第9話 かわいい弟
《アイテムボックス》同様《念話》の使い方もなんとなくで分かる。だから《念話》を使いこなせるかはともかく発動のさせ方で困るというのはない。俺は《念話》を俺と今も頭をスリスリさせているシールドとの間で使用する。
『おーい、聞こえるかー?』
シールドは突然脳内に響いた声に驚いたのか、体をビクリとさせた。そして声はどこから聞こえてきたのかとキョロキョロと周りを見たかと思うと、なにかに気付いたかのようにしてバッと俺の方に勢いよく顔を向けた。
(に、兄ちゃん?)
『おー、兄ちゃんだぞーシールド』
シールドが脳内で考えていることに返事をした。
シールドは聞こえるはずのない俺の声に驚いて目をぱちくりさせている。まあこの声は俺の声と言うより思念の声と言うべきかもしれないが。
(シールド?)
『ああ、そういえば伝えたことなかったな。それは俺がおまえに勝手に付けた名前だ。気に食わなければ新しいのを考えるけど』
(兄ちゃんが考えてくれた名前かぁ……。いやいやそんなことより、一人で出掛けるなんて酷いよ! 置いていかれるかと思って不安だったんだからなぁ!)
名前は俺が付けたと聞くと一瞬上機嫌になりかけたが、すぐにプリプリと怒り出した。口調はかわいらしいのだが、体格差のせいでドスドスされるとものすごく怖い。
やはりかなり心労をかけてしまっていたようだ。シールドの体を考えてのことだったとは言え、やはり幼い弟を一匹残していくのは酷だったかもしれない。
その後は自分が一匹にされて不安だったという話の他にも俺が一匹で狩りに行って他の魔物に食べられる、拾い食いをして腹を壊す、迷子になって帰ってこれなる、そういったことになったらどうするのかといったことをこんこんと叱られた。
(流石にこの慣れてきた森の中で毒物に当たったり、迷子になることないとは思うけど……両方に前科があるだけに否定しできないな……)
以前、前世で食べられる山菜や茸を図鑑で見たことがあり、知ったつもりになっていた俺は無謀にも狩りの合間で茸採集をしたことがあった。
しかし、素人に細かい見極めは難しかったようで外れを引いてしまい一晩寝込むことになった。食べる直前で頭の中に違和感が走ったが致死性のものではなかったからか、それは極めて微弱なものだった。今では前世の浅知恵よりその違和感を信頼して食べ物を採集している。
迷子の方も心当たりがある。森に慣れ始めていたときに方向音痴なくせに調子に乗って近道を試そうとして帰り道が分からなくなったことがある。シールドがなんとなくの方向を覚えていたから帰れはしたが、その日を境にシールドは俺に先頭を譲ってくれなくなった。
『分かった! 分かったから! 次からシールドも食料集めに連れて行くから!』
このままだといつまで経っても話が進まなさそうなので無理矢理シールドが話している途中で切る。
決して俺がいかに普段からおっちょこちょいであるかを話しているところだったので、恥ずかしさから一刻も早くこの話題を終わらせたかったという理由ではない。いや、本当だよ?
(……それならいい)
シールドはまだ話し足りなさそうにしているが、これ以上は俺の羞恥心が限界に達してしまう。
(マジでこいつ生まれて一ヶ月か? この時点で俺よりしっかりしてるんですけど……)
あの魔石を見るたびに目をキラキラさせていたアホっぽいシールドはどこへ行ったのか、留守番をしてくれるように説得をするつもりで使用した《念話》で見事に翻弄され続け、予想以上にしっかりしていたシールドに色々な意味で敗北感を覚えて軽く落ち込むことになった。
しかし、連れて行く約束をしてしまった以上、この落ち込みを引きずっている暇は無くなった。シールドが動けなくなる前に十分な食料を集めねばならなくなった上、控えようと思っていた魔物狩りもシールドが食べる魔石のために行う必要がある。魔石なら多分お腹の中で腐るということもないだろう。
まあ兄を慕ってくれている? 弟のためだ。こうなったらシールドの望み通りにしてやろうじゃないか。
……完全に冬になるまでに間に合いそうになかったらシールドが寝入ってから食べ物を集めてくることにしよう。
そう考えて俺はさらに忙しくなるであろう明日に備えて眠りにつこうと横になると、そこへシールドが近づいてきた。そしてシールドは俺と同じように横になり、ぴったりと寄り添った状態になるとすぐに眠ってしまった。夜も遅い上、精神的に疲れていた様子だったので熟睡している。
(……ほんとかわいいやつだよ。おまえは)
+ + +
シールドのサポートを得られるようになったので一人では狩るのに時間がかかる狼も対象にすることにした。狼はシールドの活動源とするための魔石、俺が暖を取るための毛皮、肉が取れる貴重な獲物だった。加えて何故か狼は大量発生していたので毛皮や肉の処理の練習ができたというのも狙った理由としては大きい。当然加工の知識なんてほとんど無いに等しい状態だったのでとりあえず毛皮は脂肪をできるだけこそぎ、焚き火の煙で燻すことにした。試行錯誤したとはいえ、素人作なので長く保ちはしないかも知れないが冬を越すまで腐らないことを願う。
毛皮や肉を燻している間も食料集めは行った。洞窟の奥には作るのに成功した燻製された肉や魚そこら中で採取した木の実が並ぶ。食料もこれだけ集まると壮観だった。小さくない達成感を覚える。シールドも眠そうにしながら一緒に喜んでくれた。
そしてついに極寒の季節がやってきた。冬は予想以上に冷え込みが激しく、シールドに手伝ってもらって手に入れた狼の毛皮が無ければ危なかった。亀は変温動物なのでただくるまっているだけでは全く暖かくならないが熱魔法で熱をほどよく発生させると毛皮の保温性も相まって十分に暖を取ることができた。
シールドは俺が集めてきた落ち葉の中でぐっすりと寝ている。特に冷え込みの強い日はシールドが起きない程度に熱を送り、できるだけシールドの周りの温度が一定になるように心がける。急激な体温変化は体力を奪ってしまうので加減が難しかったが、その分《変換》や魔力の扱いはメキメキ上達していくのが実感できた。
《変換》や魔法の平行操作にも慣れ始めた今日この頃、突然岩で塞いだ入り口から轟音が鳴り響く。
驚き過ぎて少しはねてしまった俺は慌てて入り口まで来てみると、少し崩れた岩の隙間から黒々と輝く瞳が覗く。勢いをつけるため、少し後ずさった拍子に顔が見えたので正体が分かった。
(うわっでっかい熊だぁーー!)
今もなお入り口の岩を破壊しようとしている者の正体は大きな熊だった。
(おい、今真冬だぞ! 何で普通に活動してんだ!)
気温は未だ上昇する気配を見せず外は一面銀世界だ。だというのに……
「グゥオオオオォォォォウ!」
(やばっまた崩れた!)
目の前には余程腹が減っているのか一心不乱に攻撃を続ける大熊。岩壁はもうそろそろ限界だった。
(次攻撃されたら壊れそうだ。中には頑張って溜め込んだ食料があるし、何よりシールドがいる! なんとかしないと!)
入り口の岩はボロボロにされ、俺ぐらいの小ささなら辛うじて通り抜けられるくらいになった。
熊が腕を振りかぶろうとした瞬間俺は通路に躍り出ると、一気に加速して穴から飛び出しその勢いのまま熊の目に向かって爪を突き立てた。
「グゥオオオオォォォォア!?」
不意を突かれ片目を潰された熊は叫びながら顔面にまとわりつく俺を叩き落とそうとするが、俺は既に爪を引き抜き跳び退いている。
(こっわ! ビュオンっていったぞ、ビュオンって!)
余裕を持って回避したとはいえ感じた風圧からは自分を一発で再起不能にする恐ろしい威力が秘められていることが分かる。
(ヤバいなぁ。硬いしパワーがとんでもない上にかなり速い……なのに、なのに……なんでだろうな?)
ピンチに陥っているはずにも関わらず魔物の本能のようなものは、
(勝てなくはない、か)
そう俺に囁いた。