第48話 指名手配
「この辺りで亀の魔物を見なかったか? 大きさは大体小さめの犬ぐらいで、丁度こんな感じの見た目なんだが」
「見ていないけど、どうかしたのかい?」
「実は……」
屋根の上で隠れんぼ兼、日向ぼっこをしていると嫌な言葉が耳に入ってきた。
(ズクミーゴの取り巻きではなさそうだな。てことはもしかしないでもあの野郎、諦めが悪いというか何というかギルドに依頼まで出しやがったのか)
ご丁寧に割とそっくりに描かれた亀の姿絵まで出回っている。お陰様ですっかりお尋ね者だ。
今聞き込みをしているのは、見覚えのある冒険者という感じでは無い。新人かこの町に来てすぐの冒険者だろうか。
今思えばさっき見かけた紙を握りしめて走り過ぎて行ったやつもこの指名手配の依頼を受けたやつだったのだろうが、あまりこの町に明るそうでも腕が立ちそうとも思わなかった。魔力探知を広げてみるも、ちらほらといるそれっぽい奴から出てくるのは同じ感想だ。
普通こういった依頼はこの町に長く居る土地勘のあるやつとか、お尋ね者を倒せるか足止めできるやつを捜索に当てるべきなのではないか。まぁ、少しでも俺を知っているベテランはこの鬼ごっこの無謀さを知っているから参加しないだろうけど。
本気で身を隠せばサイズ的にも中々見つかりはしないだろうし、仮に見つかってもバーバラクラスでもいない限りはなんとかできる。しかし、一々周りの目を気にしながらでないと動けないというのは面倒臭い。そもそも悪いことなんて一切していないんだから、こそこそなんてせず堂々と往来を歩きたい。
なんかいい案はないだろうか。もうかれこれ何時間も屋根の上で考えている。
(あいつ偉そうだったしなぁ。金キラの服もよくよく思い出してみると金銀宝石がジャジャラしてて分かり難かったけど神官の服っぽかったし、もしかして教会関係の偉いやつだったとか。そういえば魔物をやたらと見下してたような)
ただムカついたからといって短絡的に挑発したのは失敗だったか。あいつがどれだけ偉い奴だったのかもよく分からないが冒険者ギルドも無視はできないぐらいには影響力があるみたいだ。本腰を入れてとまでは行かないにしても少なくない人間が動いている。
(なんかないか? 一発であのアホをギャフンと言わせるようないい手は……そうだ、なんかこの前酒場の冒険者がなんか言ってたな。確か王家が緊急で出した採取依頼があったんだったけか)
緊急ということは言い換えれば切羽詰まっているということで王家は今何が何でも龍血草を手に入れたい状態のはず。そこで俺が颯爽と龍血草を採ってくれば酒場の冒険者が言っていた通り、王家に恩を売ることができる。
恩人が何処の馬の骨とも知れないアホに狙われているなど知ればなんとかしてあげようと思うのが人情というものだろう。ガバガバだがやってみる価値はありそうだ。最悪龍血草が欲しければアイツを何とかしろだとかの交渉だってできる。色々考えていたらなんだか上手くいきそうな気がしてきた。
そうと決まれば。龍血草のありかを冒険者ギルドの資料室にこっそりと調べに行こう。Bランクの採取依頼だ、簡単に行けるような場所にある訳がないからな。
+ + + + +
『情報料は払うので龍血草の分布を教えて下さい』
これでよし。広げられた紙にはミミズがのたうったような文字でこう書かれている。
こっそり文字を勉強していてよかった。壊滅的に字は下手だが、これで来た目的は伝えられそうだ。
問題は犯罪者扱いされて門前払いされないかどうかだ。チップを弾めば見逃してくれないだろうか。最悪の場合どこからか忍び込んで資料室まで侵入する所存だが、お願いだから俺を真の犯罪者にまでしないで貰いたいところだ。
俺はこっそりと冒険者ギルドの裏口に忍び寄ると軽くノックする。ドキドキしながらしばらく待っていると、出てきたのはエプロン姿の食堂のおばちゃんだった。開いたドアからおばちゃんの背中越しにいい匂いが漂ってくる。どうやら夜に向けて料理の仕込み中だったようだ。
おばちゃんは俺の姿を見ると一瞬驚いた顔をした後、周りの目を気にして急かすようにして中に招き入れてくれた。そうして急いで鍵をかけると一息つき、口を開いた。
「いきなり来るんだもんでびっくりしたよ。追いかけ回されて腹でも減ったかい? 今丁度飯を作ってたんだ。余物だがいるかい?」
おばちゃんの視線が移動した先にはいつも俺が格安でもらっている屑肉や屑野菜が山積みになっていた。
名残惜しいが、今回俺は飯を恵んでもらいにきた訳ではない。ゆっくり首を振って大丈夫だと伝える。
「そうかい、てっきり腹が減ったから来たもんだとばかり思ってたよ。あぁ、それはそうとこの前はあんがとね。捨てられちまった料理をあんなに美味そうに食ってくれただけじゃなく対価まで頂いちまうなんて」
美味そうだったからな。あのアホには勿体ない料理だった。食べ物を粗末にするやつは嫌いだ。
「土のついた料理をお客様に食わせちまったことは申し訳ないが、それでもあんなに美味そうに食ってくれたら料理人冥利に尽きるよ。あれを見たお陰で頭に登った血を落ち着けられたもんねぇ」
フライパンを握り、小刻みに震えながら直立するおばちゃんはめちゃくちゃ怖かった。雰囲気や目など人を何人かヤっていても不思議じゃなかったくらいだ。あのアホはあの空気の中でよく呑気に酒を飲めたものだ。その点ではある意味で大物と言える。
「そうだ、そうだ。アンタは用事があってここに来たんだろ? 何の用で来たんだい? あんときの礼だ、できる限りは力になるよ!」
俺は異空間からあらかじめ用意していた紙を取り出しておばちゃんに手渡す。
おばちゃんは丸まった紙をクルクルと開き内容を確認するが、目を凝らしたり何度か目を左右に往復させている。
あれでもギリギリ伝わると思ったのだが、それは自分が書いた補正で実際は読めないぐらい字が汚かったのだろうかと不安になってきた。また新しく書き直した方がいいだろうかと思い始めたところでおばちゃんがポンと手のひらを叩く。
「あぁ、あの緊急依頼のやつかい! 珍しい王家直々の依頼だって騒ぎになってたね。そういうことだったら受付の娘に私の方から頼んでみるよ」
俺は伝わってくれたことに安堵しつつすかさず異次元から袋を取り出し、そこから銀貨を取り出す。貴重な情報を得るには金が必要、冒険者の常識だ。
「あぁ、金はいいって。この程度私が頼めばちょちょいのちょいよ」
ただし、情報とは金だけで手に入るものではなく時にはコネでも手に入れられるものらしい。情けは人のためならず。俺はまた一つ世の中を知った。
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おばちゃんは宣言通り、龍血草の情報を聞いてきてくれた。本当に厨房から出ていったと思ったらすぐだった。さらに特別に貰ってきたという、龍血草の資料の写しにはご丁寧に簡易的な地図までついている。
『こんなモン欲しがるんだから馬鹿な私でもアンタが何をしようとしているかぐらい分かる。何のためにっていうのは分かんないけどねぇ。いいかい、危ないと思ったらすぐ逃げるんだよ?』
危なくなれば何がなんでも逃げろと何度も念押しされ、何度も分かったと俺が頷くまで資料の握られた手は弛まなかった。
こんなに心配してもらえるとは本当にありがたいことだ。しっかり用心していこう。




