第8話 冬の前兆
俺が生まれてから一ヶ月ぐらいが過ぎた。
あれからも川や森を探索するのに精を出していた。
初めこそ綺麗な川や豊かな森に感動していた俺だったが、すっかり見飽きてしまった。昔、桜などを見に行ったときも綺麗だなとは思いはしたが周りほど感動していなかった。元々そういうものにあまり興味が無かったのだろう。
まあ景色や場所の把握に飽きてしまっただけで食べ物を探したり、狩りをするためにはしっかり出かけているので引きこもりになってしまった訳ではない。楽しみが景色鑑賞から食べ物にシフトしたというだけだ。それに関しては未だに未知のもの見つかることがあり、既知であってもそれが美味しいと分かっているものだと何回発見しても嬉しかった。
俺とシールドは剣鹿の親子と遭遇した場所から更に進んだ所の近くに洞穴を見つけたのでそこを拠点としていた。
森を歩いているとやたらと襲ってくる茶狼たちや黒狼の対処にもすっかり慣れてしまった頃、俺は少し肌寒さを感じ始めていた。よく見ると木の葉がちらほらと赤や黄色に染まっているのが見える。たまに姿を見せる小動物も食料調達に忙しそうだ。
(もしかして俺出遅れてる? 俺の行動遅すぎ……?)
なんて冗談は置いといて、ここに四季があるのかは知らないが、森が明らかに冬に向かっていそうな様子である。
シールドは普段かなり食い意地が張っているのだが肌寒くなり始めた途端、――まあ魔石だけは相変わらず目をキラキラさせてモリモリ食べるのだが――急に食べなくなった。それだけでなく動きも鈍くなってきている気がする。
いつものシールドと落差が激しすぎてかなり心配したが、俺は気まぐれに開いたネットに書かれていた亀の記事を思い出した。
亀は寒くなると食欲が落ち、動きも鈍くなる。暖かいうちに栄養を蓄え、寒くなり始めると絶食することでお腹の中をきれいにしてから土や落ち葉や川底に潜り込んで冬眠し始める。食い意地が張っていたのは本能的に冬に向けて栄養を蓄えていたからかもしれない。
そういう俺もシールドと同様に調子が落ちてきているのだが、最近調子悪いなぁぐらいとしか思っていなかった。
俺は冬眠なんていう仮死状態になるのは怖いので遠慮しておきたい。だから俺は魔力の制御力を上げようと色々試しているときに使えるようになったバリアと熱の魔法で冬は乗り切る予定でいる。
バリアは魔力を薄く圧縮して固める、熱魔法は魔力を振動させるという操作をすればできた。熱魔法は常時使用してしまうと魔力をかなり消費してしまうので《変換》が上達するまでは、バリアとこれから増えるであろう落ち葉を活用して節約していこうと思う。
しかし、冬眠をしないのならシールドのように低燃費状態ではいられない。完全に寒くなったら俺は《変換》と二つの魔法を同時並行して使えるようにならなければ動けなくなる。
俺はそうならない内に洞穴に食料を集めることにした。少し寒い中動くのは結構辛いが、冬眠したくなければ頑張るしかない。
そして少し悪い気がしたが、シールドには冬眠してもらうことにした。理由は三つある。
一つ目は食料だ。シールドは俺より体が大きいので体の維持にかかるコストがそれだけ高くつくはずだ。仮に俺と同じ量で済むとしても俺だけのときの二倍の食料を溜め込まなければならない。ただでさえ冬に向けて少なくなりつつある食料をより多く集めないといけないのは厳しいものがある。
二つ目は俺の魔力の問題である。ただでさえ自分の体温維持に魔力を削られている状態で《変換》がまだそこまでスムーズに行えない今の俺にはシールドまで寒さから守り続けられる自信がない。
三つ目はシールドは暇になるだろうからだ。俺には《変換》や魔法などの練習という暇つぶしの手段があるが、シールドにはそういうものは無い。ただひたすら長い時間をジッとして過ごしてもらうというのは申し訳ない。
そしてこれから行う、食料集めには最近大活躍中のシールドは連れていくことができない。
それはシールドが冬眠を成功させるには絶食する必要があるからだ。当然だが魔物だって動くためには栄養が必要で、今シールドが余計な動きをすると冬眠に向けてせっかく整いつつある体を崩してしまうことになる。
それに今は空っぽの洞穴だが、これから多くの食料を貯蔵するつもりだ。シールドには集めた食料を守っておいてほしい。
そうと決めた俺は付いてきたがるシールドを無理矢理、洞穴に留めて森に食料探しに出かけた。
集める食料は長持ちしそうなものがいいだろう。狼がやたら襲ってくるせいで狼肉ばかり食べていたが、肉は手を加えでもしないと冬でも流石に腐るかもしれない。野生の亀である俺は多分腐った肉を食べても腹を壊さないだろうが、気分と衛生的に遠慮したい。閉じた空間に腐ったものが存在すると病気になりそうだ。
(木の実や芋ぐらいしか森で採れて保存できそうな食べ物が思い当たらない……取りあえず探してみてから判断するしかないかぁ)
サバイバル経験など無い俺は取りあえず食べれそうなものを見つけてから判断することにした。
早速地面にドングリ系の木の実がたくさん落ちてあるのを発見した。あまり美味しそうではないが、幸先良く条件を満たす食べ物を見つけることができたと喜んだ俺はそれを拾って《アイテムボックス》に入れようとしたところでなにやら嫌な予感がした。俺はその木の実を伸ばした爪で摘まみ直してから軽く振ってみた。すると――
「ギギイィィィィィ!?」
突然の衝撃に驚いた虫がニュルッと木の実の側面から飛び出してきた。
俺は反射的に木の実を離すと、即座に後ろへ跳ぶ。
(あービックリした! いきなり大当たりだったな……いや、もしかしてここに落ちてある木の実全部!?)
精神を集中させると木の実の内部から小さい魔力を感じることができた。今も体をうねうねさせているそいつと似た魔力だ。どうやら落ちている木の実のほとんどに入居者が存在するようだ。
(虫も木の実もどっちも食えそうって思う自分が辛い……)
どんなグロテスクな見た目をした虫を見てもまず俺の本能は食べられる、食べられないを判断する。
これから食べ物は段々と少なくなっていくはずなので、食べられるものは積極的に食べていかねばならない。とはいえ虫食いのある(というか虫が所在している)木の実は保存が利かなさそうだ。
(虫入りの実はその場で食べて保存用は木に登って採ろう)
俺はせめて熱は通そうと熱魔法で木の実ごと加熱してから食べてみたが、皮肉なことに木の実より虫の方がクリーミーで美味しかった。
+ + +
虫入りの木の実を満足いくまで食い荒らしてから保存用の木の実をある程度集めた俺は、暗くなるまで食料収集を頑張った。
調達を終え、少し疲れた状態で洞穴に帰ると今にも泣き出してしまいそうな顔をしたシールドが待っていた。寒くなって動きの少し鈍くなった体で必死にじゃれついてくる。いつものどっしりと頼り甲斐がありそうな様子とは大違いだ。
(普段が頼もしすぎて忘れてたけどコイツそういえば生後約一ヶ月だったな)
いくら体と頭が急成長しても年齢は赤ちゃんみたいなものだ。俺はもちろんシールドを置いてどこかに旅立つなんてことは考えていないが、シールドはそんなこと分かるわけがない。
思えばシールドはずっと側にいた。狩り、食事、睡眠、何をするでも一緒だった。俺の寂しさが爆発しないのもシールドのおかげだろう。
俺はシールドの立場で物事を考えていなかった。シールドは俺が感じていた感情と同じかそれ以上のものを抱いてくれていたのだろう。
これまではジェスチャーや表情で大体の感情が読み取れていたため、具体的に何かを話す必要が無かったた。しかし、言葉にしなければすれ違うこともある。俺はシールドの賢さにかまけてあぐらを掻いていたのかも知れない。言葉にしなくても賢いシールドなら意図を理解してくれる、と。だとすると俺はきちんと腹を割って話をするべきだった。どうやら使う機会が無くて、長らく腐らせていた《念話》を使うときがきたようだ。
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