ヒモガールはdisられない?
久しぶりに姉に会いに行った新見奈都はそこそこいいマンションの前にいた。高すぎず、低すぎず、それでいて洒落た内装のマンションに少し姉が羨ましくなる。
ここで姉、新見都亜は昔の同級生とルームシェアしつつ、一緒にwebデザイナーをやっている──ことになっている。
実際はルームシェアなんてしてないし、働いてもいない。ただ、養われているだけだ。養っているのは鳩村真論という男。
何をしている男なのかというと超がつくほどの人気ホストだ。年収は5000万を下らず、初対面の女性を十中八九熱病状態に陥れるようなイケメン。実際奈都もそうなった。
そんな男がなぜニートの姉を養っているのかというと、「ダメ可愛いから」という一般人からすればちょっと理解し難い理由による。
たしかに、たしかに妹である奈都の目から見ても都亜はかなり美人の部類に入るし、性格が悪いわけでもない(むしろかなりピュアでナイーブ)のだが、だからといって普通ニートを嬉々として養うか?というのが奈都の偽らざる本音である。
真論のような超人気イケメンホストともなれば都亜よりもいい女性がいくらでも寄ってくるだろうになぜ都亜を自宅で養っているのかは永遠の謎だ。
◇
都亜が真論と出会ったのは実家の近くのゴミ捨て場。当時正真正銘のヒキニートだった都亜が溜まりに溜まった自室のゴミ(と、ついでに母親に持たされた燃えるゴミ)を捨てに行った時、偶然散歩中だった真論が手伝ってくれたのが馴れ初め。
都亜はその場でアッサリと熱病状態になり、普段のコミュ障がさらに酷いことになったが、真論の必殺のスマイルで逃げる気が失せ、ゴミ捨てが終わったら近くの公園でおしゃべりし、気が付いたらL○NE交換までしてしまった。まあ、正直あの顔なら仕方ないかも知れないが、チョロ過ぎやしないかと奈都は思う。
真論にお熱になった都亜は彼の存在を励みに努力して社会復帰──しなかった。
日々の楽しみに彼とのメッセが加わっただけだった。
朝ご飯を食べた後は二度寝、お昼前になってようやく完全に覚醒したかと思ったら、WeTubeを見るか、音楽を聴き、それに飽きたらパソコンでゲームを始め、疲れたらカップ焼きそばでお昼を済ませ、シエスタ。奈都が部活から帰ってくる頃にはシエスタが終了し、読書(といっても漫画ばかりだが)。
ただ、真論から時々デートに誘われて外出するようにはなったし、お洒落もするようにはなった。
真論と出会ってから1年ほど経った頃に都亜は彼との同棲を持ちかけられた。
家に居づらいのは確かだが住み慣れた家から出るのも怖い。そういう理由で当初は消極的だった都亜だったが真論の「都亜が欲しい」の一言がトドメになった。
そして奈都を巻き込んでの両親欺瞞作戦を経て都亜は実家を出ていき、真論のマンションに移り住んだというわけである。ちなみにルームシェアする友達として両親に会わせた元同級生がwebデザイナーをやっているのは本当だ。
アズミというのだが、都亜の中高時代の同級生で一時期ニートになっていたこともあって、実際に仕事にも都亜を誘っている。
都亜はパソコンには強かったが、それでも働くことへの恐怖は拭えず、その誘いを断っていた。
◇
テンキーで部屋番号を入力し、呼び出しボタンを押す。
『はーい』
出たのは真論だった。平日の昼間なので家にいるのだ。
玄関のドアがスッと開く。
奈都はエレベーターで8階まで上り、都亜と真論の部屋にたどり着く。
「いらっしゃい。久しぶりだね」
真論がエレベーターの前で待っていてくれた。
「うん!久しぶりー。お姉ちゃん元気してる?」
「見てみ?びっくりするよ」
「えーなにそれ〜」
奈都の真論に対する評価は「価値観は謎だけどすごくいい人」といったところだ。3日どころか3年は全く飽きずに見ていられる美形のせいもあるが、優しくて品があって話が弾む。さすが人気ホストは伊達じゃないらしい。
出会った当初は都亜が心配で警戒していたが今ではいい友達だ。
「これ、お土産。2人で食べてよ」
「お ありがとね」
談笑しながら部屋の前に来ると真論がドアを開けてくれる。
「お邪魔しまーす」
「お姉ちゃん……仕事してる……」
奈都はゲーム以外の目的でパソコンに向かう都亜の姿を見て一瞬絶句する。
「あ、奈都!いらっしゃい」
都亜が笑顔を見せる。その顔は無理をしているようには見えない。
◇
「そっか。アズミさんとやってるんだ」
「うん、まあ、ね」
アズミさんから誘われた仕事に参加しているようだが都亜はなんとなく歯切れが悪い。
「まあ、アズミさんの仕事を手伝っているってところだけどね。でもえらいよ」
真論が水を差すように実態を話してくる。
聞いてみれば仕事どころかバイトとも言えない。
「お姉ちゃん……やっと仕事し始めたのかと思ったのに……それ働いてるって言えるの?アズミさんに頼りすぎじゃない?」
呆れ顔の奈都に都亜が苦しい言い訳をする。
「や、やってるんだよ!けど、アズちゃんの方が仕事は出来るし、段取りも整えてくれるし、私の仕事はアズちゃんの半分も──」
同い年の同僚よりも仕事が半分も少ない、と言う都亜の発言を左に座る真論が無慈悲に訂正する。
「正確には35%くらいだね」
この真論だが、まったく悪気がない。
都亜は真論の訂正に黙ってしまうので、代わりに奈都が口を開いた。
「お姉ちゃん、嘘は良くないと思うよ」
「私だって、半分以下だって分かってたよ。けど、こうして事実を突きつけられると──厳しい」
都亜だって見習いwebデザイナーとして仕事をしているが、仕事に必要な知識はなく、実績もない。ついでに処理速度も遅かった。
真論が手伝うこともできるしその方が効率はいいのだが、一通り覚えるまでは自分で覚えた方がいいとしてアズミが真論の助けを禁止していた。
奈都は都亜を見る目が冷めてくる。
「──しっかりしなさいよ」
都亜が左手で目を覆い隠すと、真論が奈都の前に出てくる。
「おい!都亜ちゃんを傷つけるな!都亜ちゃんはな、そこにいるだけで尊いんだよ!働けなくても、俺が養って全部面倒見てやる!都亜ちゃんがいくら駄目でも、何の問題もない!」
先ほどのクールな真論は見る影もなく、詭弁を弄して都亜を庇う。
真論に庇われている都亜はというと、泣いていた。
「真論君、私をフォローしているようで、奈都以上に責めてくるよね」
そんな都亜を見て、真論が側による。
「都亜ちゃん、大丈夫?」
「真論君のフォローでボロボロだよ。どうせ私は仕事出来ないよ。そもそも真論君がいないとスケジュール管理もろくにできないし……ううっ……」
「問題ない。そもそも、俺は都亜ちゃんに完璧なんて求めてないんだ。だから仕事が出来なくたって大丈夫だよ」
「真論君本当は私のこと嫌いでしょ!?真論君の言葉がグサグサ突き刺さってくるんですけど!」
「そんなわけないだろ。俺は都亜ちゃんが大好きだよ」
甘々で毒々しいやりとりを聞いていて奈都はどこからつっこんだものか分からなくなるのだった。
◇
真論と都亜のマンションを出た奈都は帰りの電車に揺られていた。
駅まで送ってくれた真論が別れ際に言った言葉が胸によぎる。
「過去の栄光にはこだわらず、これからの人生のために生きるようになればいい、と第三者が言うことは簡単だ。でもね、引きこもりやニート状態になってしまう原因は本人にもどうしようもない深層意識。こんなのよくある挫折だなんて言葉は、何の慰めにもならないよ」
たしかに都亜は容姿も良くて、性格も良くて、大学まで順風満帆な人生を送っていた。でもそのあまりの充実ぶりが仇になった。
よく言えばピュア、悪く言えば極端にナイーブに育ってしまった都亜は否定されることにさっぱり耐性がなかったのだ。
面接でことごとく落とされ、否定的な言葉を浴びせられたのが都亜には殊の外こたえたらしい。でなければスーツに袖を通しただけで胃が痛くなるようなトラウマなど負わないだろう。
就職に失敗し、酷く傷ついた都亜は働くことに恐怖心を持つようになり、自室にこもって自堕落な生活をするようになった。
それでも完全には開き直れず、いたたまれない思いをしつつも働くことも拒絶する、そんな状態で生きていた姉には今の環境はいいのかもしれない。
なんだかんだで養ってくれる上に働くことを迫ったりもしない真論だが、肯定的な言葉の中でdisることで都亜を焚きつけている。
そのおかげか手伝いレベルとはいえ、都亜は働いている。
見せかけとはいえ、将来に渡っての生活の安心と小さな成功体験というアメ、そして遠回しにdisるというムチで少しずつ、トラウマを克服する。
それが都亜が一番苦しまないやり方だと真論は思っているのだろう。
もっとも、それが失敗したとしても真論は都亜を手放さないだろうが。
奈都はいずれにしても姉には幸せになって欲しいと思う。
「また行くね。お姉ちゃん」