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アンダーノア  作者: ポンde之助
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プロローグ

2019年から小説家になろうにて執筆活動を行わせていただいております。ポンde之助と申します。

この度、公開されている中では私の処女作だった『アンダーノア』の構成を改め、より読みやすく、より面白くを目標に今年度より再投稿という形で引き続き更新を行っていきたいと思います。

読者の皆様につきましては是非ご愛読のほどをよろしくお願い致します。

 

 少年はその身を苛む鈍痛に目を開く。


 何があったのか思い出せない。しかし、()()()があったその事実だけは目の前の光景が証明していた。


 焼け焦げたコンクリートの残骸が一面に広がる人の気配が消えた街の姿。不自然な程に破壊し尽くされた後に残った痕跡だけがかつてそこに人の作り上げた文明が存在していた証明と成り果てている。


 オカシイ。


 少年の認識が正しいのであれば、もしもそれが夢などでないのならば⋯⋯。否、夢であるはずだ。そうでなくてはならない。


 ましてや、目の前に広がる夥しい数の建造物の亡骸が帰るべき家であるなど、あってはならない。


 しかし、必死の逃避は虚しい程に空っぽで、その炎によって塗りつぶされていく景色が正しく「それ」であると彼は理解していた。際限なく全てを飲み込んでいく炎の波は、刻一刻と少年の知っている景色を焼き尽くして灰に変えていく。


 何が起きたのか、何故このような惨状が眼前に広がっているのか、一体誰が何の為に。


 遠くから、人々の叫ぶ声が聞こえる。割れんばかりの音の津波は遠く離れているようだったが、それでもなお少年の周囲をビリビリと震わせるほどの轟音となって鼓膜を打つ。猛り狂う獣の如き怒号や、この世の終わりを見たかの如きの絶叫の群れ。


 しかし、それらは徐々にその数を減らしているようだった。



『──────────ッッッ!』



 遠雷が轟く。

 今まで聞こえていた有象無象を簡単に消し飛ばす爆声音。憎悪に狂った悪魔の咆哮⋯⋯ヒトならざる者の声。


 少年の脳裏に刻まれた予感が告げる。何かがいるのだと。この光景を作り出した人間以外の、「なにか」が。


 逃げなくては。

 一刻も早く、どこか遠くへ。


 少年はその身を捩り、痛みに耐えながらも立ち上がろうとした。彼の生存本能が避け難いを死から逃れようとその体を動かす命令を下す。しかし、それらの信号は虚しく、少年の身体は先程の場所から一ミリも動かない。


 瓦礫の中へと伸びる感覚の消えた足が、まるで枷のようにその場から彼を逃がさない。


 まるで瀕死の虫のように、あるいは壊れた玩具のように体の自由が効かなくなっていく少年は、絶望に支配されていく感覚を知った。そして、無力な彼に目の前に突きつけられた現実を否定する術はない。許されるのは痛みに喘ぎ、無駄であると心のどこかで理解しているせめてもの抵抗を試みることだけだった。


 不意に体の芯が急速に冷えていくような感覚に包まれる。肉体に比例して混乱しきった思考が落ち着いていくのを感じる中、遠くで聞こえていた雑音ノイズがピタリと止んだことに気づいた。


 そして同時に、何かが近づいてくる気配と不規則な振動を地面に投げ出された体が感じ取る。


 鼓動が無限に加速し、口端から漏れ出る喘鳴が手負いの獣のように喧しい。


 どこまで来ている? 十秒後、それとも数瞬? わからない。いつ来るのか、その姿は見えず輪郭だけが揺れている様を幻視する。

 



 そんな彼を嘲笑うように、その瞬間(終焉)はあっさりとその姿を現した。


 突如として倒壊する雑居ビルの悲鳴が轟音となって空気を振動させ、それすらも引き裂く遠雷の如き咆哮が数十メートルも離れた少年の聴覚を直撃する。


 炎の爆ぜる音が消え、耳鳴りのような感覚と共に生まれて初めて音の無い世界に放り出された少年は見た。真っ赤な炎に照らし出される『鬼』の影、立ち昇る塵煙の奥に鮮血のように紅い眼がギラギラと輝く。


「⋯⋯⋯⋯、ラル(ral)⋯⋯ディム(daem)


 ラルディム。人を喰らう異形の化物。人知の及ばぬ地上からやってきた侵略者。


 そして、この光景の元凶。


 怪物はゆっくりと周囲を見回し、やがて真っ直ぐと瓦礫の中に埋もれる少年をその赤眼で『視た』。


 全身が総毛立つ感覚。恐怖に貫かれ、少年の限界まで収縮した瞳孔が震える。悪魔に心臓を握られたような抗いようのない絶望が心を鷲掴みにした。


 少年と化物との距離はどれだけ少なく見積っても四十メートルは離れていたはずだった。しかし、それが確実に少年を捕捉したのだと早鐘を打つ心臓が告げる。


 逃げろ。逃げろ。逃げろ。アレが動く前に。


 少年の心の叫びも虚しく、鬼の纏う白い煙に払われるように塵煙が晴れ、陽炎のように揺らめく悍ましい鬼の姿があらわになった。


 白い外骨格に覆われた全長三メートル程のその体躯は一見して人の形をしているように見えるが、しかし、それはあくまでシルエットだけの話。無機質な光沢に覆われた鋭角で直線的な造形に反して腹部には生物的な筋組織を覗かせる巨大な口器が蠢き、首から上に頭蓋は存在しない。代わりに首の切り口から伸びた頚椎にはまるで取ってつけたように真っ黒の般若面が括られていた。


 この世のものとは到底思えず、おおよそ生物であるのかすらも判然としない異形の化け物がそこにはいた。


 それは視線を少年に固定したままその身を屈め、そして一息分の静止。次の瞬間には力を解き放つようにその鋭利なシルエットを持つ足でビルの残骸を踏み砕き、猛然と突進してくる。


 迫り来る巨体に、意図せず細い悲鳴が少年の口からこぼれた。


 怖い。嫌だ。嫌だ。嫌だ。死にたくない。


 潰れた足を引き千切る覚悟で足を引くが、震える手のどこにもそんな力は残っていなかった。足を引く度に焼けるような激痛に襲われ、意識を失いかけながらも逃れられない死に小さな体で抗おうとする少年は、不意に生暖かい臭気を感じて視線を上げる。


 そしてそこには、視界いっぱいに広がる巨大な口が目と鼻の先にまで迫っていた。


 腐乱臭を撒き散らし、円形にズラリと並んだ拳ほどもある牙から粘液を滴らせるすり鉢状の口内はそれこそ手を伸ばせば触れられるほどの場所にあった。


 嗚呼、終わる。全てが終わる。何もかも。全て。


 ゆっくりと閉ざしたまぶたの裏に仲間たちの笑顔がフラッシュバックする。決して生きることは楽ではなく、手のひらから零れ落ちていく命が消える瞬間も確かにその目に焼き付いている。しかし、それでも、今は、死に追いつかれかけている今この瞬間、それらの記憶さえもとても愛おしいものに思えてしまう。


 頬を一筋の涙が伝う感覚、死への恐怖、そしてそれをかき消す程の圧倒的な絶望。身をすくめ、固くまぶたを閉ざし最後の瞬間を待つ。




 ──しかし


「⋯⋯目標への接近完了。これより撃滅行動を開始する」


 無音の世界に無機質な声が少年の背後から響いた。


 直後、ギュッと閉ざされたまぶたの裏を閃光が焼き、爆風が少年の頬を切り裂く。周囲の瓦礫が衝撃波に吹き飛ばされ、それに巻き込まれた体が上も下も分からないまま激しく打ち付けられた。


 身体中に負ったすり傷や打撲は数えきれない。瓦礫の山と共に吹き飛ばされた体は一切の抵抗が出来ないまま吹き飛び、風景が斜線と化して粉塵が頬を切る。流れ続ける視界の中で唯一、動かぬものは彼の行先。大槌となって迫り来る廃墟の壁。

ボロ雑巾同然の体は一切の抵抗も許されずに自信を磨り潰すであろうそれに一直線に飛ばされていく。


先にあるのはやはり、死。





だったはずだ。


 何が起こったのか。何一つ理解が追いつかない。しかし、ひとつだけ確かなことがあった。


「⋯⋯いき、てる?」


 背に自分を抱き抱える何者かの息づかいが感じられる。炎に焼かれた景色の熱が肌を舐める感覚がある。まぶたが切れ、赤く染まった視界の中にまだこの世の景色が映っている。


 そして、その視界の中に嘘のような光景があった。


 高く高く打ち上げられるラルディムと鉄槌の如き巨大な腕を持つ『鬼』。


 二体の鬼がそこにはいた。


 外骨格の胸部が大きく砕けたラルディムが宙を舞い、それを成した痩身の影はその巨腕を脱落パージし足場に変えて跳躍。ほぼ直線軌道を描く弾丸の如き勢いをそのままに、腰にく肉厚の白刃が閃く。


 切先が炎を切り裂いて銀の軌跡を刻みつけた。


 それは正しく、大気を断ち切る一閃。

 空中に三日月を刻む大斬撃を成した影は体制を整えると鬼の顔を蹴って今度は弧を描くようにゆっくりと地面に戻ってくる。

 に空中での再跳躍の足場として利用されたラルディムの半身が落ちていく。沈む巨体と宙を駆ける影。酷く現実離れした炎の演舞。


 二体の鬼が地に足をつけた時、立っている影は一つだけだった。その鬼はゆっくりと着地の姿勢から身を起こし、少年を見る。


 そして、それが人間であると気づく。


 二本の角が生えた流線的な形状の仮面をつけた痩身の青年。こちらに歩みながらその顔を覆う仮面を剥ぎ、黄金こがね色の瞳があらわになる。


「──か、──せい──か?」


「え?」


 何かを問いかけるような雰囲気を感じることは出来たが、その声を少年の耳はよく聞き取ることが出来ない。少年の様子に青年はガリガリと頭を掻き、少年の背後に視線を向けた。つられてその方向に視線を向けると、少年を抱える人物の顔が目に入る。青年の被っていたものと同一の鬼面を被った人物。細身の男よりも更に華奢な体つきから何となく女性だと直感した。


 破けた鼓膜のせいでやはり会話はよく聞こえない。しかし、その雰囲気から少年のことについて話しているであろうことは予想ができた。


 何を話しているのだろう。そんなことを考えていると、不意に視界が霞む。指先が冷たくなり、体の芯へと冷気が侵食する。


 一体、何が起こった?


 ガクンと体から力が抜け、動かせなくなる。その時視界に映ったのは、自身の足からとめどなく流れる赤い色。


「……ぁ……………」


 瓦礫に押しつぶされることで抑制されていた出血が本格的に始まったのだ。


 声が掠れ、視界が掠れ、意識が掠れていく。傷口から体内に侵入した死神の手が心臓へと迫ってくる感覚。それだけがやけに鮮明に感じられた。


 命の灯火が徐々に消え、その瞳から光が失われていく。もう先程の二人の様子さえもわからない。


 そうして、暗闇の中で意識が途絶えた。



























「これはいけない。命を粗末にしてはいけないよ。少年。」


次回更新予定日は1月31日!

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