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亀に転生しました  作者: よっけ
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第5話 初めての戦闘

 俺は進化を経て変化した肉体を試したくなった。

 水中で勢いをつけイルカのように池から飛び出し、調子に乗って空中で一回転を決め軽やかに着地した。 水中や空中でも自分の想像通りに動いてくれる体に惚れ惚れした。前世の俺は運動がそこそこ得意だったが大学ではめっきり体を動かさなくなったせいで大分衰えていた。この体は衰える前よりすごい動きを余裕でこなすことができていた。俺は思わず目を閉じてその爽快感に浸ってしまう。

 そして水中、空中ときて、今度は陸上ではどうかと閉じていた両目を開き周りを走ってみようしたところでバリバリと食事中の狼が見えた。

 さっきの狼たちは茶色だったが、今ものすごく目が合っている狼は黒くて一匹だけだった。


 おそるおそる狼の足下を見てみると子亀はもう既に一匹しか残されていなかった。


 (うわぁ……も、もうちょっと様子を見てから上がれば良かった……)


 そう後悔をしていると狼がこっちに向かってグルルルルと威嚇してきた。

 牙が剥き出し、前足で地面をザッザッと掻いて早くも臨戦態勢だ。もういつ襲いかかってきてもおかしくはない。


 あまりの威圧感に池に逃げ帰ろうかとも思ったが、水深が浅いので余裕で追いかけてきそうだ。逃げやすい進化先を選んだはずの俺はいきなり逃げられない窮地に追い込まれた。まさか池を出てすぐに居なくなったさっきの狼たちとは別の外敵に補足されるとは思いもしなかった。進化による全能感から周りを警戒せず池から派手に飛び出し見つかったのは自業自得ではあるが、それにしてもあまりの運の悪さに思わず天を仰いだ。


 逃げ場のない状況を前についに俺は覚悟を決めた。スッと焦っていた心が静まっていく。これが初戦闘での心境とは思えないほどだ。

 この敵を前にして動じない胆力は魔物としての精神性に引っ張られた影響なのだろうか。恐怖自体はきちんと感じているが、それによって動けなくなるということはない。


 今、俺は爪を引っ込めている状態なので、相手はこっちが見た目上のリーチしか持っていないと思うはずだ。その認識の差を突く! そうとりあえずの方針を立てているとダッと狼が駆け出してきた。


「ガアアアアアアアアッ!」


 鋭い牙での一撃が全力で少し横に避けた俺のすぐ側を通り抜けていった。

 狼の攻撃は思っていたより断然速かった。


(やっば! ちょっと掠った!)


 頬から血が垂れてくるのを感じながら必死に狼の動きを目で追って体の向きを狼に向けた。

 狼はすぐにこっちを向いて攻撃を続けてきた。狼の咬みつきの度に体に傷が走っていく。

 攻撃に合わせてかろうじて体をずらせてはいるので、決定的な一撃は入っていないがこのままだとジリ貧だ。

 まだまだ狼の攻撃スピードに目が慣れる様子はない。


 進化してスピードに特化した俺だがそれでも相手は上をゆくらしい。

 ならば! と俺は木が密集している場所へ走り出した。

 当然狼は間髪入れず追撃してくるが、右へ左へジグザグに走り、時にはジャンプも交えることでそれを回避していく。


 そうして傷だらけになった俺はやっと目的の場所に辿り着いた。


(スピードで負けているんだったら、小回りの良さと身軽さで勝負だ!)


 俺は相手を攪乱する作戦に出た。

 狭い中に乱立する木を蹴って、アクロバティックな動きをする。

 常に相手の背後を取ることを意識し、欲張った攻撃はしない。移動の邪魔にならないように攻撃の瞬間だけ爪を伸ばし、かすり傷をどんどんと増やしていく。狼は狭いスペースの中なので目でこっちの動きを捉えても体が追い着いていない。立場が逆転した。


 大きな傷は作れていないが、いくつもできた細かい傷から血を流し明らかに弱ってきた狼を見て俺はもう大丈夫だと少しだけ気を緩めてしまった。普段なら取るに足らない一瞬の隙、しかし今は命をかけた戦いの真っ只中、少しの気の緩みが死に繋がってしまうことすらある。

 狼が死力を振り絞り、俺の攻撃に対して初めて反応を成功させる。

 木を蹴って跳んでくる俺の方を向き満身創痍の状態で咬みつこうとしている。

 そのことにすんでで気付いた俺は咄嗟に空中で身をよじり、無茶な体制から攻撃をしてバランスを崩した狼を通りがけに深く切った。しかし、代わりに自分の腹甲も鋭い牙に切り裂かれることになった。

 一瞬の攻防の末、狼は倒れ伏し動かなくなったが自分も大ダメージを受けた。


(……くっ……ぐあああぁぁぁ……)


 亀は痛覚が鈍いと聞いたことがあるが、それでも痛いことには痛い。

 俺はしばらくの間、のたうち回った。

 

 どれほどそうしていたか、少し落ち着いてきた俺は腹甲から少しだけ流れ出る血を見て、


(亀って赤い血なんだなあ)


 そんなことをぼんやり思った。


 激しく体を動かし続けていたせいか、自分の体の中の何かが無くなりかけている感覚がある。

 その何かが無くなっていくことに危機感を覚えた。一瞬貧血という言葉が思い浮かんだが、腹や身体中の傷からはそれほど血が出ていないことから血が不足しての症状ではないと思う。

 だからもしこの喪失感が魔力の欠乏によるものだとしたら……


(そういえば自分の卵の殻まだ食べてなかったっけ)


 豊富な魔力を含む卵の殻を食べれば回復するかもしれないと、俺は《アイテムボックス》から取り出して食べた。


(確かに回復はしたけどまだ全然足りない) 


 倦怠感が少し回復したことから、この症状は魔力の使い過ぎが原因と見てまず間違いないだろう。しかし、含まれている魔力量が今の俺にとって少なすぎた。


 そうした中で俺は神様が説明してくれた魔素の存在を思い出した。

 魔物は空気中に漂っている魔素を魔石で魔力に変換する能力を持つらしい。

 俺は必死に魔素の存在を知覚しようとする。


 酷い魔力の飢餓感は俺の感覚を極限まで鋭くした。

 そうしてみて初めて空気中の魔素の感知に成功した。大量の魔素がそこら中に満ちているのを感じる。

 だが、感知できただけでは魔素に干渉することはできなかった。


 そこで俺は卵の殻を食べたときに魔力が溜まっていった場所を意識した。

 おそらくそこに魔石が存在する。さらに俺は魔石が魔素を魔力に変換する仕組みを探った。

 

 今も少しずつだが行われているそれはとても繊細だった。例えるなら長い箸でひらひら落ちてくる木の葉をつまんでいき、そのまま規則正しく並べていくような感じか。通常時なら「そんなものを再現できるか!」とすぐにさじを投げてしまっていたことだろう。

 しかし死に瀕して高まった集中力がそんな行為を可能にした。

 そして生命活動を行う上で最低限の魔力を生成できたと感覚的に判断した俺は、緊張の糸が切れたことで気を失った。



+ + +



 目が覚めた。俺はのろのろと起き上がって緩慢に動く前足を見た。そうして初めて自分が生きていることを実感できて、心底安堵した。

 怪我はどうなったのかと前足でお腹を触ってみたが少し跡が残っているぐらいだった。

 一番酷い傷でそれだったので他の傷はとっくに完治しているだろう。呆れるぐらいでたらめな回復速度だ。


 一息ついた俺は狼との戦いの後どうして魔力が尽きかけたのかを考えてみる。


(あのときはハイになってて気付かなかったけど、思いっきり動いたときに魔力がすごく減った。体を動かす際のエネルギーとして使われたのか?)


 もしかすると【クロウタートル】は素早い動きで一撃必殺を狙ったり不意打ちを得意とする短期決戦型の魔物なのかもしれない。

 その燃費の悪い体で相手をじわじわ追い詰めるような戦法を取ればそれは当然一瞬で燃料は切れる。

 戦闘の途中で倒れても全く不思議ではなかった。


 そう考えてぞっとした。最後の油断、戦い方、色んな意味で薄氷の勝利だった。

 一歩違えば今そこで倒れているのは俺だっただろう。

 勝てたのは喜ばしいことだが、それで浮かれないようにしなくては。

誤字とか見つけたら誤字報告機能で教えて下さると助かります。

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