寿司屋だし、変な物は出てこないだろう。
「すいません、ランチやってますか?」
中には寡黙な職人がカウンターにいた。
「今日は髪を洗いましょうか?」
サロン・ドゥムンの女性オーナーが、鈴木に提案をした。
「髪ですか?」
「はい、髪を切るとき、シャンプーはしてもらっているとは思いますが?」
「いえ、最近はもっぱらカットだけですね」
しかも時間がかかるのがイヤなので、並ばなくても出来る時に、ちゃちゃっとやってもらっている感じ。
「そういうお店にも色々種類がありますが」
「ありますね、同僚は、ひげ剃りがついて嫌だとか言ってました」
「髪を洗うと気持ちいいですよ」
「是非!」
鈴木は気持ちいいに弱かった。
美容院にあるような、髪を洗う設備、洗面所や専用の椅子のある部屋に案内された。
「どうぞ、お座りください」
椅子に座ると、洋服が濡れないように、襟元から防水の布、これをシャンプークロスという。これをしっかりと巻かれて。
「椅子を倒します」
ガタンという音と共に後ろに。そういえば、後ろに倒されるのは初めてかもしれない、理容室はだいたい前だ。
顔の上にガーゼを乗せられ。
シャー
頭の上で、水の音がする。
しゃわしゃわ
二、三回、たぶんお湯の温度を確かめているのだろう、勢いを横切る音がする。
「熱ければおっしゃってください」
髪の毛が濡れると、温度がわかる。
適温!
ちょっと熱いのがいい。
「髪を洗うといいましたが、今日の本当の目的は、毛穴です」
毛穴の汚れをきちんと洗い落とすらしい。
「自分で洗っているだけですと、洗い残しがあったりします」
「そういうものなんですか?」
「はい、ですから、一番は髪を切るときに、洗ってもらいますといいのですが」
一ヶ月に一度髪を切る癖があると、その時に髪を洗ってもらうために、毛穴の汚れがきちんと落ちる。
「人間の細胞は一ヶ月で生まれ変わりますので、一ヶ月に一回、そういった習慣がありますと、やはり違いますね」
チュー!
ここでお好み焼きにマヨネーズをかけるような、細い口の容器で、シャンプー剤が髪に満遍なくかけられる。
ジャワ
濡れた髪にシャンプー剤がかけられれば、簡単に指を動かすだけで泡が生まれる。
ギュ!
それはいきなり来た。
指が頭のツボとでも言うのだろうか、入りました。
軽い電流みたいな衝撃が走り、背中にぞくぞくとしたものが起こる。
そういや、頭を女性に洗われるってことが生まれて初めてなんじゃないかな?
今まではおじさんでした。
ゾク!
鳥肌みたいなものが立つのを必死で我慢しながら、俺は髪を洗われた。
もうこんな姿、誰にも見られたくはない。
そんな身も心も開放する場所、それがサロン・ドゥムン。
もう他のお客さん来なくていいし、増えなくてもいいです。